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第19話 王都への旅路②

 考えることは、それなりにある。

 修行のこと。

 勇者の素質のこと。

 神のお告げのこと。

 谷底の洞窟で見つけたドームのこと。

 特に、ドームが意味不明だ。ここは異世界じゃないのか? 素粒子研究所は都市伝説の存在だと思っていた。実在していたとは。

 でも、それはそれ。考えても、解決に繋がりそうな手掛かり無いし。考えても無駄だ。

 それよりも。

 グッと意識を集中させる。

 3つの紙コップの内、1つにザワッとする感覚がする。


「コレだ!」


 領主が光一の指定したコップを上げる。

 そこには、石が入っている。

 領主は笑顔を浮かべ、拍手をしてくれる。


「正解だ。魔力の『感知』、修得できたかな?」


 言いながら、領主は石に魔力を込め、コップに隠した後、3つのコップを高速で次々と入れ替える。

 光一は、即座に1つのコップを指差す。

 そのコップの中に石が入っている。


「やっと、魔力を『感知』できるようになった。苦労したー……。領主様、回数を重ねる毎に込める魔力を減らしてましたよね?」

「お、気付いたかい? その方が、より鋭敏に魔力を感じ取れるようになるだろう?」

「お陰様で。そのせいで、凄く苦労しましたけどね」

「修行は、そういうものだろう。さ、明日からは『操作』の段階になるから、今日は休むといい」

「はい。ありがとうございました」


 今日の修行を終えた光一は、夕食の準備ができている食卓へと向かう。旅が始まって一カ月が経つが、領主が準備してくれている机や椅子のおかげで、快適な生活が送れている。荷馬車あってのことだが、こういう道具をいつかは揃えたいな、と光一は思った。

 現在、王都までの道程の中間点である「フジ山」の麓に広がる森林に差し掛かっている。かなり広大な森林であり、開拓もされていないらしく、森林を通り抜けることはできない。フジ山そのものも標高が高く、山頂には空気が無いと言われている。だから、森林を迂回して進む必要があるが、領主が言うには「早くても半月はかかる」とのこと。

 夕食を食べつつ、領主やルビエラとの会話を楽しんでいると、森林の草むらがガサガサと音を立てる。

 光一が臨戦態勢を取ると、既に、ルビエラや領主が率いてきた衛兵たちが警戒態勢に入っている。ここまで進んで、魔獣に襲われるのは危険だ。救援を呼ぶにも日にちがかかるし、魔獣(猿)の時のように重傷を負っては治療も困難だ。


「ピキィィィィ!」

「ピキィ! ピキィ!」


 2匹のナキウの幼体が飛び出してきた。涙を流して泣きながら、助けを求めるように光一たちの元へ走ってくる。

 折角の談笑の時間を邪魔されて腹が立った光一が、鞘から剣を引き抜いて幼体へ向かう。

 ちょうど、この時。

 一際大きな音を立てて、ナキウの成体に似た生物が姿を現した。体長は成体と変わらないが、体色が藍色で、口の端から小さく牙が見えている。大きな違いが、3本の尻尾がある。


「あ、何だコイツ。突然変異?」

「ナキウモドキね」

「ナキウ……モドキ……? ナキウじゃないの?」

「ナキウの天敵……というより、ナキウを好んで食べる変わり者ね」


 そう言いながら、ルビエラは警戒態勢を解いている。それは、衛兵も同じだ。

 ナキウの幼体は、変わらず光一たちの元へ走り寄っているが、ナキウモドキはあっさりと幼体を捕獲した。ナキウモドキの速度は、ナキウとは違って、人間と大差ない。ナキウを捕らえるのは簡単だろう。


『ピキィィィィィィィィィィィィィッ!』


 両手を掲げ、涙を撒き散らしながら、助けを求めるように鳴き声を上げる。

 勿論、光一たちは微動だにしない。助ける義理が無いし。

 ナキウモドキは、両手に掴んでいる幼体を見て、舌舐めずりをしている。好物なのは本当のようだ。尻尾が幼体に向かって伸びる。怖がらせる為か、わざわざ幼体の目の前を通過させる。


「ピ、ピ、ピィィィィ……」

「ピキィ……ピキィ……」


 効果は抜群で、幼体はカタカタと震えながら、小便を漏らしている。

 ナキウモドキはその様子を見て、ニヤニヤと笑みを浮かべている。

 そして、その尻尾を幼体の腹部に突き刺した。


「ピギッ!」

「ピィィィィ!」


 幼体はみるみる痩せ細っていく。腕や足から枯れ草のようにシワシワとなり、腹部に向かって体が薄っぺらくなっていく。顔まで皺くちゃになり、無駄に大きく見えていた目玉が、よりその大きさが目立つ。

 最後には、幼体の体を手放して、死体から目玉を抜き取って、舐めるように目玉を口に含んで飲み込んだ。


「……た、体液を吸い取って……。あんな気持ち悪いもんを吸って美味いのか……?」

「ナキウモドキは味音痴だからね。考えるだけ無駄だよ」

「人間を襲うことは無いの?」

「無い無い。ナキウモドキも、ナキウより強い程度で、人間を襲えるほど強いわけじゃないわ」


 そう会話をしていると、ナキウモドキは森林の中へ戻っていく。最初からナキウの幼体が目的のようで、光一たちを襲うつもりは無かったらしい。

 無駄な諍いを避けることができた光一は、お手伝いさんが用意してくれたデザートを腹に納め、テントの中へ入っていった。




 夜が明けて翌日、森林の迂回路を進んでいると、マルキヤ劇団の一団に出会った。光一と接触した一団とは違い、地方の支部らしい。光一との契約でナキウの養殖と輸送ができるようにはなったが、マルキヤ劇団全体でナキウショーが開催できるほどの量には足りていないとのこと。そのため、野生のナキウを捕獲しようと、この森林にまで出向いてきた。


