町一番の面積の公園を埋め尽くすように建てられたテントの中で、マルキヤ劇団による演劇やサーカスが繰り広げられている。普段は見ることができない光景に、テントを訪れた人々は目を奪われる。
そして、一番の歓声を浴びるのは「ナキウショー」である。ナキウを用いた参加型アトラクションもあり、人々に笑顔にする。
その裏で、スギタニは契約書にサインをした。
同時に、光一もサインをする。
これで、光一は定期的な収入を得ることができるようになった。
光一がタカムネとスギタニに、教会のナキウの群れの情報をリークした翌日、劇団本隊が町を訪れた。
テントの設営をする傍らで、劇団の団長も光一に接触し、ナキウの存在と、卵袋を固めることができることが確認された後、長距離輸送が可能かどうかの実験が行われた。
その為にも、ナキウの搬出が行われたのだが、教会からナキウが運び出されるという異様な光景が町の人々の目についた。当然のように騒ぎとなる。町民の憩いの場になっている教会から「汚らしい害虫」が大量に運び出されれば、町中が騒然となるのは当たり前だろう。
馬車の荷台に隙間も無いほどに詰め込んで、町の外にまで運び出す。
そして、1つの荷台に熱湯で固めた卵袋とそれを抱えたメスを乗せ、長距離輸送の実験が始まった。立ち会うのはタカムネとスギタニ。30分前後で卵袋は冷めて透明に戻るため、30分毎に熱湯をかけて冷めないようにする。メスはその度に火傷を重ね、体中の皮膚がベロンベロンに剥げた。
結果、固めた状態では2週間は運搬でき、それを超えると卵袋は固まったままとなり、ナキウは卵の中で死んでしまった。ついでに、メスも死んでいた。固めるペースを調整することで、更に長期間の輸送が可能であることが確認された。また、お湯の温度は90〜95度がベストであると確認された。これを超えると卵袋の中が沸騰し、卵が茹で上がってしまう。低いと、卵袋は凝固しない。
この実験で8つの内、7つの卵袋が死滅したが、ナキウの養殖と輸送に目処がついたことで、劇団と光一の契約が正式に締結された。
サービスとして特等席でナキウショーを観ていた光一の隣に、劇団の団長が座った。妙齢の男性、所謂「イケオジ」という外見で、それに見合った色気を纏っている。
「光一くん、キミの提案は中々のものだったよ。町長との交渉は上手くいった。教会は我々の所有物件となった。養殖場が手に入ったのは大きい。キミのおかげだ。ありがとう」
「いえ、団長の話術あってこそです。僕の提案は雑なものでしたから」
「過ぎた謙虚は嫌味だよ。礼は素直に受け取り給え」
「ありがとうございます」
「月々の支払いは5%という話だったね? 8%に増やしておくよ」
「いいんですか?」
「ナキウで稼ぐさ。劇団が潰れてしまったら、無くなってしまうがね」
「助かりますよ」
「うむ。では、ナキウショーを楽しんでくれ」
そう言って、光一の頭をワシャワシャと撫で、団長は裏手へと戻って行った。
教会の「神父」には、「公共の安寧を犯してはならない」という規定がある。「ナキウを町長や町民に隠して養殖していたのは町民の安寧を壊しかねないのでは?」と、光一が呟いたところ、それを聞き逃さなかった団長がその事を町長に伝えた。見事に、ナキウの件の責任を揉み消したい町長が食いついた。神父がナキウの件を隠していたこともあり、その責任を神父に被せ、本人不在のまま、教会は押収され、それを劇団が買い取った。
こうして、この町唯一の教会は失われ、教会だった建物はナキウの養殖場として運用されることが決定した。
観客席に囲まれ、観客から見下ろされるかたちなっている舞台の上で繰り広げられるナキウショーを観ながら、光一は笑みを浮かべる。
往復の期間も含めると1ヶ月半の会合を終えた神父が町に帰り着いた頃には、マルキヤ劇団の公演が最終週を迎えていた。
そんな事には目もくれずに、神父は教会へと急ぐ。
