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第13話 光一の受難②

 教会の談話室に通された光一は、目を疑った。

 神父に連れられて、2匹のナキウの成体が談話室へと入ってきた。しかも、森で見た幼体のように、修道服を身に纏っている。

 ナキウに嫌悪感に溢れる視線を注ぐ光一の対面に、神父が座る。


「話してもらおうか」


 光一の態度に、神父に対する尊敬の念は微塵も無い。むしろ、異端者を見るような目を向ける。

 その露骨な態度を、神父は受け流す姿勢だったが、ナキウの方は我慢できなかったようだ。


「イクラナンデモ失礼デショウ!」


 些か拙いが、はっきりと人の言葉を発した。

 そのことに光一は驚きの表情を浮かべ、神父は「よしなさい」と手を振ってナキウを制止する。

 改めて光一へ向き直った神父は、


「驚くのも無理はありません。彼が言葉を喋った際には、正直、私も驚きました」


 と、苦笑交じりに言った。

 すぐに、平静を取り繕った光一は、深呼吸をした後、神父に向き直る。


「……話を」

「そうですね。あれは……一昨年でしたか……」


 そうして、神父は話し始めた。

 ある日の深夜、森の方が騒がしくなり、それを不審に思った神父は様子を見に行った。戦う術は持たない神父だが、闇を照らす初歩的な魔術は使える。行く先を照らしながら森を進むと、そこには傷だらけのナキウの幼体が2匹いた。


「巣を猛獣に襲われたようで、ボロボロの状態でした。にも関わらず、そこの彼……私がカワラベと名付けた少年は、共に逃げてきた少女……コウラノと名付けました……彼女を守るべく、私に威嚇してきたのです」




『プ……プコー……プコプコ……!』


 残る力を振り絞った、一生懸命な威嚇。

 神に仕える神父に殺生は許されない。食事も野菜が中心の徹底した殺生回避の神父だが、それでも、ナキウへの嫌悪感は持っている。

 しかし、その時の神父は心持ちが違った。

 己も半死半生でありながら、懸命にもう片方の幼体を守ろうとする姿に、心打たれた。


『安心なさい。あなた方には危害を加えませんよ』


 穏やか笑みを浮かべ、柔らかさを意識した声色で語りかける。

 それが通じたのか、或いは体力の限界だったのか、威嚇していた幼体はその場に倒れ込んだ。気絶や失神ではなく、「プー、プー」と寝息を立てている。

 その見た目通りの幼さに、神父の心には父性のような感情が浮かんでいた。ブニブニとした肌に傷を付けないように注意しながら、2匹をそっと抱き上げる。

 深夜だったことが幸いし、誰にも見つかることなく、教会へと運び込むことができた。規模が小さいために、神父しか教会にいないことも幸いだった。

 傷を手当てし、布団に寝かせる。

 2匹が起きるまでの間に、神父は改めて周囲を確認したが、幼体に対して愛情深い成体の姿は無い。2匹が来たであろう方向へ進み、小一時間程、そこには1つの洞窟が口を開けていた。

 その周辺には、猛獣に襲われ、弄ばれて殺されたと思われる、ナキウの無惨な死体が散らばっていた。猛獣がナキウをわざわざ襲うことは少ない。恐らくは、狩りを学び始めた猛獣の子供の仕業だろう。

 生き残りがいないことを確認し、神父は教会へと戻った。月は地平の彼方へと沈みゆく時間帯、家族を失った幼体はそのことを知らぬままに眠っていた。




「私の心は決まっていました。人々からこの子らの存在を隠し、責任持って育てていこうと……!」


 神父の手に力が籠もる。それだけの覚悟を持っていたのだろう。

 実際、ナキウの幼体を育てるのは大変だった。

 元々、警戒心が皆無の幼体は、好奇心の強さも相まって外への憧れが強かった。神父の目を盗んでは、賑やかな町へと出て行こうとする。

 しかし、そんなことをすれば、あっという間に殺されてしまうだろう。それを庇ったり、非難したりすれば、神父としての立場が危うくなり、幼体を守れなくなる。

 神父は監禁に近い形で幼体を部屋に閉じ込め、その間に言葉を教え、人間社会におけるナキウの立場を教え込んだ。

 町外れには神父が趣味でやっている畑があり、ナキウの食事には然程困らなかった。

 神父と同じように野菜中心の食事が良かったのか、定期的に入浴させ、体を洗っていたのが功を奏したのか、ナキウ特有の硫黄臭は薄くなった。


(なるほど。教会がやたら強い香りに満ちていたのは、僅かに臭うナキウの硫黄臭を誤魔化すためか)


