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第22話 もしかしてこれが転換期?

 王都に着いてから、あっと言う間に1年が経過してしまった。

 何故なら、来る日も来る日も王国騎士団長を相手に剣の修業をしたり、魔導士長から魔術の手解きを受けたりする日々。

 王都に到着し、国王への謁見したわけだが、あっさりと終了した。招かれたとは思えないほど、あっさりとした謁見だった。


「た、大義である。不自由させぬ故、の、のんびりせよ……」


 妙にキョドった対応だった。チラチラとルビエラを見ていた気がするけれど、過去に何かあったのだろうか。

 何にせよ、国王直々に「不自由させない」との宣言があったため、光一にはそれなりに豪華な部屋が用意され、身の回りの世話をする使用人が付けられた。


「私も残りたいけど、村も気になるし、一旦帰るね」


 そう言い残して、ルビエラは帰って行った。

 領主も既に帰ってしまい、ポツンと残された光一は寂しくなった。

 一瞬だけ。

 ルビエラの息子が城に来たという話は、あっさりと城内に拡散されていたようで、騎士団長と魔導士長が光一の元へと押し掛けてきた。


「君が光一か! ルビエラ様の息子っていう!」


 薄毛のゴリラみたいた大男が騎士団長。『ハッシュヴァルト』と名乗っていた。ゴツい見た目に、四角い輪郭、角刈りの髪型。光一に対して興味津々な様子には好感が持てそうだ。


「魔術に興味無いかい? 私が教えてあげよう!」


 花柄のローブを身に纏った優男が、『フハ・フ・フフハ』と名乗る魔導士長。優しそうな見た目ではあるが、仕草が女性的だ。

 こうして、光一に2人の師匠ができた。

 ハッシュヴァルトに鍛えられ、フハ・フ・フフハに魔術を習う。「現出」に手間取っていたけれど、魔導士長という立場にいるフハ・フ・フフハから細かく指導され、半年ほどで「現出」を体得できた。

 今は、ハッシュヴァルトから剣術を学び、フハ・フ・フフハから「練り上げ」の指導を受けつつ、魔術の基礎知識を叩き込まれている。


 座学の合間の休憩時間。光一は、以前より気になっていたことを訊いてみる。


「フハ先生。1つ質問いいですか?」

「何です?」


 ティーカップをテーブルに置いて向き直るフハ・フ・フフハ。


「俺は勇者の素質があるからって王都に招聘されたのに、何か、扱いが雑じゃないですか?」

「不満かい?」

「いやぁ、そういう訳じゃないですよ。騎士団長や魔導士長直々に鍛えられるなんて贅沢だって分かってます。でも、陛下からは一言だけで済んだし」

「んー。少し込み入った話になるけどね」


 そう言って、フハ・フ・フフハは黒板に文字を書き始める。


「国の政治機関は、陛下がトップの『王室議会』と、各領地の町長以上の立場の人が立候補できる『選挙議会』の2つの話し合いで行われる。基本的には政策面で対立しているわけだが、1つだけ共通していることがあるんだ」

「ふむふむ」

「何か分かるかな?」

「……世界平和?」

「うん、ま、それもそうだね。でも、違うよ」


 フハ・フ・フフハはしばらく時間を置き、その共通事項を書き込む。


「停戦協定の維持、だよ」

「維持。確かに、戦争は嫌ですしね」

「そうだね。特に、人魔大戦の影響で経済面や政治面でゴタゴタしている現状で、停戦協定が破られることがあれば人類軍は負けは必至だ。何せ、軍再建もまともに進んでないしね」

「え、そうなんですか? あ、旅の途中に野盗や盗賊がいたのって」

「そ、軍事力が弱体化してしまってるし、王都や各領地の主要な都を守るだけで手一杯なのさ。ハッシュヴァルトもアレで苦労人なわけ」


 光一に剣術を教え込んでいる時には楽しげなのに、本業では悩みが多いらしい。むしろ、光一の修業が良いガス抜きになっているのだろう。


「ここからが、君に申し訳ない話になるけれど、ぶっちゃけた話、勇者ってのは厄介な存在なのよ。その存在が、万が一にでも魔軍に知られようなら戦争再開の火種になりかねないからね」

