目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第17話 光一の受難⑥

 短絡的に「魔獣(猿)」と呼ぶことにしたその群れは、ナキウよりも遥かに厄介な集団だ。鋭い爪や牙を持ち、衛兵が持つ盾に穴を開けるくらいには攻撃力がある。加えて、馬車を引いているとは言え、全速力で走る馬に追いつく程の速さで移動できる機動力まで持っている。

 それでも、1匹あたりの戦闘能力はその程度であり、群れでもテルスズ山の「山の獣」には敵わないだろう。攻撃力も機動力も「山の獣」のほうが圧倒的に上だ。

 それに、数の暴力で衛兵を圧倒しているが、連携を取るような姿勢は見受けられず、あくまでも、個体ごとの戦闘能力に依存した戦い方をしている。マルキヤ劇団も同じ道を通ったことを考えると、厄介だが、強くはないのかもしれない。事実、戦いに慣れている衛兵は群れを一定数ごとに分断し、それを撃破していくことで、群れの襲撃を捌いている。


『大丈夫かい? 光一。安心して、衛兵は優秀だ』

「え、声? 領主様? どちらに?」

『慌てないで。この馬車には、他の馬車と会話できる機能がある。擬似的なテレパシーとでも思っても問題ないよ』

「はー……すっげ……」

『少なくとも恐怖はしてないね。流石、「勇者」の素質ありと鑑定されただけのことはある。その馬車の座席の下を見てもらえるかな?』

「座席の下?」


 言われるがままに、座席の下を覗いてみると、引き出しがあった。引いてみると、その中に、一振りの剣が入っていた。


「剣?」

『護身用です。切れ味も耐久性も一流品だけど、10歳が扱うには重いかもしれない。それでも、万が一に備えて持っておいてほしい』

「わ、分かりました」


 剣を手に取り、鞘から引き抜いてみる。窓から差し込む光を反射して、眩く輝く刀身。その輝きが、これが真剣であり、鋭い切れ味を持つことを示唆している。木刀なら素振りで使っていたし、ナキウなら殺したこともある。それでも、初めて見る真剣の輝きは、光一に緊張と恐れを覚えさせた。

 刀身を鞘に仕舞い込み、窓の外を眺める。数えるのも嫌になる程の数がいた魔獣(猿)の群れも、随分とその数を減らしている。これなら、焦る必要は無かったかもしれない。




 馬車の中で、金髪の小娘が剣を握り締めながらも、ホッと胸を撫で下ろしているのが見える。

 配下が、人間の群れへの襲撃に梃子摺っているせいだ。なんて、情けない。これでは、緑色の下等生物と同じではないか。

 折角、ここまで縄張りを広げてきたのに、3度も敗北してなるものか。

 1度目は、沢山のテントを持って移動していた集団。その集団を率いる人間のオスにコテンパンにされた。

 2度目は、その集団が帰っていく時。多くの下等生物を檻に閉じ込め、1度目よりも移動が遅かったから襲ったら、やはり、集団を率いる人間のオスにコテンパンにされた。

 そのせいで、随分と、群れが減ってしまった。いずれは、テルスズ山の獣に挑むつもりだったのに。


 魔獣(猿)を率いる、体毛が白くなっている個体が一際大きな叫び声を上げ、衛兵と猿が戦っている前線へと躍り出た。

 この群れを率いるボスの登場に、配下の猿たちは歓喜の声を上げる。それに釣られて士気も高くなり、衛兵への攻撃が苛烈になっていく。

 ボス猿は、衛兵に囲まれて走る馬車に向かう。馬車の中で安心している、金髪の小娘の姿が神経を逆撫でたから。




 一際大きな叫び声がしたかと思ったら、光一の乗る馬車に、1匹の猿が飛び付いた。全身の体毛が白く変色している個体で、これがボスなのだろうと、光一は判断した。


「げぇ、こっち来た!?」


 足の指が扉に突き刺さり、片手で衛兵の攻撃を防御している。ボスを務めるだけのことはあって、それなりに戦闘経験はあるようだ。残っている片手を振り上げ、馬車の扉を殴り付けた。一撃では壊れない扉も、2度3度と殴り付けられ、次第に罅が入り、内側に向かって変形し始める。


