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第12話 光一の受難①

 温かな日差しが降り注ぐお昼の時間、光一は中庭で昼寝をするのが日課になっている。

 別に、友達がいないわけではない。

 積極的に作ろうとしないだけだ。

 既に出来上がっているグループに、後から入り込むのは難しいし。

 10歳にして3つもスキルを持っていることに周囲が臆しているだけだし。

 寂しくないし、タカラベ村にいた頃からボッチで、今更、友達とか……ね。


(なんか、泣きそう……。入学してから10日くらいか……。学園でも寮でも、話しかければ対応してくれるのはありがたいけど、そこから先へ進歩しないんだよな)


 修行に没頭していた反動か、タカラベ村が田舎過ぎたからか、同い年の流行りの話題が分からない。聞き耳を立てなくても入ってくる話題は、「ナキウショー」なる見世物。捕らえて飼育しているナキウを用いて行うショーであるらしく、それが流行っているらしい。


(タカラベでは厄介な害虫だったのに、それが流行るとは……世間の考えは分からん)


 半ば不貞寝の様相を呈してきた時、やたら明るい声が光一を呼んだ。


「あ、いたいた。好きだな、ここで昼寝するの」


 日差しを遮る為に、瞼を覆うように置いていた腕をどかして見ると、そこには明るい茶髪に茶色の瞳を持つ少年「クロンギ」がいた。この町を含めた複数の町や村を治める領主の三男であり、金持ちが集うこの学園でもトップクラスの地位にいる。それにも関わらず、光一に気さくに対応し、光一にとっては唯一と言ってもいい友人である。

 光一は、薄っすらと漂っていた眠気を払うように欠伸をすると、のっそりと体を起こした。仮にも庶民である光一が、三男とは言え、領主の息子にとっていい態度じゃないが、クロンギ自身が敬われることを嫌うため、問題にはならない。


「クロか。どうした?」


 僅かに漂う眠気が瞼を下ろそうとするが、それが妙な色気となる。光一の容姿は、この町でも魔性と思われ、授業が面倒臭くて外を眺めているだけなのに、「物憂げな表情」として周囲が見とれていたり、「男でもいいから」と告白されたりした。たった10日の内にだ。この容姿も、光一がボッチの理由だ。

 その中で、クロンギだけが光一と真正面から対応してくれる唯一の存在なのである。


「どうしたはないだろ。お前、午後から教会に行くんだろ? 先生、探していたぜ」

「教会? あー、今日だったか」

「別に、宗教に入れってわけじゃないし、ただの行事だけどさ。洗礼受ければ、友達増えるんじゃね?」

「やかましい。別にボッチでも平気だっつの」

「体育の時に2人組になれなくてポツンと」

「やーっかましい。お黙り!」

「気にしてるじゃんよ」


 気さくと言うよりは、思いやりが無いだけのような気がしてきた光一。

 別に、友達が欲しいわけでは断じて無いが、もしかしたらという気持ちを僅かに持って、立ち上がる。いざ、洗礼の旅へ。


「ま、往復の時間入れても1時間くらいだし、気楽に行ってこいよ」

「……おう」


 僅かにでも込めた気合いを返してほしい。

 そう思う光一の気持ちなど知らぬまま、クロンギは光一を見送った。




 同行する教師と合流し、光一は町の教会へと赴いた。

 教会は町の北東部に位置し、森を背にする形で建設されている。教会といっても、特定の宗教に属しているわけでもないし、入信しないといけないわけでもない。そもそも、宗教という概念が無く、「神様に愚痴や悩みを聞いてもらう場所」が教会であり、神父はその神様の代理人を演じているだけだ。

 教会の敷地はそこそこ広く、町の人々が自由に入って世間話に花を咲かせる「表の庭」や、色とりどりの花が咲く小規模のガーデンがある。裏手には物置小屋が建っているらしいが、表や教会の中からは見ることができないようになっている。