「魔軍だってバカじゃないだろうし、下手に突かないようにするんじゃ?」

「人魔大戦の折、勇者を自称していた人が戦場で暴れ回って、魔軍は苦汁をガブ飲みさせられていたし、勇者への恨みや憎しみが大きいのさ。見つけ次第殺そうとするだろうし、そんなことになれば、こちらだって反撃せざるを得ない。弱腰な姿勢を取れば魔軍にナメられるし、国内からの批判に晒されるしね」


 特に、脅威と言える程の力を身に着けていない今では、殺す方が簡単だろう。突かないようにして手遅れになっては、人魔大戦の二の舞になるのは目に見えている。


「そんな訳で、手の届く範囲、目に見える範囲に置いておこうってわけさ」

「うへぇ。面倒……」

「気持ちは分かるよ。まあ、これからの事はしっかりと力を身に着けてから考えればいいさ」

「……フハ先生、大戦の時に『勇者を自称していた人』って、もしかしてお母」

「待ち給え。憶測で言うのは良くないな。十中八九そうだとしてもだ!」


 禁止事項のようだ。フハ・フ・フフハは脂汗を流している。口止めされているのだろう。

 その後も、あれやこれやと雑談を交わし、座学へと戻っていった。




 厄介な魔獣の中に『ハイ・ウルフ』という狼がいる。成体になれば体長は5メートルを超え、切れ味鋭い牙や爪を駆使する戦闘能力は脅威の一言。光一を苦戦させた魔獣(猿)も、ハイ・ウルフの足下にも及ばない。

 最も厄介なのは、人間の味を好んでいるという点だ。次点で魔族の味も好んでいる。人魔大戦でも、猛威を振るっていた。

 王都郊外、採れたての作物や、それの加工品を荷馬車に積んで進んでいた商隊が、そのハイ・ウルフの襲撃を受けた。資金に余裕があれば護衛を雇えたのだろうが、地方の田舎では資金に余裕など無い。王都での商売に村の生活費がかかっているとなれば、多少の危険を冒してでも旅に出なければならないのだ。

 商隊の人間を食い散らかして満腹になったハイ・ウルフは、荷馬車の作物や加工品には目もくれずに去っていった。

 それは、とても幸運なことであった。

 ナキウにとっては。

 ハイ・ウルフが去ったのを確認し、三匹の成体が荷馬車に駆け寄る。


「フゴオ……」

「フゴフゴ」

「プユユ!」


 普段は木の実や落ち葉、雑草を食べ、木の枝や木の根を齧る生活のナキウにとって、目の前の食料の山は金銀財宝のように見える。栄養価に優れる作物は幼体の成長を促進し、短い期間で成体へと成長させる。卵袋を抱えるメスに食べさせれば、より強い幼少体が産まれる。