「あ、コレ、保たねーな」


 扉が壊れたら、中にボス猿が入り込むだろうし、狭い車内では剣を振り回すのは不利だろう。

 しかし、今ならボス猿は扉に張り付き、扉を破るのに必死だ。この好機を逃す手はあるまい。

 光一は鞘から剣を抜き取り、昔のアニメで見た突きの姿勢を取る。突いたことは無いが、素振りのように振り下ろすよりは効果はあるだろう。目を血走らせて扉を破壊しようとしているボス猿に狙いを定め、足を大きく踏み出し、腰を回し、体重を乗せる勢いで、剣を突き出す。

 扉に付いている窓ガラスに剣は命中し、窓ガラスを突き破り、その先にいるボス猿の左の肩を貫く。窓から見えていた頭を狙ったが、咄嗟に体を捻ったため、頭には当たらなかった。


「ウギィィィィィィィヤァァァァ!」


 されるとは思ってもいなかった反撃を受け、ボス猿はけたたましい悲鳴を上げる。左肩を貫く激痛に、意識が飛びそうになるが、それを堪えて、右手で刀身を握る。手の皮膚が切れるが、それにも構わず、剣を引っ張った。

 剣と共に、光一は車外に放り出される。10歳の光一を引き摺り出すのは、ボス猿にとっては簡単なことなのだ。

 光一は、剣に力を込めて握り締め、地表に落下したボス猿を地面に縫い付けるように地に剣を突き刺す。


「ギィィィィアァァァァァァ!」


 ボス猿は目が真っ赤に染まる程に気合を入れ、大地を蹴って跳び上がる。身動きが取れないようになるのを防ぐ為だが、脇から剣が抜けたせいで、左腕は皮一枚で体に繋がっている状態になる。


「……なんて奴」


 夥しい量の血を流しながらも、光一を睨みつけるボス猿の姿に、光一は驚愕する。ナキウとは雲泥の差がある。

 護身用ながらも、それなりに長い刀身の剣を猿に向けて構える光一。

 衛兵は光一を守るために引き返そうとしているが、ボス猿が襲い掛かる方が圧倒的に早い。片腕が使い物にならなくなっているのに、その動きが鈍っているようには見えない。

 倍ほどにも大きな体のボス猿の攻撃は、1つでも食らえば光一を殺すなど簡単なことだろう。だから、光一は「察知」と「回避」のコンボで、その攻撃を躱し続ける。身体能力としては、この猿よりも「山の獣」の方が上だ。躱し続けるだけなら簡単だ。


(剣が無ければね! 木刀よりもずっと重い。でも、この剣が無かったら攻撃手段が無くなる。どうするかな)


 無い物ねだりをしても事態は好転しない。光一は現在持っている手札で、ボス猿との勝負に挑む。

 スキルは防御に寄っていて攻撃手段にはならない。「隠遁」を用いれば不意を突けるかもしれないが、周囲を囲むように集まっている配下の猿どもにぶつかれば、位置がバレる。気配や匂いを消せるのは利点だが、透過できないのはこういう時に不利になる。

 衛兵は、猿どもの妨害に遭っていて、駆け付けるまでに今しばらくの時間がかかりそうだ。

 残っているのは、鑑定の時に言われた「風属性の魔力」だが、使った試しが無い。スキルは、素振りで集中力が高まった際に、その存在を感じ取れたが、魔力を感じたことは1度も無い。


(それに、サポート寄りって言っていたしな。たとえ、今、使えたとしてもな……。……あ、そうだ)


 ボス猿が足に力を込め、グッと踏み込む。必殺の一撃を繰り出すために生じた一瞬の隙に、光一は「察知」を自身に向かって発動する。これまでは、外に向かって使っていたが、自身に向かって使えばどうなるのか。


(……体の中を、何かが流れている……? もしかして、コレが魔力か?)