 敷石に沿って表の庭を通り抜け、教会の扉を開いて中へと入っていく。教会としては小さな規模だが、それでも100人は収容できそうな空間は白く清潔感に溢れている。磨き上げられた長椅子が等間隔に並べられ、扉から入って、真正面には神父が立つ主祭壇が厳かに備えられている。


「いらっしゃいましたね」


 穏やかな声が光一を出迎える。

 その声の主も、穏やかな微笑みを浮かべる初老の男性であり、神父服に身を包んだ厳かな雰囲気を纏っている。

 教師は神父にお辞儀をし、光一もそれに倣う。


「神父様、この者がかねてより話していた新入生です。洗礼をお願いしたく、参りました」

「はい、承りましょう。君の名は?」


 神父は穏やかな話し方で光一に目を向ける。


「光一です。初めまして、神父様」


 当たり障りなく対応する光一。清潔感に溢れ、厳かな雰囲気がある教会の中は、ハーブなのか、ミントなのか分からないが、漂う香りまで清潔さを感じさせる。むしろ、


(キツイな。ここまで、匂いをキツくしなくてもいい気がするんだけど)


 そう思っていても、神父と教師が話している横で鼻を摘むわけにもいかない。喉の奥がスースーして、カラカラに乾いたように感じるのを我慢していると、教師が光一の背中を軽く押す。


「ほら、光一。洗礼の時間だ。お祈りのポーズをとるだけでいいから、行ってきなさい」


 そう言われた光一が前に進むと、神父が自分の前に掌を差し出す。その位置まで来い、ということか。

 示されるままに光一が進み出て、神父の前まで来ると、光一は両手を合わせる。


(お祈りのポーズってコレか? 仏教式でいい?)


 光一のポーズに、神父は苦笑を浮かべる。光一の手を取り、両手の指を絡ませるように組み替えた。


(こっちか。ま、建物も西洋っぽい見た目だし、祈りのポーズも西洋式だわな)


 光一がそんなことを考えている真正面で、神父は聖書らしき書物を持って、洗礼の言葉を述べている。全てを聞き取れているわけではないが、要は「神の御前で恥ずかしいことは行いません」みたいな誓いの言葉のようだ。タカラベ村にいた時には4匹ほどナキウを殺しているが、それはいいのだろうか。

 もう少しで、洗礼も終わろうかという時、「ゴウン」と重々しい音が響き渡る。1度だけではなく、2度3度と。


「な、何だ!?」

「落ち着きなさい! しかし、コレは……!?」


 戸惑う光一に落ち着くように言った神父も、この現象は初めてらしく、冷や汗を流して戸惑っている。

 1時間のようにも感じられた数分の後、重々しい音が収まる。

 まさかの怪現象に混乱した光一や神父、教師にもっと驚くべき現象が表れた。


『ーーウを! ナキウを殺せ! 皆殺しにしろ! 早くしろ!』


 3人の他に誰もいない教会内部に、大きな声が響いた。かなり強く、焦りさえも感じさせる声。声の主が誰なのかも分からない。


「お告げだ」


 教師がポツリと呟いた。その表情には驚きや、喜びのような色が浮かんでいる。


「今のは『神のお告げ』だ。光一こそが『勇者』なんだ!」

「勇者?」


 何だ、その面倒くさそうなの。

 光一がそう言う前に、教師が興奮した面持ちで言う。


「そうだ! かの英傑ルビエラ様も聞いたと言われる『神のお告げ』! それによってルビエラ様は人魔大戦で魔王を撃退し、今の平和を作ったのだ!」

(は? ルビエラ? ちょっと待て、それって?)