「フ、ニュ! フニュ!」

「プユー、プユユー!」

「フゴフゴ、フゴフゴ」


 三匹が口々に鳴き声を上げつつ、必死になって荷馬車を押す。巣の仲間の喜ぶ顔を思い浮かべ、汗を流しながら、少しずつ荷馬車を押す。

 ナキウが木の根を齧ったことで木々が枯れ果て、雑草さえも食い尽くして荒涼とした荒野の中に洞窟が見えてきた。

 その洞窟の入り口周辺で遊んでいる十匹ほどの幼体が、荷馬車を押して帰ってきた成体に気付いた。笑顔を浮かべながら、成体の元へと駆け寄る。


「プユー?」

「プコプコ?」

「プユユー?」

「ピコピコ?」


 幼体たちは成体らが押している荷馬車に興味を持ち、ピョンピョンと飛び跳ね、中を覗き込もうとする。


「プユユ?」


 成体らは幼体たちを抱き抱え、荷馬車の中を見せる。そこにあるのは、今まで見たこともない食料の山。

 幼体たちの目は輝き、体全体で喜びを示す。


「プユー! プ! プユユー!」

「ピコー! ピユユ? ピー!」

「プッコー! プコプコ! プー!」

「プリリ! プリプリ? プリー!」


 それぞれが、それぞれの感性を最大限に発揮して、その喜びや驚きを表現する。

 その純粋無垢なリアクションに、成体たちの表情は緩む。苦労して運んできた甲斐があった。

 そんなナキウ一団に影が過ぎる。

 甲高い鳴き声が響いてくる。

 空の怪鳥『ガルーダ』の群れ。ルビエラにこそ敵うことなく、焼き鳥にされていた過去があるが、基本的には空からの急襲を得意とする強敵である。

 そのガルーダたちの鳴き声を聞き、成体は慌てて幼体を隠そうとする。

 しかし、その動きはガルーダたちにしてみれば止まっているのも同然であり、急降下してきて幼体を掴んで飛び上がる。


「ピギィィィィィィィ!」


 恐怖と、体に突き刺さる鋭い鉤爪の激痛に、幼体は悲鳴を上げる。


「フゴォォォォォォ!」


 その幼体を抱き抱えていた成体が、懸命に手を伸ばし、幼体を返すように叫び上げる。

 他の成体は荷馬車を放棄して、幼体の背中を押しつつ、巣の中へ避難を急ぐ。

 疾風のような速度で、ガルーダたちが襲いかかり、次々と幼体を捕らえて飛び上がっていく。


「ピキィ!」

「ピィィィ!」


 ナキウでは到底手の届かない上空で、ガルーダたちは幼体を弄ぶ。鉤爪を離して幼体を落とし、それを空中で掴んで、飛び上がる。

 その度に、幼体の体は傷付き、流れ出た血が成体たちの上に降り注ぐ。


「フゴ! フゴオ!」

「ブキイィィィィ!」

「ビキィィイィ!」


 成体は懸命に威嚇の声を上げ、幼体を返すように訴える。残りの幼体を巣へと急がせるが、恐怖に支配された幼体はなかなか思うように進まない。

 そのあまりにも哀れな様子を見たガルーダたちは、幼体を手離した。

 空を飛ぶ手段など持たない幼体たちは、重力に引かれるままに落下し、


「ビッ!」

「ピギッ」

「ビィッ」


 幼体たちは地面に激突し、青い血溜まりを作って死んだ。


『ビキィィイィィィィィィィ!』


 幼体たちの死体に駆け寄り、体を探す。

 しかし、空中で散々に弄ばれて傷だらけになった体が、上空から落とされて地面に激突した衝撃に耐えられるはずもなく、「体」という形は何処にもない。強いて言えば、ナキウの体の中では割と固い頭部が、辛うじてソレと分かる程度に残っているくらい。

 その頭部を抱き抱えようとしている成体たちの耳に、幼体の泣き声が入ってくる。

 見れば、巣の入り口を目の前にして、生き残っていた幼体たちが、ガルーダたちの鉤爪に掴まれ、上空へと連れ去られている。外で遊んでいた十匹全ての幼体が、ガルーダたちに殺されそうになっている。


「フゴオォォォォォォ!」


 燃え滾るような怒りを発しながら、成体たちはガルーダへと向かうが、人間の歩く程度の速度で間に合う訳が無い。

 幼体が上空へ連れ去られた地点に着く頃には、ガルーダたちは上空で掴んだ幼体を投げ合って遊んでいる。

 そう、これはガルーダにとっては狩りでも何でも無く、ただの暇潰しなのだ。狩りの訓練でさえない。

 投げられ、空中でぶつかり、落下している途中で再び鉤爪に捕まる。恐怖と激痛に襲われ、ジワジワと命を削られ、幼体は上下の区別も付かない程に混乱し、泣き声や悲鳴を上げ続けることしかできない。ひたすら、血と涙を流し、泣き声と悲鳴を上げて、成体に助けられることをひたすら願う。