食料は足りているだろうか。町の誰にもバレてはいないだろうか。家族にも等しいナキウたちは無事だろうか。
心の中で渦巻く心配を押し殺し、教会に辿り着いた神父は、ガクリと膝を落とした。
教会の敷地は壁で囲まれ、正門は固く閉ざされている。「広く開かれ、来る者は受け入れる」として壁も塀も設けていなかったかつての姿は無い。
「……マルキヤ劇団……、……っ! ナキウ……養殖場……っ!? これは、どういう……!?」
門に堂々と掲げられている看板を見て、神父の表情に絶望の色が浮かぶ。
「帰ってきたかね、神父」
崩れ落ちて、涙さえ溢れ出している神父に、冷たい声が掛けられる。
声の方向へ視線を移すと、そこには無表情の町長が立っている。初老の男性で、町の維持と発展に精力を注ぐ政治家。領主からの信頼は厚く、町周辺の土地の管理まで任されている。重責故に厳つい表情が目立つが、町民の言葉には耳を傾け、改善点があれば即座に動くため、町民からの信頼は厚い。
「町長! これは……! これは、どういうことですか! ここは、教会ですよ!」
「よく言う……」
「は……? そ、それは……?」
「教会があれば、町民の不満や愚痴がそこに集まり、町のより良い発展に繋がるヒントが入手できると思って、町の予算を割いて建設した。その不満や愚痴を受け止める存在として、君を招致したのだがね」
「わ、私はその役目を全うして」
「ナキウの養殖を認めた覚えは無い! 倉庫の増設を君が申し出た時、違和感はあったが、必要ならとそれも認めた。騙されるとは思わなかったな。よりにもよって神父に!」
「そ……そのことを……どこから……!」
「知って、どうするかね? 君にはどうしようも無いだろう」
神父の頭には、光一の顔が浮かぶ。
彼にしかナキウの存在は明かしていない。
神父の心には強い怒りが渦巻く。
「あ、あの子供……! お、おのれ、光一……っ!」
「光一? あぁ、勇者の素質ありと鑑定された子か。彼は王都への召喚命令が来ている。もう、君が接触できる相手じゃない」
「うるさい! 私は」
「教会総本山からの帰還命令が君に来ている。神父の規定を破った君に、総本山の方々は相当にお怒りのようだぞ」
「……な……規定を破ってなぞ……」
「ナキウは害虫であり、その不衛生な存在は町を汚し、町民の安寧を害し得る。神父なのに、それを知らないなんて言うつもりかな?」
「…………っ!」
「あの元教会にいたナキウは全てマルキヤ劇団が買い取った。教会も劇団に買い取られ、ナキウの養殖場として利用されるそうだ」
「……な、なにっ!?」
神父は勢いよく立ち上がり、マルキヤ劇団のテントへと走り出した。
息も絶え絶えに、神父はテントの入場口へ着いた。
急いで中へ入ろうとするが、入場料を求められて足止めを食らう。積極的に金稼ぎしているわけではないため、入場料を払うことができない神父は、運営スタッフを押し退けて入ろうと藻掻く。
しかし、こういう客の対応に慣れているスタッフを、非力な神父が押し退けるなんてできるわけがない。
「た、頼む……! 頼む! 入れてくれ! アンタたちがか……買い取ったのは、私の家族だ! 返してくれ!」
「はぁ? 何言っているんだ、アンタ。ナキウが家族って、イカれてるのか?」
「うるさい! お前に……お前に何が分かる!?」
「とにかく! 入りたいなら入場料を払えっての!」
「落ち着いて下さい」
神父とスタッフが取っ組み合いをしていると、落ち着いた声色がその場を制した。
その声の主は、マルキヤ劇団の団長だ。落ち着いた態度で、神父を中へ手招きする。
団長からの許可が下りたためか、スタッフは神父を中へと通した。
「中へどうぞ。特等席を用意してますよ」
有無を言わせぬ迫力を出し、鬼気迫る勢いの神父に一言も言わせぬまま、観客席へと案内する。
観客席は、観客の笑いに満ちている。
その観客席の最前列へと、団長は神父を案内した。