 体が勝手に動いて、思考が中断する。ボス猿の一撃を「回避」した為だ。

 自動で動いた体は、周囲を囲んでいた魔獣(猿)の群れに突っ込む。

 体当たりをされたと思った魔獣(猿)共が一斉に、光一に向かって跳び掛かる。


(ヤバい!)


 自身に向けていた「察知」を外に向け直し、「回避」の動きを制御しながら、紙一重で猿の一斉攻撃を躱す。腕や背中に爪で引っ掻かれた傷が付いたが、致命的な攻撃は受けずに済んだ。「回避」しながら、魔獣(猿)の群れから一定の距離を取る。

 ボス猿が怒鳴り声を上げながら、群れを割って進み、光一の前に現れる。既に、血は止まっており、傷は治り始めている。驚異的な回復力だ。だからこそ、無茶苦茶な方法で剣から抜け出せたのだろう。


(さっき感じた魔力の流れを制御できれば、風属性の魔力を使えるのか? やってみるしかない)


 皐月も2年の歳月を費やした魔力の制御。

 光一が今からやったとて、到底「練り上げ」までは到達できない。第1段階の「感知」ができた状態でしかないのだ。「操作」と「現出」を経て「練り上げ」に至らなければならない。しかも、風属性での「練り上げ」は風を起こす程度のものでしかない。魔術として使用しないと話にならないのだ。

 しかも、ボス猿が待ってくれるわけもない。

 魔力を感じ取ろうとする暇も与えずに、ボス猿は光一に襲い掛かる。


「少しくらい待ってくれてもいいだろ!」

「ウッキィィィ!」

「うるせぇ! 猿!」

「ウキャァァァッ!」

「怒ったぁっ!?」


 光一は全力で走り出し、逃げの一手を打つ。「山の獣」よりも弱いと言えど、確実に光一よりは強い。剣は思ったよりも重くて、構えるだけで腕の負担が半端ない。

 もう、衛兵の到達を待つしかない。魔力をまともに扱えそうにないし。その暇さえ無い。

 できないことを考えるくらいなら、できることをする方がマシだ。

 兎に角、三十六計逃げるに如かず。光一は「察知」でボス猿の動きを把握し、「回避」で避ける。この基本的な動作に専念し、逃げ回る。

 しかし、その行く手を尽く、手下の魔獣(猿)どもに潰される。それも、ギリギリで回避するが、小さくはないダメージを受け続けると、体力の減りが加速する。剣で応戦するが、圧倒的に不足している戦闘経験の差は如何ともし難い。

 気付けば、谷の淵ギリギリにまで追い詰められた。


(もしかして、誘導された? 衛兵から引き離しつつ、回避できないこの位置にまで?)


 後門の谷、前門の猿。

 死が体に纏わりついてくる。

 恐怖しているのか、剣を握る手が震えてくる。

 光一が恐怖していることを感じ取ったのか、ボス猿は余裕の笑みを浮かべて、光一に歩み寄る。完全に、勝ちを確信しているのだろう。


「余裕だな? 確かに、戦闘経験はお前らが上だもんな? でも、前世も含めれば、俺もなかなかの戦闘経験積んでいるんだ。簡単には殺られないよ?」


 光一の言葉が理解できたのか、或いは、ようやく光一を殺せることを喜んでいるのか、ボス猿は光一に向かって襲い掛かった。


「ドッコイショ!」


 光一は剣を振り上げる。光一に迫るボス猿を、下から押し上げるように。

 体に迫りくる刃を、ボス猿は右腕でガードする。


「……!」

「そっちでガードするのは悪手だろ」


 左腕は驚異的な速度で回復しているが、まだ、動くほどじゃない。加えて、得意の跳び掛かりで襲い掛かったのが災いし、下からの押し上げに対応できない。

 体格差ではボス猿に勝てない光一は、刃がボス猿の右腕に食い込んだ時点で、後方へ体を反らせた。見様見真似の背負い投げのイメージ。勿論、両腕に力を込めてボス猿の体を浮かせようとする。