 残念なことに、その成体には助ける術も力も無く、ただフゴフゴ鳴いて、助命を請うことしかできない。

 やがて、幼体に飽きたガルーダたちは、瀕死の幼体たちをあちらこちらと適当な方向へと投げ捨て、ナキウの無力を嘲笑うかのような鳴き声を上げて去っていった。

 成体たちは、四方八方に投げ捨てられた幼体の元へと急ぐが、どれもこれも血溜まりの中に沈み、原型を留めているものは無い。


「フゴオォォォォォォ!」

「ビッ、ビィッ、ビキィィイィィィィ!」

「ブゴォォォオォォォォ!」


 三匹の成体が、慟哭し、十匹分の頭部を掻き集める。それを腕に抱え込み、巣へと戻る。

 食料を積んだ荷馬車を発見し、巣へと押していた時の喜びも、それを見て喜ぶ幼体たちを見ていた時の幸せも無い。時間にして1時間もかからないうちに、それらを失った。

 巣の中へと入り、奥にいる仲間たちの元へ進んでいく。

 外であった悲劇を知らせよう。

 そう思っていた成体たちに、更なる絶望が降りかかる。

 ガルーダたちに幼体を弄ばれていた間だろうか。

 五匹のナキウモドキが巣の中に侵入していた。くり抜いた目玉を食べている個体。幼体に尾を突き刺して体液を吸い取っている個体。幼少体を雑に掴み上げ、踊り食いしている個体。卵袋に尾を突き刺して、中の油脂ごと卵を吸っている個体。少年体や青年体の体を食い千切りながら、咀嚼している個体。