目の前の舞台には、1匹の成体のナキウが四肢を鎖で、丸太に拘束されている。その対面には、34匹の幼少体が逆さ吊りされている。幼少体の口には、爆竹が顎が外れるほどに詰め込まれている。苦しいのだろう、幼少体は目から涙を流している。
ナキウを家族のように想う神父には、まさに地獄のような光景だ。幼少体に向かって悲痛な泣き声を上げる成体のナキウを笑う、周囲の人間が悪魔のように見える。
その時、神父の耳に、ナキウの言葉が入り込んできた。
「カエシテ、ワ、ワタシノコドモ、カエシテ! プギー!」
喋った。
ナキウが。
つまり、あのナキウは教会にいたナキウだ。
しかし、その言葉は群衆の笑い声に掻き消され、神父以外の耳には入らない。
神父は、隣に座る団長に向き直り、ナキウを返すように懇願しようとすると、司会の言葉が響き渡る。
『お待たせしました! 最後の演目です。題して、「急いで火消し! 子供を救え!」。今、ナキウが鎖から解き放たれます』
その言葉の通り、成体は鎖から解き放たれる。乱雑に丸太から放たれ、顔から舞台に倒れ込む。それさえも、観客の笑いを誘う。
起き上がったナキウが頭を振った時、その視界に神父の姿が映る。パァッと笑顔を浮かべる。心から信じる神父なら、この状況から助けてくれると思っているのだろう。
身長の割に短い足を懸命に動かして、神父の元へと駆け寄ろうとする。
しかし、舞台上のスタッフに取り押さえられる。
その口の動きで、神父は助けを求めていることを察する。
「…………っ!」
思わず立ち上がり、舞台に乱入しようとする神父。
それを素早く団長が抑え込み、神父の右手を握る。
それが、ナキウの成体には神父と団長が握手しているように見えた。抑え込む為に肩に回した腕も、親しい仲であるように見える。
「…………オジーチャン……ナンデ……!」
神父に裏切られたと思い込んだナキウは、その絶望から涙を流しながら、スタッフに引き摺り戻される。
『はい、ちょっとしたハプニングがありましたが、所詮はナキウ。無駄な抵抗でしたね、残念でした!』
今の行動を笑いに変えるアナウンスと、それを聞いて笑う観客。
『それでは演目の説明に戻ります。これから、幼少体の口に詰め込まれた爆竹に繋がる導火線に火を付けます。成体はそれを頑張って消すだけです。簡単でしょう? 成功すれば、幼少体は今日を生き延び、明日を得られます。失敗すれば、爆竹がドパパパパパッと鳴ります!』
失敗した時の光景を想像し、周囲の人間たちはニヤニヤと笑みを浮かべる。
何とか止めさせようとする神父だが、周囲が騒々しくて声は届かず、力でも敵わないため、座席に抑えつけられる。ただ、黙ってみていることしかできない。
『では、点火ー!』
アナウンスの言葉を受け、導火線の先端に火が付けられた。
その瞬間から、火花を散らせながら、火が幼少体の口に詰め込まれた爆竹に向かって走り始める。
我が子を救わんとする成体が導火線の火を消そうとするが、手で揉み消そうとしても、足で踏みつけても、体を押し付けても、それらの箇所を火傷するだけで、火花は衰えず、容赦なく爆竹への距離を縮めていく。導火線を千切ろうと引っ張るが、ナキウの貧弱な腕力ではビクともしない。口の中の唾液を総動員して導火線の火に吐きつけるが、少しも火は消える様子を見せない。
もう、数秒も無い。
成体は、涙を垂れ流しながらも、導火線の火を消そうと四苦八苦している。
逆さ吊りにされ、爆竹を口に詰め込まれている幼少体は、息が詰まって窒息しているのか、体が痙攣を始めている。早くしないと、その幼い命は消え去るだろう。成体は、口に詰め込まれている爆竹を外そうとするが、手が届かない位置に幼少体は吊るされており、導火線を引っ張っても、幼少体を余計に苦しませるだけだ。
最後まで諦めなかった成体だが、情け容赦なく、火は、34匹の幼少体が咥える爆竹に向かって分裂していく。
導火線が1本だった時でさえ、火が消える様子が見えなかったのに、それが34本に分裂した。
