「……神父は首を括った……か。ナキウなんぞに肩入れするからこうなる。神父の割にバカだったな」
王都に向けて走る馬車の中、光一は呆れたような口調で呟いた。ナキウを「家族」と称する神父の気持ちが、最後まで理解できなかった。光一にとって、光一だけでなく、全ての人々にとって、ナキウは「害虫」でしかなく、憎悪や嫌悪感しか抱けない。
「それにしても……」
豪奢な内装の馬車に、光一の心は落ち着かない。
公演期間が終わったのが先週のこと。マルキヤ劇団はテントを撤収し、ナキウ養殖に関わるメンバーを残し、劇団は町から去っていった。幼少体から成体までを含む、大量のナキウを連れて。次の公演場所でも、ナキウショーは大盛況となるのだろう。
その劇団と入れ違いに、やたら、豪華な装飾が施された馬車の一団が町に訪れた。
マルキヤ劇団の時とは違って、町長や役人連中が総出で、その馬車の一団を出迎えた。
「町長、わざわざ出迎えてくれて嬉しいよ」
馬車から降りてきたのは、領主。クロンギの父親であり、王都の議会に出入りできる国会議員。柔和な表情を浮かべているが、その眼光は鋭い。
「神父はどうしている?」
「姿を消しました。総本山への出頭命令を伝えましたので、出立したのかと」
「ふむ。把握はしていないと?」
「もう、この町には教会は無く、この町の神父ではありませんので。この町に害をなさないのであれば、どこへ向かおうと構いません」
「相変わらずだな。もう少し建前を使え」
「善処します」
会話しながら、領主は役場の一室へ案内された。
玉露とお茶請けが用意され、この部屋には領主と町長だけが残る。
「単刀直入に言おう。光一を迎えに来た。王都への召喚命令が出ているのは通知していたな」
「彼は学生です。卒業まで待つべきでは?」
「私もそう言ったのだがな、王都の執政官だけでなく、国王陛下直々の命令だ。地方領主に過ぎない私では抑えられん」
「では、私も同様ですな。今、学園に通達します」
言いながら、町長は手紙を書き、部屋の外で待機していた部下の男性に手渡した。男性は、手紙を上着の内ポケットに仕舞うと、学園に向かう。
それを見送り、町長は領主の対面に戻る。
「性急ですな。噂は本当ということですか?」
「町長の耳にも入っていたか。イタズラに広めてくれるなよ。いらぬ騒動が起きると面倒だ」
「厄介なものですな。かつての人魔大戦の爪痕がやっと癒えてきましたのに」
「全くだ。軍部は盛り上がっているよ。あいつらは戦場が職場だからな。魔族領での魔軍の動きが活発化していることで、国境線の緊張は高まりっぱなしだ」
両者は、玉露を口の中に流し込み、溜息を吐いた。
麗らかな陽射しを浴び、光一はうつらうつらと船を漕いでいる。昼休みを終えた午後の授業は、ひたすら眠気との戦いだ。同じクラスの生徒は誰もが眠気を我慢し、教科担当の先生の言葉に耳を傾ける。その中で光一だけが白旗を上げ、眠気を受け入れていた。
その授業の最中、教室の扉が開け放たれた。見れば、校長先生が教室の中を見渡している。対応しようとした教科担当の先生を手を上げて制止し、光一を見つけると、手招きをした。
「俺?」
光一が自分を指差すと、校長はうんうんと頷いた。
光一は、
(居眠りがバレた? 説教か、面倒だな。「隠遁」で逃げるか?)
そう思いながらも立ち上がると、校長の後ろに、見慣れない男性が立っていることに気付いた。
(誰だ? 役場で見たような?)
そう思いながら、光一が校長のもとへ近付くと、廊下へと連れ出された。同時に校長は一歩下がり、入れ替わるように見慣れない男性が進み出る。
「授業中に申し訳ない。私は町長の使いの者だ。コレを君に」
言いながら、光一に手紙を差し出してくる。
手紙を受け取った光一が、手紙の内容を確認すると、「町役場へすぐ来るように」と短い文言が書かれていた。
「……これだけ?」
「今から行きましょう」
「え、でも、授業が」
「早退です」
「分かりました」
光一の判断は早かった。すぐに荷物をまとめて、町長の使者に連れられて、町役場へ向かう。授業を抜けられるならお安い御用だ。
町役場に着いた光一は、すぐに応接室へ通される。
そこには、町長と領主がいた。
嫌な予感がして、光一は「察知」を発動する。
「……王都へ?」
思わず呟いた光一の言葉に、領主と町長は目を見開いて驚いた。
「よく、分かったね。それも勇者の素質かい?」
「え、あ、いえ。そういうわけでは……」
町長からの問い掛けに、光一はしどろもどろになりながら答える。
「何にせよ、話が早いのは良いことだ。王都のお偉方が首を長くしていてね。すぐにでも、行きたいのだが、大丈夫かね?」
領主からの問い掛けに、光一は頭をフル回転させる。劇団からの収入は、銀行を通じて入金される。この町に着いた時に口座を作っておいてよかった。そうなれば、寮の荷物を纏めるだけで出発できる。
「あ、明日には大丈夫だと」