 それぞれが、各々の好きなようにナキウを食べている。

 巣の外で幼体を殺され、その隙に侵入したナキウモドキに家族や仲間を食い散らかされ、三匹の成体には怒りや絶望が綯い交ぜになって湧き上がってくる。


「フ、フ、フゴオォォォォ!」


 一匹の成体が、抱えていた幼体の頭部を地面に落とし、怒りのままにナキウモドキへと向かっていく。

 ナキウモドキは慌てることなく、腕を広げて迎撃の姿勢を見せる。

 その時だ。

 地面が隆起し、鋭い槍のようになって、ナキウモドキの体を突き刺した。

 何が起きたのだろうか。

 そんな事を考える暇も与えずに、四方八方の壁からも槍のように鋭くなった岩が伸びて、ナキウモドキたちを突き刺していく。

 呆気ないほどに、ナキウモドキたちはその命を終えた。


「気持ちは分かるが、無闇矢鱈に襲っても勝てない」


 洞窟の入り口から響いてきた声。

 人間の言葉。

 成体たちは恐る恐る振り返ると、そこには奇妙なナキウがいた。

 顔はナキウで間違いないが、体付きは人間に近い。少なくとも、足の長さは人間と遜色ない。加えて、人間の服を着込んでいる。帽子まで被っている。


「落ち着いて聞いてほしい。私は、君らと同じナキウだ。名を『リュウヤ』と言う」


 そう言いながら、近付いてくる。

 そして、成体たちの付近にまで来ると、帽子を脱いで、しっかりとナキウの顔を見せ、


「私の仲間になってほしい」


 そう言って、手を差し出してきた。

 三匹のナキウは顔を見合わせ、差し出されたその手を握り締めた。

 リュウヤなるナキウが信用できるかは分からないが、少なくともナキウモドキを殺せる力は持っていることは確実だ。

 その後、巣の中に生き残りがいないか、僅かな希望を持って探し回る。

 食い散らかされた幼体や少年体、青年体の死体の山。幼少体を守ろうとして体液を吸い付くされた成体の皮。踏み躙られた幼少体の成れの果て。

 絶望に目の前が歪んできた時、


「ピ、ピキィ……?」

「ピコォ?」


 小さな鳴き声。

 巣の最奥。成体が積み重なった山の向こう。

 三匹の成体が、その声を頼りに探してみると、二匹の幼体が目に涙を浮かべて、震えながら見上げてきた。


「ピ、ピィ、ピィィィィ!」

「ピコォォォォォォォ!」


 二匹の幼体は、成体の姿を見て、泣き声を上げながら抱きついてきた。

 仲間や家族が餌食となって死にゆく恐怖を、声を殺して耐えていたのだろう。一度上がった泣き声は、簡単には収まりそうにない。

 二匹だけでも生き残っていてくれたことに安堵した成体も、涙を流しながら喜ぶ。優しい手つきで幼体を抱き締め、その頭を撫でる。

 どれほどの時間が経ったのかは分からないけれど、幼体が泣き止んだことを確認し、成体に手を引かれて、リュウヤと合流する。


「そうか、生き残っていたか。良かったな」


 そう声をかけてきたリュウヤの声は優しげで、幼体に向ける目も優しい。


「行こう。しばらく歩くことになるが、私が拠点にしている場所がある」


 そう言ってリュウヤは歩き出す。通常のナキウに合わせて、ゆったりとした足取り。

 リュウヤを含めて、六匹のナキウはどこかへと去っていった。




 光一は水場に来て、冷たい水を頭から被って火照った体を冷やす。体が冷える感覚が、運動後の体には心地よい。


「あー、ハッシュヴァルト先生は厳しいな。取っ付きやすいのはいいんだけどさ」


 愚痴りながら、打撲で赤く腫れた腕や足を冷やす。

 剣術の訓練として手合わせをしているが、確実に手加減されているのに、「察知」と「回避」でも捌ききれない。ハッシュヴァルトの全力は知らないが、恐らくは、ルビエラよりは数段弱い。それなのに、まともに数回打ち合うのも難しい。

 その打ち合いの中で分かったのだが、「察知」は「知りたいことを知ることができるスキル」だし、それが未来でも見ることができる。ところが、未来を見る際には「結果」を見ることはできるが、その結果に至るまでの「経過」を見ることができない。そのため、攻撃の軌道を読むのは苦手だ。読めたとしても、その間に先読みした攻撃が到来し、「回避」との並列処理しなければならなくなり、ジリ貧になる。

 魔獣(猿)に通じていたのは、単純に魔獣(猿)がハッシュヴァルトよりも圧倒的に弱かったからだ。実際に、ルビエラやハッシュヴァルトは猿と比べ物にならない程に強い。


「俺、どんだけ弱いんだろ」

「んー? 12歳にしちゃ中々だぞ」

「うわぁ! ハッシュヴァルト先生!」

「驚き過ぎだろ。今日は、ちと強く打っちまったからな。ほれ、湿布。コレ貼っとけば、早く治るぞ」

「ありがとう」

「おう。少し話すか?」


 ハッシュヴァルトに連れられ、訓練場に併設されている休憩所に移動する。

 ハッシュヴァルトは光一を椅子に座らせると、2人分の飲み物を購入し、1つを光一の前に置く。


「お前、さっきは自分を弱いって言っていたけどよ、同年代と比べると数段強いぜ? 『察知』と『回避』って言ったか? なかなかに厄介なスキルだよな」

「先生には通じてないじゃん」

「当たり前だ。経験値がちげーよ。逆に言えば、お前も経験を積めば化けるってことだな」

「まあ、それはそうなんだけど」

「不貞腐れるなって。お前、もしかして、『察知』と『回避』が戦闘技術のメインだと思ってるんじゃねーか?」

「そりゃ、他に有用なスキル無いし、魔術もまだ……」

「先読みの『察知』と、自動発動の『回避』。確かに有用だし、あれば心強いけど、あくまでもサブだろ」

「サブ?」


 猫舌でも飲めるくらいに冷めたコーヒーを一口飲んで、ハッシュヴァルトは答える。


「おう。戦いは、結局のところ、攻撃ありきだからな。相手を倒さん限りは終わらない。『察知』と『回避』は防御に有用であって、攻撃力は皆無だろ」


 それは薄々思っていたことだった。魔獣(猿)との戦いでも、敵の攻撃を捌くことはできていたが、攻撃は剣頼みだった。精々、攻撃の軌道を先読みして、辛うじてカウンターに利用できていたくらいだ。