 突っ込んできたボス猿の勢いもあり、ボス猿は光一の真上を通過して、谷へと吹っ飛んでいく。


「ギィッ!」


 しかし、ボスとしての意地か、刃が食い込んでいる右腕に力を込め、剣が抜けないようにした。両腕に目一杯の力を込めていた光一は、谷底へと落ちていくボス猿の勢いに引っ張られ、体勢を維持できない。体を後ろへと反らしたことも裏目に出る。


「クソッ……!」


 光一は、踏ん張ることもできずに、谷底へと落下していった。

 衛兵が魔獣(猿)を蹴散らして、谷にまで到達する頃には、光一の姿はどこにも無かった。




 落下中も、光一は「察知」と「回避」をフル活用し、岩肌から突き出ている岩石を躱していく。こういう時は「回避」の勝手に動く機能は、実に便利だ。

 ボス猿も、右腕から剣が抜けたことで、岩石を避けながら光一に追い縋る。


「しつこい……! でもね!」


 ボス猿が伸ばした右腕を、光一はギリギリで「回避」する。

 体格ではボス猿が圧倒的に優位。体重も、光一の数倍はあるだろう。

 そのため、ボス猿は光一を追い越して、谷底へと落ちていく。


「ウギィィィィィィィィィィッ!」


 見えてきた谷底。悔しそうに叫ぶボス猿。

 光一は、ボス猿に向かって、剣を投擲する。同時に、「回避」を発動。おかげで、「察知」で見えた通りに、谷底を流れる河に着水できた。それなりの水深と、ゆったりとした流れのおかげで、多少の衝撃はあったが、身動きできる程度にはダメージは緩和できたようだ。

 剣は、ボス猿の胸に突き刺さっていた。加えて、地面に叩きつけられた衝撃。ボス猿は、息絶えていた。


「勝った……勝った!」


 生き残った喜びと、「山の獣」相手の時には逃げることしかできなかった魔獣を倒せた喜び。紙一重の差で殺されていた可能性もあるが、勝てたのなら関係ない。

 ボス猿の死体から剣を引き抜いて、鞘が無いことに気付いた。馬車の中で引き抜いてから、そのままにしていたことを思い出す。扉は壊れたが、馬車そのものは残っているはず。


「とにかく、上に戻らないと」


 しかし、見上げても、谷の頂上は見えない。

 ここには、当然だが、脚立なんてものは無いし、あっても届かないだろう。小石の陸地と、その小石を運んできたのだろう河の流れしかない。

 何処かに上に登れる道がある可能性に賭けるしかないが、さて、上流と下流のどちらへ向かおうか。

 サバイバルに関する知識なんて無い光一が困り果てていると、近くの岩肌にポッカリと洞窟が口を開けていることに気付いた。


「洞窟? ナキウじゃないだろうな?」


 ナキウの主な食料の木の実が無いここに、ナキウが巣を作ることは有り得ない。

 光一が半ば好奇心から洞窟の中へ入っていく。

 中は意外と広く、歩くのに苦労しない。それに、道は緩やかに下っているようだ。


「暗くなってきたな。灯りになりそうな物なんて……ん? 奥が明るい?」


 外からの光が届かなくなり、薄暗くなってきた時、進行方向が明るくなっていることに気付いた。

 発光性の植物なり、昆虫なりいるのだろうか?