「ピ、ピギ……ピギィィィィィィィィィィッ!」
もう手に負えない状態になり、成体の心は絶望に塗り潰され、それでも、諦めようとはしなかったが、火はゴールである爆竹へと到達した。
派手な爆音と共に、幼少体の口の中で爆竹が炸裂する。
幼少体は泣き叫ぶことさえ、できなかった。
5歳児の皐月でも指で潰せるほどに脆い幼少体の頭は、顎が外れるほどに詰め込まれた爆竹によって粉々に爆散された。傷口から、重力に従って内臓が零れ落ちる。
「ピギーーーーーーーーーー」
目の前で、全ての幼少体が死に絶えたことで、絶望に塗り潰されていた心が砕け散り、成体は正気を失った。両目は見開かれ、瞳は左右別々の方向を向く。口はだらしなく開いて、唾液と共に鳴き声を漏らす。
その様子に、神父は目を閉じて、顔を背ける。
しかし、観客にとっては最大の笑いどころなのだろう。観客席が笑いの渦に飲み込まれる。
心を壊した成体は4人がかりで運び出され、幼少体の死体はゴミとして掃除された。
本日の演目の全てが終わったことを知らせるアナウンスが響き、観客たちは席を立って帰っていく。
神父だけが、その場から動けずにいた。
団長に立たされた神父は、ある場所へと案内される。
そこは、元教会であり、今はナキウの養殖場となった建物。
団長が門を開けて、神父を招き入れる。
「すみませんねぇ、まだ、整理が終わってないんですよ。足下、注意してください」
注意を促す団長の言葉も、今の神父には届かない。
かつては、集まった町民に演説していた空間も、ナキウを養殖するための空間に作り変えられつつある。
そこを通り過ぎ、かつて、談話室だった部屋に通された。
「……っ、カワラベ!?」
そこには、彼自身が気に入って着ていた修道服を剥ぎ取られ、死なない程度に痛めつけられたカワラベの姿があった。後ろ手に縛られ、首と足が丸太に縛りつけられている。体中の至る所から血を流し、男性器は切り落とされている。片目も潰されている。
「……オトー……サン……?」
「カ、カワラベ! なんで、こんな、酷い……!」
「アノ人タチ……イキナリ来テ……子供モ孫モ……コ、コウラノモ………………!」
口から血を流しがら、カワラベが話していると、それを遮るように、団長が言う。
「その個体はなかなか粘りましたよ。家族を守るってね。喋るナキウなんて面白いですし、客寄せに使おうとしたんですが、抵抗されまして」
「当たり前だ!」
神父は出せる限りの大声で怒鳴る。
しかし、団長は軽く受け流す。
「なので、目の前でその家族を連行したんですよ。いなくなれば、我々に従うと思ったのですがね。そしたら、その家族までもが抵抗する。なので、彼に痛い目に遭ってもらったのです」
連行に1回抵抗すると、カワラベを殴る。それに騒ぐと、カワラベを蹴る。連行した先の荷車から脱走した時には、カワラベの男性器を切り落とした。
抵抗したり、騒いだりすると、父であり、祖父であるカワラベが痛めつけられる。これが群れ全体に広がる頃には、カワラベは半死半生となり、群れは大人しくなった。
「それでも、客寄せのための見世物にはならない、家族を危ない目には遭わせないと言う。そこで、奥さんであるメス個体と交渉しました。アナタが客寄せするなら、このオスを解放するってね」
コウラノは、カワラベと同じように拒否した。子であり、孫であり、もうすぐ産まれる曾孫を危険に遭わせられないと。目の前で、カワラベの片目にナイフを突き刺して、目を抉り出しても、その決意は揺るがないものだった。
それなら、次だ。
見せしめに、幼少体を並べて、コウラノが服従するまで、その幼少体を踏み潰し続けた。
半狂乱になるコウラノは、滝のように涙を流しながら、服従することを誓った。
こうして、教会が養殖場に作り変えられるまでの間の仮住居である、劇団のテントへとカワラベ以外の全てのナキウが移送されたのだった。
