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第21話 王都への旅路④

 燃え盛る炎の中へ、殴り殺したナキウの死体を投げ込む。もう慣れ親しんだ行為に、光一は何の感情も抱かない。飽きた。

 突如、飛来した炎の塊を警戒し、フジ山麓の森林にまで後退し、今日で5日目。「察知」で奇襲や襲撃の未来が見えないことを確認し、再度、王都へ向けて出発する日だ。


「ほら、光一、行くよ」

「はーい……」

「もー、いつまで不貞腐れてるの。最初の頃よりは強くなってるわよ」

「でも、一回も当てれてないし」

「そこは経験値の差よ」

「……………」

「拗ねてる顔も可愛い」


 拗ねても、不貞腐れても、ルビエラのリアクションは変わらない。態度で不満を表しても、効果は微塵も無いようだ。実力で不満を示すしかないのだろう。「察知」で予知しても当てられないし、「回避」でも捌ききれないけれど。

 歩み寄ってきた領主が、苦笑を浮かべつつ言う。


「経験値の差はどうしようもないさ。それに、魔力の訓練は順調だよ。まさか、『操作』をあっさりと体得して『現出』までいくなんてね。驚きだよ」


 褒められて、光一は嬉しそうに笑みを浮かべる。

 待機している間、「察知」での安全確認は即日完了していたが、光一の魔力の訓練を集中して行うことになった。「操作」をしっかりと体得するためだったが、スキルを使っていたからか、光一はあっさりと「操作」を体得できた。体全体に魔力を行き渡らせることで身体能力を向上させたり、腕や足に集中させることで、腕力や脚力を集中的に引き上げることができるようになった。ルビエラの足下にも及ばなかったが。

 そして、「現出」の修行に入ったわけだが、これが意外と難しい。体内の魔力を外に引き出す技術なのだが、簡単にはいかない。掌から放出するのが一般的らしいが、何だろう、膜のようなものに阻まれているような感覚があり、外へ放出するまでいかない。

 馬車の中で修行を続けることにして、中断していた王都への旅を再開させる。


「ぬ……む……」

「……………!」

「ふ……ぬぅ……」

「…………ふぅ……(小声)」

「く……うぅ……。……ぬぁー、ダメだー」

「ふぅ、なかなか苦戦してるわね」

「いや、お母さんまで力まなくていいでしょ」

「んー、なんかねー、見てたらねー」


 体中から魔力を掌に集中させ、それを体外へ放出させようとするが、微塵も放出される気配は無い。

 ちなみに、ルビエラも風属性の魔力を持ち、「練り上げ」まできっちり体得している。人魔大戦の際は、炎属性のシルネイアには、属性面で不利に立たされしまい、苦戦した。得意な体術で互角に持ち込めなかったら、負けていたかもと述懐する。

 ルビエラの思い出話に耳を傾けつつ、光一は修行を続けることにした。




 旅路は順調だ。野盗や盗賊の類は出るし、縄張り拡大を狙う魔獣からの襲撃はあったものの、あの炎の塊に比べれば些事であった。むしろ、魔獣の襲撃は光一の実戦訓練に利用されていた。猿にはもう負けない。でも、空から襲ってくる魔鳥はダメだ。卑怯だろ、と思う。

 そういったトラブルを交えながらも、あと数日あれば王都へ到着するくらいの位置に達した時、平原の中を歩くナキウの群れを見つけた。普段は森から離れないため、非常に珍しい。


「ナキウだ。森から離れているなんて」

「集団でバカなのかしらね」

「あ、ナキウって言ったらさ、『ナキウを殺せ』ってお告げがあったんだけど」

「へー、お告げ。あるんだ、そんなの」


 お煎餅を食べながら言うルビエラに、光一は少し驚く。


「お母さんも聞いたんじゃなかったの? 教会でそんな話聞いたけど」

「え? んー……」


 お茶を飲みながら考えるルビエラ。

 そして、思い出したように掌を合わせる。


「あ、そんなこと言った気がする。私が駆け出しの新人だった時に、泊をつけるためにそんな感じのこと」

「……嘘だったの?」

「いやー。新人だから発言力無くてね。上に私の言う事聞かすためには嘘も方便っていうか」

「バレたらどうするつもりなのさ」

「引退してるから時効よ」

「よく言う……」

「それで? そのお告げがどうしたの?」


 少し脱線した話を戻すために、光一は自分の言葉を思い出す。


「ナキウを殺すこと自体は簡単だからいいけど、アレって数だけは多いじゃん。どうしたものかなって」

「そうねぇ。洞窟という洞窟を巡ってっていうのも面倒くさいしね。やってる風でサボればいいんじゃないかな」

「え、サボるの?」

「んー、勿論、見つけたのは片付けないといけないけど、フラフラと世界を見て回るのも人生経験になると思うわ」

「なるほど」

「私も18歳からは旅していたし、それまでは準備期間ってことで修行するのもありよ」

「ん? 新人の頃は〜って言ってなかった? 衛兵とかなんじゃ」

「さ、そろそろお昼ご飯かしらね!」

「……サボってフラフラしてたの?」

「フラフラじゃなくて遠征! 単独で!」


 上司からは滅茶苦茶怒られていたらしいけど、実力は飛び抜けていたため、何だかんだで許されていたとか。何処ぞで魔獣が出れば勝手に飛び出し、魔軍の部隊を見つけたと聞いたら勝手に交戦し、とにかく、勝手に戦場に飛び出していた。罰として、王族領内のナキウ退治を言い付けられたこと多数。懲りた回数は皆無。それがルビエラ。

 これらの逸話は相当に有名らしく、昼食の際に、領主を筆頭に、護衛の衛兵たちが話してくれた。ルビエラは何か言い返そうとしていたが、全てが事実であるし、バラされたくないことだけは話していないからか、顔を赤くして俯くばかり。

 笑いが絶えない旅路も、遠目に王都を囲む防壁が見えてきて、その終わりが近づいてきた。

 遠目には細い線のようにしか見えなかった防壁は、近くで見れば高さ数十メートルはありそうな高さと、馬車が丸々2台ほど入ってしまうくらいの分厚さがある。人魔大戦の折には一度として破られなかった。そのため、防壁の大門と対空防御が重要課題だった。

 ようやく到着できた王都は、様々な店や建物が計画的に敷き詰められた都会だ。大戦が停戦となり、最優先で復興されただけのことはあり、落ち着いた風情がありつつ、賑やかな人の営みに溢れている。

 久々の王都に、ルビエラもワクワクとした笑顔を浮かべている。


「さ、光一。あれ見える? あの大きいの」

「あの、小高いとこにあるやつ?」

「そ。あれが王城『ルクサントス』。国王陛下を筆頭に王族の方々が住まう城よ」

「あそこに、行くの?」

「そ。中は豪奢なとこよ」

「緊張するなぁ」

「リラックスしなさい。豪奢なのを除けば、無駄に広くて面倒くさいとこだから。トイレも遠いし、部屋も広いから掃除が面倒だし」


 ボロクソに言うルビエラ。

 それをサラッと聞き流しつつ、約3ヶ月ほどの期間をかけて、ようやく光一は王都へと辿り着いた。

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