 光一がその光に近寄ってみると、そこにあったのは植物でも昆虫でもなかった。


「ど……どうして……? ここに、こんなものが……?」


 そこにあったのは、2本の街灯。道の両端に1本ずつ立っている。その間には、鋼鉄製の部材で作られた通路が奥へと続いている。

 光一は、その鋼鉄製の壁に近付き、表面を撫でてみる。金属のひやりと冷たい感触。埃と共に、僅かに錆が指に付着している。


「コレ、『ドーム』の建材じゃないか……?」


 生前は、『ドーム』の外壁補修の仕事をしていたから分かる。耐酸性があり、硫酸の雨を耐え凌ぐ『ドーム』の外壁と同じ材質だ。


「少し錆びているってことは、かなりの長期間ここにあったってことか?」


 硫酸の雨に晒されなければ、設計上は1000年耐久できる頑丈な材質。錆びることもないとされていたが、それが錆びているとなると、この通路は建設されてから、相当な期間が過ぎていることになる。

 光一は、「察知」スキルで少なくとも今日の間は壊れないことを確認し、通路に足を踏み入れる。等間隔に設置されている電灯が、通路を不気味に照らしている。まるで、ホラー映画のような雰囲気がある。

 この通路も緩やかに地下に下っているが、しばらく進んでいたら、階段が現れた。地下へと続く階段で、谷の上に向かって伸びる階段は無いようだ。「察知」スキルを使って、不意討ちを受けないように警戒しながら、階段を降っていく。


「何で、俺は進んでいるんだろう? 警戒するくらいなら引き返せばいいのに……」


 そう言いながらも、慎重に階段を降っていると、最下層に到着したようだ。見上げれば、螺旋状の階段が何十層も重なっているのが分かる。

 その階段を降って辿り着いた先には、厳つい雰囲気の鉄製の扉が行く手を阻んでいる。

 光一が試しに押してみると、扉を固定する金具が錆びて脆くなっていたようで、爆音のような音を立てながら、扉は倒れた。

 その先は、やはり、電灯で照らされているのか、仄かに明るい。扉を踏み越え、進入した光一の目に信じられない物が映った。


『試製弐号棟ドーム  素粒子研究所』


 こう刻まれた看板が掲げられた門が、そこにあった。


「試製……弐号棟ドームっ!? 『コーポ』が所有するドームにこんなものは無いはず……。試作したものは解体して、ドーム内の建造物に流用したって……。解体は嘘だったのか……!?」


 少なくとも、社内で聞いていた話とはまるで違う。

 幾つかの町を丸々包み込む程の巨大な建造物である『ドーム』。いきなり正規品が世に出るわけもないから、何処かに試作品が建造されているという都市伝説はあったし、あっても不思議じゃないと思っていた。『コーポ』だって、試作品の存在は認めていたし、その上で「解体した」とコメントしていたのに。


「しかも、『素粒子研究所』? これこそ都市伝説でしかないと思っていたのに……。どういうことだ……」


 門に近付き、パネルを開ける。そこにあるテンキーを操作して、『コーポ』に勤めていた頃の、自分のIDとパスワードを入力する。「ビーッ」という警告音が響いて、拒否された。

 まだ、電源は生きている。


「いや、灯りが点いている時点で何かしらの電源は生きているんだろうけど……」


 そう言って座り込んだ光一の目の前に、


『定礎 西暦2205』


 と、書かれたプレートがあった。


「西暦2205年って、転生前の俺が産まれるよりも、更に昔じゃねーか。どうなってんだ、本当に……」


 予想外の想定外。完全に混乱した光一は、ひとまず寝転がると、急な眠気に襲われる。スキルを乱用すると、酷く疲れる。もしかしたら、何らかのかたちで魔力を使っているのかもしれない。