 ルビエラは勿論、ハッシュヴァルトのように百戦錬磨の手練が相手では「厄介」程度のスキルにしかならない。


「むう……」


 自力を磨き、何時かは世界を旅して回ろうと思っている光一にとっては、攻撃手段の乏しさは自衛という点で致命的だ。逃げ回るにしても、格上相手では効果は薄いだろう。訓練で手加減しているハッシュヴァルトに通じていないわけだし。


「難しく考えるなよ。簡単だろうが」

「え?」

「分かんねーの? バカだな」

「…………」


 少しイラッとする。

 コイツにだけは言われたくない。軍費の予算編成案で足し算間違えていたくせに。

 そう思いながらも、口にはしない。拗ねるから。


「筋力を鍛えて、音速を超える速度で剣を振ればいいんだよ」

「簡単にはできないでしょ!」

「できるようになればいいだろ。取り敢えず、音速超えときゃどうにかなる」

「剣でソニックブーム出せるのが当たり前と思わないでよね! てか、ソニックブームを自在に操れるのは魔術じゃん!」

「え、そうなん?」

「はぁ?」

「気付いたら、できるようになっていたしな」

「…………」


 これで、団長になれる騎士団は、割と深刻に人手不足なのかもしれない。あるいは、このゴリ押しバカを抑制し、上手く操れる副官がいるのかもしれない。


(大変だろうな)