「ふむ。では、そのように。故郷に手紙を書いておき給え。こちらの都合の押し付けで申し訳ないが、王都は遠い。王都の用件によっては簡単には里帰りはできないだろうからね」
「わ、分かりました」
その後は、翌日の集合場所を伝えられ、領主は別荘へと帰って行った。
光一はすぐに寮に帰り、手紙を書いてポストに投函し、荷物を纏める。元々、持ってきていた荷物は少なかったし、買い物も大してしていなかったこともあって、荷造りには苦労しなかった。
準備を終わらせ、ベッドに寝転んでいると、部屋のドアがノックされた。
「どーぞー」
気怠げに光一が応答すると、ドアが開けられ、そこにはクロンギが立っていた。
「クロ。どうした?」
見れば、クロンギは泣きそうにしている。涙は、今にも零れそうだ。
「こう、いち……。お前、転校するって……」
「転校?」
「王都に行くんだろ? 学園も、そっちのに転入することになるって、親父が……」
「あー……そういうことになってるのか。俺も、さっき言われたばっかだよ。王都に行くってことしか聞いてなかったけど」
「お、俺……!」
「何、泣きそうになってんだよ。お前、友達たくさんいるじゃんよ。俺なんてボッチだよ?」
「そんなこと無い!」
叫ぶクロンギ。涙はボロボロと零れる。
「みんな、俺が領主の息子だから近付くだけだ。俺の家に来ることはあっても、誰も招待してくれない。奢らなかったら、誰も見向きもしない。お前だけだったんだ。領主の息子とか関係なく、気楽に接してくれていたのは」
一気に捲し立てるクロンギに、光一は面食らう。まさか、こんなにも想われているとは微塵にも思っていなかった。
「お前も、卒業したら王都に来ればいいだろ? 成績いいし、王都の学園に受かるんじゃねーの?」
「でも、お前は勇者になるんだろ? 冒険したり、軍を率いて魔軍と戦ったりするんだろ?」
「そうなの? 知らね」
「……お前な……」
「何も決まっていないのに、そんなん知るかよ」
「でもよ……」
いつもと違って、どこかウジウジとしているクロンギ。そんなにも、光一との別れが寂しいのだろうか。
少し面倒になってきた光一は、思いついたことを言ってみた。
「じゃ、俺が勇者になったら、俺とパーティ組めばいいんじゃねーの? お前、三男だし、跡取りは兄貴だろ? 三男が勇者のパーティに入っていて、勇者の手伝いをしているとなれば、領主の名声が高まるんじゃね?」
適当な内容。光一自身は勇者になるつもりは無いのに、この場を凌ぐための、付け焼き刃のような理由。
しかし、クロンギには効果抜群だった。
「あぁ……。あぁっ! そうだな! 俺、お前の役に立てるように頑張るよ。勇者パーティに入れるように努力するよ!」
「お、おぉう……。が、頑張れよ……」
「お前もな!」
言いながら、クロンギは寮の玄関に向かって走り出した。
見送るために光一が玄関まで出向くと、部屋に来た時とはうってかわって、弾けるような笑顔を浮かべ、
「光一! 王都まで気を付けろよ! お互い、頑張ろうな!」
そう言って、クロンギは帰って行った。
その後は、特に見送りに来る者は無く、静かに時間が流れていった。
翌日、集合場所に到着すると、領主の一団が待ち構えていた。
領主が光一を出迎える。
「よく、休めたかな? 昨日はうちの息子が邪魔したみたいですまなかったね」
「いえ、そんなことは……」
「さ! 忘れ物は無いかな? 無いなら、こちらの馬車に乗り給え。乗り心地は悪くないよ」
案内された馬車は豪華な装飾が施され、領主が乗る馬車と遜色ない。
恐る恐る乗り込んだ光一を包む内装も、豪華な内装ではあるが、上品に纏められている。
光一が馬車に乗り込み、腰を下ろしたことを確認した従者が馬車の扉を閉める。
それを合図に、一団は出発した。
ほんの数カ月しか住んでいなかったからか、タカラベ村を出る時のような感慨は無い。
1人で馬車に乗っているのは、想像以上に退屈で、ふと思い出した神父の現状が気になって、「察知」を発動してみる。
浮かんできた映像は、森の中で首を吊っている神父の姿。家族同然のナキウを失ったショックで、生きる気力を失ったのだろう。その神父が可愛がっていたナキウの末路も気にはなったが、マルキヤ劇団に搬出される際のカワラベへの対応を思い出し、「察知」を使うのは止めておいた。どうせ、ゴミのように転がされているだろう。
今後は、養殖手段を得た劇団によって、見つけたナキウの巣は尽く養殖場として利用されていくだろう。
そう考えていた光一は、馬車に揺られて気持ち良くなり、そっと眠りについた。
もう、お約束なのだろうか。
一団は必死に馬を走らせ、護衛の衛兵たちは、領主や光一が乗る馬車を囲むように円陣を組んで、周囲を警戒する。
町を出てから半日ほど進んだ時、山から縄張りを広げる為に進出してきた猿のような魔獣の群れに、執拗に追いかけ回されている。
衛兵が応戦しているが、群れの数が減っているようには見えない。
「なんで、こうなるの!?」
光一は、天を仰ぐようにして嘆いた。