「お告げの内容はナキウ退治、勇者というには些か地味な内容だが、『神のお告げ』が下ったのなら何か意味があるはず!」


 まさかの名前に光一が混乱しているのを構うこともなく、教師は興奮したまま、べらべらと喋る。

 それを制したのは神父だった。


「お黙りなさい!」


 厳かな雰囲気を纏いながらも、穏やかな話し方をする神父の、鋭い規制の言葉に、教師は口を噤んだ。


「今のが『神のお告げ』だとしても、光一はまだ幼い子供です。軽々しく命を奪うようなことをさせるべきではありません」

「い、いや、しかし!」

「それに、光一の鑑定も終わらぬ内から『勇者』と決めつけるには早計でしょう。お告げを実行するにしても、まずは鑑定してからです」


 厳かに言い放つ神父。

 しかし、その表情はどこか苦々しいものがある。まるで、隠し事がバレた時の子供のようだ。

 神父の言葉に教師は冷静さを取り戻したのか、汗を拭いながら、恭しく頭を下げる。


「申し訳ありません、神父様。みっともなく取り乱しました」


 謝罪の言葉を、神父は頷く形で受け入れる。


「少し、想定外のことがありましたが、光一の洗礼は終わりました。続いて、鑑定を行います」

「鑑定?」

「貴方の属性を鮮明にし、ステータスを測定することです。こちらへ」


 そう言って、神父は光一を主祭壇の上へ誘う。そこには、石材で設えたベッドのようなものがあり、そこへ寝転ぶように促される。

 寝心地悪そうだなと思いつつも、光一がそこへ寝転ぶと、淡い白色の光が光一を包みこんだ。

 神父は、じっとその様子を眺めている。

 光は徐々に強くなり、幾つからの光の粒子が光一を取り囲むようにして回り始める。


「これは……そんな……!」


 狼狽える神父。

 強くなる光は、やがて光一が見えなくなるほどに輝き、その後、数分の後に、光一に吸収されるようにして収束していく。全ての光が光一の体へと入り込むようにして消えると、神父はハンカチで汗を拭い、


「も、もう、起きていいですよ……」


 と、力無く言った。

 起き上がった光一はベッドから降り、洗礼を受けていた場所にまで戻る。

 神父は、動揺を隠せないまま、光一の前に戻り、鑑定の結果を告げる。


「貴方の属性は……風属性です。攻撃力こそ低いですが、速度に優れ、補佐に秀でた属性です」

「攻撃力が低い……」


 光一の持つスキル「回避」、「察知」、「隠遁」は防御に優れているため、何か攻撃に秀でたものが欲しかった光一は、攻撃力が低いと言われて落ち込んだ。


「何事も、極めれば不足は無いものです。心の持ち様ですよ。……あと……」

「……はい……?」

「……貴方には『勇者』の素質があります……」

「……え……? えぇぇぇぇぇ……」


 言いにくそうにしながらも、神父が絞り出した言葉に、光一は明らかに面倒くさそうな声を上げる。後方では喜びの声を上げる教師がいるが、そっちに構う余裕は無い。どうせ、こんな田舎の学園から勇者が出れば泊がつくくらいにしか思ってないだろうし。

 がくりと肩を落とした神父に背を向け、教師と光一は教会を後にした。学園に戻る間、教師はテンションが高く、学園への入学希望が増えれば給料が増えると取らぬ狸の皮算用に精を出している。


(素質があるってだけで、勇者になったわけでもないのに……。てか、学園に入ったから勇者になれるわけでもないだろ)


 呆れた様に光一は嘆息するが、テンションの高い教師は浮かれまくっている。

 その後、学園は光一の話で持ちきりとなり、まともな授業は行われず、半ば自習のかたちとなった。




「参ったな。勇者なんて面倒臭い」


 本日の授業が終わり、放課後の部活に精を出す生徒や街へ遊びに行く生徒がいる中、光一は新調した木刀を持って森の中の広場に来ていた。日課となっている素振りをするためだ。

 木々が生い茂り、まともな道さえ無いと聞いていた町外れの森だが、教会の裏手側の辺りだけ、開けた場所がある。ボッチの寂しさを紛らわすために散策していた光一が見つけたこの場所は、素振りを行うには丁度良い場所だった。