「あー、だから、空の荷馬車が沢山あるんですね」

「できれば、群れ単位で捕獲できればいいんですが、最低でも幼体だけでも捕獲したいところです」


 光一は森林を眺め、試しにと「察知」を発動させる。ルビエラとの打ち合い稽古で使いまくっているからか、未来視はより鮮明に見ることができるようになったし、周囲を探索するならば、より広範囲をみることができるようになった。


「いた。森の奥、たぶん、ニキロくらい先にナキウの群れがいる!」

「え、本当ですか? すぐに、準備します! お湯を沸かして!」


 光一の検索結果を聞いた支部の人たちは、いそいそと準備を始める。火を起こして、ヤカンでお湯を沸かし始める。


「お母さん、手伝ってもいいかな?」

「そうねぇ……、たまには気晴らしになるでしょ」


 ルビエラの許可を貰い、光一は一団と行動を共にすることにした。

 防臭マスクを装着し、麻袋や縄、お湯を持って森林へ入っていく。光一の案内に従い、森の中を進んでいくと、巣までの道中でナキウの幼体と出会った。全部で六匹。


「プコプコ?」

「プクゥゥ?」

「プユユ、プユウ?」


 独特の不快な鳴き声を上げ、好奇心に満ち溢れた瞳を輝かせ、歩み寄ってくる。

 一団は捕獲の為の道具を持っている。

 光一が代わって、幼体を殴り、蹴り、投げ飛ばす。


「ピキィ! プクプク!」

「ピキピキ! ピキィ!」

「足りないか?」


 光一は六匹の内の一匹に目を付け、蹴り倒す。仰向けに倒れた幼体の股間に、ルビエラ仕込みの蹴りをぶつける。プチュッと音を立て、股間にぶら下がっていたオスの証が潰れる。


「ピギィィィィィィィアアァァァァァァァァァッ!」


 全身を貫くような激痛に、幼体は目を大きく見開いて、背を仰け反らせ、悲痛な泣き声を上げる。


「ピ、ピィィィ……」

「プコプコ、プユウ……」


 他の五匹は、一切の迷いも無く、急所を蹴り潰した光一に恐れ慄き、逃げ始める。地面を転がり、痛みに苦しむ個体を助けようとする余裕は無いと見える。


「念の為、もう一匹くらい」


 光一は逃げ出した幼体を一匹捕まえると、片手は首を掴み、もう片方の手で足を掴んで広げる。そのまま、股間を木に押し付けて、上下に擦り付ける。


「ビ、ビギャァァァァァァァァァッ!」


 股間のイチモツが潰れ、それでも、光一の手は止まらない。イチモツが潰れただけでなく、傷口まで削られて、痛みは激しさを増す。

 悲痛な泣き声は、他の四匹に強烈な恐怖を植え付ける。完全に背を向けて、一目散に逃げていく。

 光一は、手に持っていた幼体を投げ捨てる。股間を潰された二匹の幼体は、しっかりと一団に拾われ、麻袋に詰め込まれる。

 巣に向かって逃げる幼体を追いかけ、森の中を進んでいくと、開けた場所に出た。ナキウに食われた木の実の種は発芽しない。そのため、寿命を迎えて木が枯れて、新しい木が生えることなく、広場になったのだろう。それだけの長い間、ここに巣食っていたということか。

 幼体が洞窟の中に入っていく。


「ここか」


 光一が言うと、一団は捕獲道具を広げて、ナキウ捕獲の準備をする。

 準備が終わり、洞窟の中に入ると、幼体から事情を聞いた成体が出迎えた。


「フゴオ……フゴ!」


 怒り心頭というのが見て取れる。洞窟の道を埋め尽くすほどの成体が、揃いも揃って光一たちを睨みつけている。

 しかし、所詮はナキウ。

 どれだけの数を集めようと、驚異にはなりえない。

 あとは、簡単な作業だった。

 成体は縄で縛られ、幼体は麻袋に詰め込んでいく。体が脆い幼少体は箱の中に入れ、潰れないように配慮する。出産部屋を見つけたら、卵袋にお湯をかけて固める。その後で、メスを運び出す。

 太陽が頭の直上に昇る頃に、ようやく、全てのナキウを捕獲しきった。規模としては、まだ小さく、卵袋の中の卵を除くと、百匹程度。巣分かれが近い数ではあるが、教会にいたナキウの群れの半分にもならない。


 森の外で待機している荷馬車に捕獲したナキウを押し込んで、劇団は引き上げていく。その際に、協力費という名目で、光一に幾らかの銀貨を手渡してくれた。団長の性分が、劇団全体に染み渡っているのだろう。

 ホクホクとした心持ちで領主の一団に戻った光一を出迎えたのは、美味しそうな匂いの昼食と、ウォーミングアップを終わらせてやる気満々のルビエラ。

 容赦無く、光一の修行が開始されるのだった。





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