 教会の香りが強かった理由を察した光一。神父の話しを聞きながら、うんうんと頷いた。


「そうして、図々しいですが、父親になった気持ちでこの子らを育てているうちに、この子らも私を受け入れてくれたのです」


 そう言って、神父は慈愛に満ちた目でカワラベ、コウラノと名付けられたナキウの成体を見つめる。そのカワラベも、コウラノも信頼に満ちた目を神父に返す。

 その様子は、光一の目には悍ましいものにしか見えない。人間がゴキブリに頬擦りしているようにしか見えない。

 兎にも角にも、両者は本当の親子のようになった。




 そんなある日のことだった。


『オ……オトーサン』

『オトーチャン』


 辿々しい言い方で、2匹の幼体が語りかけてきた。

 ナキウが人の言葉を発した瞬間だった。

 神父は驚き、同時に喜び、2匹を抱き締めた。気持ちが通じて、本当の家族になれた事が嬉しかった。

 それからは、まさに怒涛の日々だった。

 成長して体が大きくなる2匹を、いつまでも部屋の中に押し込むのは申し訳なく、教会の裏に2匹専用の家を用意した。地下に作るために、「倉庫を増設する」と偽って、倉庫に地下室を作るように町の職人に依頼した。幾つもの部屋が用意できて都合が良かったし、倉庫がナキウを隠すのにも役に立った。

 2匹のナキウは体の成長に合わせて、言葉を話せるようになり、神父と親子のように語り合うこともできるようになった。

 そして、その日は訪れた。

 2匹が交わり、コウラノの股から卵管が延び、卵袋の形成が始まった。

 神父にとっては孫のように思えた。

 カワラベと共に出産部屋を整え、時間があればコウラノの元へと通い、卵袋の中の卵を見守った。日々、大きくなる卵の中に、小さなナキウが形成された時は有頂天になるほどの喜びだった。




「そうして、幼少体が産まれました。それが、去年のことです。大変でした。幼少体は、非常に食欲旺盛で、一度の食事量は少ないのですが、回数が多いのです。幼少体でも食べられる大きさに刻んだ菜っ葉を、何度もこのカワラベと往復して食べさせました」


 ほんの数センチ程度の大きさの幼少体、その更に小さな手で刻まれた菜っ葉を掴んで食べる姿は、神父にとっては天使のように愛らしい光景だったらしい。

 ピキーピキーと鳴いて母となったコウラノに甘え、父であるカワラベの体に登って遊ぶ姿に、神父は孫を持ったような感情を抱いた。

 幾つかの部屋を子供用に改装し、這いずり回るようになった幼少体の遊び場とした。

 スクスクと育つ幼少体は幼体となり、好奇心の強さを発揮して、地下室を探検して遊ぶようになる。外に出してやれないことに心が痛んだが、守るためなら仕方ないと、己の心に言い聞かせた。


「そして、半年前、成体へと成長した子供たちの中に、卵袋の形成が始まった子が数匹現れたのです」


 予想外だった。ナキウは近い血縁でも交尾を行い、子を成すことができた。しかも、それのよる弊害も無かった。

 卵袋を形成したメスは8匹。コウラノが使用した出産部屋に移動させ、そこで卵の成長を見守った。

 教会の敷地内、しかも、倉庫で入り口が隠された地下室という自然界では有り得ない安全性のおかげで、その8匹が抱えた卵袋から、合計で250匹にもなる幼少体が産声を上げた。


「焦りました。まさか、こんなことになるなんて。とても、地下室で匿い切れる数じゃない。かと言って、見捨てるわけにもいかない。そこで、地上の倉庫を私自らの手で増設し、そこで匿うことにしたのです」