「……ふぅ、あまり、集中できねーや……」


 いつもなら素振りをすることで心が落ち着き、ボッチである現実から目を背けることができるのに、鑑定の「勇者の素質がある」という結果が頭から離れない。この話は生徒の間にまで広がり、いつもならクロンギか、玉砕覚悟の告白する生徒くらいしか絡んでこないのに、その何十倍もの人数が光一に話しかけてきた。おかげで、山の獣以降、効果の確認ができずにいた「隠遁」のスキル内容がしっかりと確認できた。


「あーあ、やめやめ! 今日は全然集中できねーや」


 木刀を放り出し、その隣にゴロンと寝転がる。半ば不貞寝のように目を閉じると、うっすらと硫黄臭が漂ってきた。


(おいおい、今度はナキウか?)


 臭いは薄く、まだ、遠い位置にいるのだろう。

 光一はそう判断し、木刀を握り締める。神のお告げとやらで、ナキウを殺すように言われていることを思い出した。憂さ晴らしには丁度良い。

 ガサガサと音がして、木々の間の草むらから何かが飛び出した。


「……は?」


 そこには、ナキウの幼体がいた。


「プクー、プクプク! プユウ」

「プクプク、プユー」


 2匹のナキウの幼体が、頬を膨らませ、それを押して息を吐いて戯れている。

 臭いの薄さでナキウは遠いと思っていた光一は、予想外の事態に驚きを隠せない。ナキウがこんなにも早く移動できるとは思えない。幼体なら尚更だ。

 しかも、ナキウは有り得ない格好をしている。


「どういうことだ、テメエ」


 光一は立ち上がり、木刀を構える。

 片方のナキウが光一に気付き、一切の警戒心も抱かないまま、光一へと歩み寄る。


「プクー、プクプク。プフー」


 歩み寄りながら、笑顔を浮かべて頬を膨らませ、その頬を両手で押し、光一に息を吹きかける。身長は光一の腰よりも低く、太腿にナキウの吐いた息がかかる。

 その瞬間、吐瀉物をかけられたような嫌悪感が全身を駆け巡る。


「テメエ!」


 反射的に、光一は幼体を蹴り飛ばす。小さな体の幼体は1、2メートルほど飛ばされ、もう片方の幼体の位置まで転がる。


「ピ、ピ、ピキィ! ピキィィィィィィィ!」

「プユウ! プユウ!」


 蹴り飛ばされた個体は、いきなり蹴り飛ばされたことに驚いた後、痛みに涙を流しながら号泣し始める。もう片方の個体が、蹴られた箇所を撫でながら、泣き止ませようと慰める。

 そして、光一を非難するような目付きで光一を睨みつける。無駄に大きな目のせいで迫力は無いが。


「文句でもあるのか? テメエら、なんだ、その格好は?」


 2匹のナキウの幼体は、白く、清潔感のある服を着ている。修道服のようにも見える。


「プコー……プコプコ!」

「プンスコ! プコプコ!」


 非難しているのだろうか。2匹とも光一に向かって、何らかの叫び声を上げる。


「まぁ、いいや。巣まで案内しろよ。痛い思いはしたくないだろ」


 言いつつ、光一は木刀を振り上げながら、幼体へと近付く。

 殺気漲る光一の姿に、2匹の幼体は恐怖心を抱き、非難の声が小さくなりつつ、後退る。

 しかし、その速度は光一に比べれば緩慢としたもので、双方の距離はあっさりと詰められた。

 振り上げていた木刀が振り下ろされる。

 その瞬間、


「お止めなさい」


 聞き覚えのある声が光一を制止する。

 2匹の幼体は、鈍いものだが、大急ぎでその声の主にまで駆け寄り、その後ろに隠れる。

 光一は、ナキウの幼体が着ている服装から想像していたが、現れた人物に驚いた。


「あんた……何で……?」

「事情を、お話しましょう」


 ナキウの幼体を助けたのは、光一に洗礼を施した神父だった。

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