 顔も知らない副官に、光一は同情を寄せる。

 豪快に笑っているハッシュヴァルトは、親しみやすい性格だし、好感の持てる人物だ。

 そこへ、1人の騎士が駆け寄ってくる。


「お疲れ様です、団長」

「おう、どした?」

「副団長から頼まれたのですが、〝例の件〟はどうなっているか、と」

「例の……? ……あっ! そうだった! 光一、すまねーが、1つ頼まれてくれ」

「え? なに、急に」


 グルリと振り返ってきたハッシュヴァルトが、パンっと音を立てて両手を合わせ、頼み事をしてくる。


「最近、王都の周辺でナキウが湧き出してきているみたいでな。その巣の調査を頼みたい」

「いいですよ。巣の位置を探るだけでいいんですか?」

「ま、余裕なら片付けてもいいぞ。ここ最近は俺に負けっぱなしだし、憂さ晴らしにな」

「煩いですよ。取り敢えず、行ってきます」

「おう、よろしく」


 仮にも騎士団長という立場にいるハッシュヴァルトが、慌てた様子で頼み事をしてくるから何事かと思えば、実に簡単な内容だった。

 奢ってもらったお茶を飲み干し、光一は椅子から立ち上がる。

 ヒラヒラと手を振って見送るハッシュヴァルトに背を向けて、光一は調査に向かった。


 今となっては顔見知りになった門番の衛兵に頼んで門を開けてもらい、ナキウを探しに出る。王都の東側に広がる森を目指す。ナキウがいるとすれば、森の可能性が高いからだ。

 しかし、その考えは早い段階で裏切られた。

 森とは離れた位置で、ナキウの成体が三匹、落ち葉や雑草を集めている。

 光一は、腰に差してある剣に手をかけて、「隠遁」スキルを発動させて、ナキウへ近寄っていく。


「フゴフゴ、フゴオ」

「プユユ、プユユ」

「フユフユ、プク」


 光一の存在に気付かないナキウは、何事かを話し合いながら、ひたすらに落ち葉や雑草を集めている。人間から見ればゴミでも、ナキウにとっては重要な食料だ。

 光一は、息を整え、一匹のナキウに狙いを定めて、思いっきり蹴りを繰り出す。ローキックを、前屈みになって突き出すかたちになっているナキウの尻に炸裂させる。


「ビキィィイィィィィ!」


 不意打ちを受け、顔面から地面に倒れ込む。顔と、尻から発せられる痛みに、ナキウは悲鳴を上げて、地の上を転がり回る。


「フゴ!? フゴフゴ!?」

「ブキ? ブキキ?」


 突然、前方に向かって飛び出すようにこけた仲間を心配し、駆け寄ってきた二匹のナキウにも蹴りを一発ずつ捻り込む。


「ビィィィィィィ!」

「ブゥゥゥゥゥゥ!」


 光一に蹴り飛ばされた腹部や脇腹を押さえながら、痛みを堪える。

 光一は、これで巣へと帰っていくことを期待したが、ナキウには光一の姿が見えないため、流れる涙を拭いながら、辺りに散らばった落ち葉や雑草を掻き集める。


「チッ」


 面倒臭そうに、光一は舌打ちをする。

 光一は、再び、一匹のナキウの腹部を蹴り飛ばし、地面の上に転がす。そのまま、股間で揺れているイチモツに狙いを定めて、二撃目の蹴りを繰り出す。


「ビギャァァァァァァァァァッ!」


 ブチュッと音を立てて睾丸が潰れ、裂けた竿からも血が噴き出す。ナキウは目が飛び出しそうになるほど目を開き、口の端が切れるほどに口を開いて叫び声を上げる。

 他のナキウにしてみれば、突然、仲間が倒れて生殖器が潰れたことになる。

 冷静に考えれば恐ろしい光景だろう。

 恐怖に慄きながらも、腕に抱えた落ち葉や雑草は手放さない。


「フゴッ! フーゴ!」

「ブゴ! ブココ!」


 異常な状況に恐れ、巣へと帰るつもりになったのだろう。倒れ込む仲間に声をかけている。起き上がるように言っているのだろうか。

 しかし、体中を駆け回る激痛に、倒れたナキウは起き上がる気力を出せない。体中から脂汗を流し、転がりながら痛みに耐える。

 仲間が立ち上がるのを待つべきか、先に巣に帰るべきか。

 そう悩んでいるのか、二匹のナキウは顔を見合わせている。


「フゴフゴ!」


 一匹のナキウが持っていた落ち葉と雑草を投げ捨てると、倒れているナキウを助け、何とか起き上がらせる。


「チッ、早くしろよ」


 もう少し痛めつけようかと、光一が蹴りを繰り出そうとした時に、「察知」スキルが未来を見せてくる。

 地面が鋭い槍のように隆起する。

 光一は瞬時に飛び退る。

 直後に、「察知」スキルが見せたように、地面が隆起する。飛び退らなければ、光一の体は貫かれていただろう。


「何だ、クソッ!」


 着地して、即座に周囲を警戒する。

 いつの間にいたのだろうか。

 少し離れた位置に、漆黒の甲冑を身に着けた存在がいた。

 気付かなかったことが不思議な程に、ゾッとするような魔力を垂れ流している。


「……誰だ、アイツ」


 光一は、「察知」と「回避」に集中するために、「隠遁」を解除する。3つを並列処理できるが、集中力と魔力が保たない。


「……そこにいたのか」


 漆黒の甲冑は、即座に距離を詰めて、光一に肉薄する。同時に繰り出される、鋭い拳。躱すことはできたが、拳による烈風が頬を掠める。

 命中していたら、確実に致命傷だった。

 躱しながら、光一は距離をとる。


「勇者を、知っているか?」

「……は?」

「人間領に勇者の素質を持つ者が現れたと聞いた。今の内に処理する」

「知ってても喋らねーよ」

「知っているのだな?」

「子供相手に凄むなよ。大人気ないぞ」

「勇者を葬るためなら、手段は問わない。吐け」

「やだ」


 言うと同時に、光一の体が横へ飛ぶ。

 直後に、斬撃が通り抜け、地面がパックリと裂けている。

 見れば、漆黒の甲冑は剣を抜いている。


「殺す気か!」


「回避」が発動していなかったら、光一の体は縦に真っ二つだっただろう。

 正体を探るために、「察知」を用いたいが、一瞬でも「察知」を未来視以外に使うと致命傷を受けてしまうだろう。「回避」の姿勢制御にも気を使っていると、集中力がゴリゴリ削れていく。