「なるほどね。俺が見たガキはその中の1匹か」

「はい。恐らくは、どこからか抜け出したのでしょう。あの子らは倉庫へと連れ戻し、親元にいます。外には出ないように言い含めておきました」

「で?」

「は……?」

「いや、長々と話してくれたけど、どうするの? ナキウの繁殖力ナメてるでしょ。今回はギリギリなんとかなっても、あと数カ月もすれば、また増えるよ。そうなれば、巣分かれだってありうる」

「そ、それは……」

「それに、俺は神様とやらから『ナキウを殺せ』ってお告げ貰ってるけど?」


 光一はそう言いながら、チラッとカワラベを見る。

 カワラベは臆することなく、光一を睨み返す。孫を持つ身として、ここで引くわけにはいかないのだろう。


「お待ち下さい。対応を考えます。3日でいい。時間を下さい」


 そう言って、神父は深々と頭を下げた。仮にも、10歳かそこらの光一に向かって。それだけ、ナキウへの愛情が深いのだろう。

 その様子を見た光一は、いつでも殴れるようにと握り締めていた木刀から力を抜く。


「……3日後に、また来る。……よく考えることです。あんたは、仮にも神父として町の人々から信頼を得ているんだ。ナキウを匿っていたとなれば、その立場、どうなるか分かっていますね?」


 そう言い残して、光一は談話室から出て行った。

 神父もカワラベもコウラノも、それを黙って見送るしかなかった。コウラノは心配そうな目で、カワラベを見上げる。カワラベは元気付けようと、そのコウラノの手を握った。


「コノママ帰シテモイイノデスカ?」

「我々には、どうすることもできない……。どうにか、お前達家族を守らねば……!」


 そう言って、神父と2匹のナキウは倉庫へとは帰って行った。



 その後を、「隠遁」のスキルで姿も気配も消した光一が追い駆ける。ナキウをどうするにしても、居場所くらいは知っておきたかった。

 神父と2匹のナキウは、裏口から外へ出ると、その真正面にある倉庫へと入っていく。先に神父が入り、ナキウが後から入る。光一は、扉がすぐに閉まらないように抑え、ナキウが扉から少し進んだ時点で中に入り込む。扉が閉まるのが少し遅くなっても、ナキウは不思議にも思わなかったようだ。


「…………!」


 そこには、うじゃうじゃとナキウの幼体がひしめき合う異様な空間となっていた。持ち歩く癖の付いていた防臭マスクと、ナキウの体臭が薄まっているおかげで耐えられるが、そうじゃなかったら気絶しそうだ。


「プユウ、プユウ」

「プコプコ、プユユ」

「プクプク、プー」


 それぞれがナキウ特有の泣き声を上げている。


(地下への入り口は、まだ、奥の方か。こんなにもガキどもがいたら流石にバレるかもしれん。姿を消せても、物をすり抜けられるわけじゃないしな)


 足の踏み場もない程に幼体がひしめき合う場所では、姿を消していても、幼体に足が当たれば気付かれる可能性はある。

 そう判断して、光一は本当に帰路につく。出るために扉を開けても、幼体のどれもが、その事には気付かなかった。


「あれを皆殺しにするのは大変だな」


 ちなみに、皐月が無人島で皆殺しにしたナキウの群れは、倉庫や地下室にいるナキウの半分程度。

 既に、それらを皆殺しにすることを心に決めた光一は、神父への義理立てとしてナキウのことを隠したまま、寮の門限を超えた言い訳を並べ立てた。勇者になれる素質があること、神託が下ったこと、それらを神父に相談していたことを考慮され、反省文3枚で済むことになった。

 反省文を書きながら、光一は忌々しく言った。


「絶対に、あの害虫ども、楽には殺さんぞ」


 勇者には程遠い、悪役のような物言い。

 しかし、その内容は害虫退治であるため、今一つカッコよさに欠けていた。

 作文が苦手な光一が、反省文を書き終えたのは、月が天頂を過ぎた頃だった。

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