「まあ、こうしてナキウショーが安定して行えるのも、ここでナキウの養殖ができるおかげだ。感謝してますよ」
「ふざけるな……こんな……酷いこと……何故、できる? 彼らが何をした? 何もしてないじゃないか」
「はい、してませんよ。それくらい知ってます」
「では、何故!」
「変なことを言う。ナキウは積極的な駆除が推奨されている害虫ですよ。それをショーに使って何が悪いのです?」
「彼らも生きている! 我々と同じ命」
「人間と害虫を並べるな、胸糞悪い。それに、町では皆が言っている。ナキウを皆殺しにしろって神託が下ったと。神からも嫌悪され、見捨てられた害虫を殺すのは正義だ。神父なら、否定はしないだろう?」
「…………くっ…………!」
否定できない言葉に、神父は歯を食い縛る。
押し黙ったその姿は、カワラベには「自分たち家族を見捨てた」ように見える。懸命に縄を解こうとしているが、カワラベの心は絶望に染まっていく。
「オトーサン……家族……タスケテ……。……クレル……ヨネ……?」
「も、勿論だ! 必ず、助けるとも!」
足を縛っていた縄を解き、首の縄を解きにかかる。
不安気に尋ねるカワラベの、残った1つの目をしっかりと見据えて、神父は言う。
しかし、それを掻き消したのは団長の笑い声。
「よく言いますね。先ほどのショーのラスト、あのナキウの親子がここから連行されたナキウだって気付いていたでしょう?」
「だ、黙れ!」
「しかも、あれはそのナキウの娘だ。つまり、目の前でそのナキウの孫が爆殺されそうになっているのに、あなたは助けには行かずに、見殺しにしただろう」
「違う! お前が」
「可哀想に。目の前で全ての子を失い、祖父のように慕うあなたに見捨てられたメスは心を壊した。体は無事だから、卵を産ませますがね」
「ーーーー貴様!」
神父は、縄を解く手を止め、怒りに身を任せて団長に殴りかかる。
パンッと、爆竹の炸裂音が響く。
「ピギィィィィィィィィィィィィ!」
カワラベの悲鳴と共に、カワラベの肛門から滝ように血が流れ出る。
「冷静に、神父。神父が暴力はいけませんよ。私だって、そのオスの肛門に詰め込んだ爆竹を魔術で炸裂させるくらいの芸当はできる。そうじゃないと、劇団の安全が保てませんからね」
度重なる暴力に、限界が来ていたカワラベの体から力が抜け、膝から崩れ落ちる。首を丸太に固定しているため、縄が首に食い込んで、気道を潰す。
窒息し、酸素を求めて、カワラベは藻掻き苦しむ。
神父は慌てて、首の縄を解きに戻る。
「それも、我々の商品です。これが最後の会話になるでしょうから、存分に楽しんで下さい」
そう言い残して、団長は部屋から出て行った。
全ての縄を解いた神父は、カワラベを抱き締める。
家族同然のカワラベ一族が受けた悲劇に、神父の心は砕けそうになる。
カワラベも自分を抱き締めてくれる、神父はそう信じていた。
しかし、カワラベは神父を押し返した。拒絶するように。
想定していない事態に、神父は言葉も出ずに呆然とする。
カワラベの、神父を見る目には絶望と落胆の色が浮かんでいた。神父に裏切られたと言うかのような表情が、色濃く浮かんでいる。
「カ、カワラベ……? どうした……?」
「見捨テタ……デスカ? ボクノコドモ……!」
「い、いや、違う! 助けようとした! 私は助けようとしたんだ!」
「オマエガ出テイッタ日ニ、アノコドモガ来タ! オマエカラノ手紙ガアルト言ッテ! ボクタチニ嘘ツイタナ! 最初カラ、コウスルツモリダッタ!」
「そんなわけない! 私が、家族を捨てるなど」
「デテイケ! モウ来ルナ!」
はっきりとした拒絶。
その後も、神父は言葉を重ねて誤解を解こうと必死になるが、そのどれもカワラベの心には届かなかった。
力無く床に倒れ込むカワラベを助けようとする手さえも、カワラベに拒絶された。
この町における神父の役目も、教会も、家族さえも失った神父は、フラフラとした足取りで養殖場を後にした。