「たとえ、殺してしまっても、脳から情報を抜き出す手段はある。嫌なら話せ」

「やめてよ! 僕は子供だぞ! 虐めるなよ!」

「つまらんことを。子供が、高度な隠蔽術式で身を隠すものか」

「時には見た目で判断しろよ。どう見ても子供だろうが!」

「ふむ。話せるなら、余裕はありそうだな」


 鋭い殺気。繰り出される斬撃の速度は一段階上昇する。


「ッ! クッソ!」


 何とか「回避」で躱せたが、右腕に切り傷ができている。

 コイツも、ルビエラやハッシュヴァルトと同じで、「察知」と「回避」を用いても防御しきれない実力者だ。

 まずは、逃げる。

 すぐに「隠遁」を発動させ、背を向けて逃げの一手を打つ。

 しかし、「回避」が発動し、体が左に飛ぶ。

 そうしなければ、上半身と下半身が切り離されていたかもしれない。脇腹が切れて、血が流れ出ているが、ダメージは軽い。


「その隠蔽魔術は優秀だが、足跡までは誤魔化せないようだな」

「チクショウ、そういうことかよ」


 逃げながら、「隠遁」が見破られたことを悔しがる。

 容赦無く襲い掛かる斬撃の連続。

 何とか「回避」で致命傷だけは避けれているが、細かい切り傷が増えてくると、痛みを無視できなくなる。

 ふと気付けば、折角見つけたナキウはバラバラに切り刻まれている。これでは、調査が面倒になってしまう。


「今はそれどころじゃない」


 光一は剣を引き抜き、振り向きざまに剣を振る。

 光一は、ハッシュヴァルトのように斬撃を飛ばすことはできない。

 しかし、光一は風属性。大気中に最も多く満ちる魔力であり、発動速度は最速だ。剣に風を纏わせ、それを振り抜くことで、擬似的に斬撃を飛ばすことができる。


「驚いたが、大した威力じゃないな」


 甲冑に僅かな傷を付けたが、その中身にまではダメージを与えられていない。

 攻撃手段に乏しい光一が考え出した攻撃技ではあるが、まだまだ修行不足だし、「練り上げ」もまだまだ修行不足。擬似的な飛ぶ斬撃は、実戦で使えるレベルじゃない。

 漆黒の甲冑は、光一の反撃の隙を突いて、一瞬で距離を詰める。

 振りかざされる剣。

 それが、振り下ろされる寸前。ピタリと動きが止まった。


「シ、シルネイア様……! お、お許しを……」

「……? どうしたんだ……?」

「あ、あぁ……ああああああああっ!」


 ブシュッと音がして、甲冑の隙間から大量の血を噴き出して倒れた。

 ブンッと音を立てて、「回廊」が開く。そこから腕が出てくると、倒れた甲冑を掴む。そのまま、「回廊」の向こう側へと引きずり込んだ。


「ごめんね。このバカはこっちで絞めるから、許してね」


 そんな声が聞こえて、「回廊」は閉じた。


「な、なんだったんだ……」


 腰が抜けたように、座り込む光一。

 ハッシュヴァルトは「強い」と言ってくれたけど、それは「同年代の中」という条件付き。

 結局のところ、光一は戦場に立つような人たちと比べれば、そこらの子供と変わらないのだろう。折角、持つことができ始めてきた自信が掻き消えていく。

 ハッシュヴァルトから頼まれた調査を続けようと思ったが、腕や脇腹から血が流れ、ジワジワと痛みが走り始める。


「一度、病院だな」


 そう言って、光一は防壁の内側へと帰って行った。

 門番からの知らせを受けたらしいハッシュヴァルトが病院へと駆け付け、傷だらけの光一を見て、顔色が真っ青になる。

 光一から、漆黒の甲冑のことを聞き、ハッシュヴァルトは顔を真っ赤にして怒る。青にも赤にもなる顔色が、光一の笑いを誘うが、噴き出すのを堪える。

 結局、光一に頼まれた「ナキウの巣の調査」は、光一の傷が治り、専用の調査隊が結成されるまで中止することになった。

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