「でも、これ以上ここにいても、何も得られはしないか……。目下のところ、谷の上に戻るのが最優先だ」


 場所は覚えた。いつかまた、ここに来ることもできるだろう。

 そう思って、光一は地下空間から出て、谷底へと戻って来た。


 上流へ行くべきか、下流へ行くべきか。迷うところだが、今は、兎に角、疲れた。

 座り込んで、岩肌に背中を預けて休息を取る。


「食料どうするか……」


 近くに転がる魔獣(猿)のボスを見る。肉と言えば肉である。

 しかし、火がない。木の枝の1本も落ちていない。


「ないな。うん。腹壊しそうだし」


 上から領主一行の助けが来ることを祈って、今は体を休ませることにする。

 ボス猿との戦闘も無駄ではない。その最中に、自分の中を循環している魔力を感じ取れたのは大きな収穫だ。目を瞑って、再度、自分の中に意識を集中する。

 領主の一行が、光一救助の為の手立てを考えている間、光一は魔力を感じ取る訓練をすることにした。




「水って重要だな……。……オェッ」

「大丈夫かい? すまない、救助が遅れたばかりに」

「あ、いえいえ、大丈夫ですよ……。ウッ」

「はい、どうぞ」

「オェェェェェェ」


 光一が救助されたのは、更に、3日経ってからだった。その間、河の水を飲んで過ごしていたのだが、生で飲んで良い水では無かったようで、激しい腹痛と吐き気に襲われていた。

 そのため、急遽、町へと引き返し、病院へ入院することになった。医者が言うには、見た目ほど酷くはなく、10日ほどで退院できるようだ。

 心から申し訳なさそうに介助する領主の頬には、真っ赤な紅葉のような手形がついている。これでも、大分、良くなってきたほうであり、つけられた当初は頬が輪郭を大破させる程に腫れ上がっていた。

 何故かと言うと、光一が王都へ旅立つ旨の手紙を受け取ったルビエラが、光一を心配する余り、駆け付けていた。丁度、そのタイミングで吐き気と腹痛に魘される光一が町へ戻って来たし、それを見たルビエラが領主の仕業と勘違いしてシバいたからだ。

 光一から事情を聞いて、自分の勘違いと理解したルビエラは、土下座する勢いで謝罪するも、


『いえ……子を持つ親なら、当然の反応ですよ……。私も……貴女の立場だったら、同様のことをしたでしょうから……』


 と、喋りにくそうに、領主は答えたそうだ。領主のおかげで、無罪放免となり、ルビエラは深く感謝していたらしい。


「領主様、面倒を見て頂いてありがとうございます」

「こちらの落ち度で息子様に怪我をさせたのです。これくらい当然ですよ。どうか、お気になさらず」

「はい、ありがとうございます」

「私はこれで。王都に、到着が遅れる旨を知らせなければなりませんので。あと、同行する者が1人増えることもね」


 そう言って、領主は病室を後にした。

 領主の言葉に、光一は疑問を浮かべる。


「1人増える?」


 即座に、ルビエラが答えた。


「私も行くのよ。『山の獣』との交渉も終わったし、『山の獣』を怒らせたバカの制裁も済ませたしね」


 どうやら、光一が町に着いて、王都へ(一度は)旅立つまでの間、「山の獣」との交渉が続いていたらしい。それほどに、「山の獣」は怒っていたのだろう。


「それに、光一に戦い方を教えようかなってね」

「え?」

「教えなかったのは、光一が力に没れて、他人に暴力を振るわないようにするためだったけど、これからはそうもいかないものね」

「あー、そっか。うん、分かっ」

「猿なんかに後れを取るようじゃ話にならないし」

「はい?」

「大丈夫。猿をナキウのように殺せるくらいには鍛えてあげるわ。魔術とか小細工のことはよく分からないけれど、とりあえず、強ければ小細工なんて必要無いのよ?」

「えー……っと?」

「この世の全てを力で捻じ伏せれるように鍛えてあげるから安心してね」

「…………」


 ルンルン気分で世話をするルビエラを見ながら、光一は心の底から、


(帰ってほしい!!)


 と、強く念じるのであった。

 そんな光一の心の声なんて知る訳もなく、ルビエラは楽しそうに旅の準備に取り掛かっていた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?