町の外れに、人魔大戦での産物であるゴミ山がある。大破した兵器類や、破壊された家の成れの果てなどが山積みにされている。大抵の者らにはゴミ山にしか過ぎない。ただし、絶妙な高さ、絶妙に突き出した廃材が防御陣地になり、ナキウにとっては格好の安全地帯となる。ここをいち早くに見つけ出し、「巣」にしたのが〝やんごとなき一族〟であり、この辺り一帯のナキウを傘下に収めたのである。
そんなゴミ山に囲まれた広場の中を、数百匹の幼体が走り回っている。そんな幼体たちを見守るメスたちに囲まれて、やはり、数百匹の幼少体が這いずり回っている。幼体たちに踏まれないように、メスたちが守っている。
「ピキー、ピキー」
「プコプコ、プコー」
「プユユ、ププユ」
幼い声を元気よく上げながら、幼少体たちは這いずり回り、母であるメスたちに甘えている。地に落ちている小石を拾っては、それをメスに見せて、ニコニコと笑顔を浮かべる。
空を流れる雲を見つめる幼体の後ろから、別の幼体がこっそり忍び寄り、
「プッコ!」
と、いきなり声を掛けつつ、背中を叩く。
いきなりの声掛けと、背中への衝撃に驚いた幼体は、
「ピキッ!」
と、悲鳴を上げ、驚きの表情を浮かべたまま振り返る。そこにいる幼体が腹を抱えて笑っているのを見て、握り拳を作った両手を振り上げながら、
「ピコォォォォォォォォォ!」
と、精一杯の怒声を上げて、驚かせた幼体を追いかけ回す。
「ピキィィィィィィィィィィ!」
「プコォォォォォォォォォォ!」
可笑しそうに笑いながら逃げる幼体と、怒って追いかける幼体。
広場の何処かしこで、似たような追いかけっこが繰り広げられている。
そこへ、ズカズカと踏み込んできたのが光一だ。手には、中がギッシリと詰まった黒い袋を握り締められている。
そんな光一を見つけた幼体は、持ち前の好奇心の強さを発揮して、ニコニコと笑顔を浮かべながら近寄ってくる。
「プコプコ?」
「ピキー?」
「ププユ?」
「プユー?」
「ピココ?」
「ポニュニュ?」
口々に鳴き声を上げながら、近寄ってくる幼体を意にも介さず、光一は広場の中央まで突き進む。光一はそこで握っていた黒い袋を地に下ろし、袋を逆さまにして、中に詰め込まれていたモノをばら撒いた。
「プー?」
「ピコー?」
「プユー?」
「プ、プキッ!」
それは、町を襲撃したナキウたちから斬り落とされた首。角頭族が、一匹ずつ、丹精に、丁寧に、心を込めて斬り落とした。光一に斬り殺された後だったが、町を汚したことに対する報復であり、ナキウを殺すことが目的ではない。
目の前にばら撒かれたオスの首。それは、幼体にとっては父であり、兄であり、叔父や伯父である。目に入れても痛くないほどに可愛がってくれた相手であり、大好きな相手だ。昨夜から姿を見なかったが、こんな姿になっているとは思ってもいなかった。
「パキィィィィィィィィ!」
「ピキィィィィィィィィ!」
「プキィィィィィィィィ!」
「ペキィィィィィィィィ!」
「ポキィィィィィィィィ!」
次々と身内の成れの果てを見つけては、幼体たちは間抜けな泣き声を上げる。滂沱の涙を流す幼体の姿を、光一は無表情で見下ろす。
幼体の泣き声を聞きつけたメスたちは、最初は光一が幼体をイジメたと思って走り寄っていたが、光一の周辺にばら撒かれた首に気付くと、幼体たちのように泣き声を上げ始める。
「ビキィィィィィィィィィィ!」
「フ、フゴォォォォォォォォ!」
それらの首は旦那であり、息子であり、孫である。メスたちは、オスたちが町へ向かった理由を知っていた。その力強さも分かっていた。
それが、まさか、こんな形で帰ってくるとは思ってもいなかった。
恐怖に引き攣り、涙を流したまま固まっている表情の首を抱き締め、その死を悼んでいる。
「プー? プユユ? ププユゥ」
それぞれのメスが、泣きながらも優しげな声色を出し、首を撫でる。その首に縋って泣きじゃくる幼体へも、優しい手付きで撫でて、その心を慰める。
心が落ち着いてくると、その心には怒りが湧き上がってくる。その矛先は、首を運んできた光一だ。
涙の跡が残っているまま、近くにいるはずの光一を探す。
「パキャー!」
「ピキャー!」
「プキョー!」
「ペキョー!」
「ポキュー!」
僅かに聞こえてきた幼少体の悲鳴が聞こえ、咄嗟にそちらへ振り向くと、幼少体が這いずり回りながら遊んでいる場所に光一がいる。その幼少体を、一匹ずつ、光一が踏み潰している。
「フ! フゴォォォォォ!」
「フゴフゴ! フゴォォ!」
「ビギィィィィィィィィ!」
「ブキャァァァァァァァ!」
メスたちが怒声を上げ、光一へと走り寄る。懸命に腕を振り、足を上げて走る。
光一へ近くなってくると、懸命に地面の上を這いながら逃げ回る幼少体を、光一が無表情のままで踏み潰している。もう、既に大半の幼少体が踏み潰され、血や内臓をぶち撒けて潰れている。
メスたちが光一の元へと辿り着く頃には、全ての幼少体が踏み潰され、地面にへばり付く死体へと成り果てていた。それを見て、光一への怒りはそのままに、幼少体の死体へと縋り付く。先ほどまで、無邪気に遊び回っていた幼少体たちは、一匹残らずグチャグチャになっている。
「ビキィィィィィィィィィィ!」
余りにも無残な姿になった幼少体に、涙を流し、泣き声を上げていると、今度は、幼体の悲鳴が聞こえてくる。
「ピキャァァァァ!」
「プキョォォォォ!」
「ペキュゥゥゥゥ!」
幼少体の姿にショックを受けている間に、光一が幼体たちに襲いかかり、「鎌鼬」を纏わせた剣で幼体を斬り殺している。光一にとっては「鎌鼬」を安定して発動させ、発動時間を少しでも延ばすための訓練に過ぎない。使い続けることでその魔力が「術式」として形成され、今のように意識して風を制御しなくても「鎌鼬」を発動させることができるようになるらしい。使い続けることが鍵ならば、楽に殺せるナキウが丁度良い相手だろう。
惨めに逃げ回る幼体を、後ろから次々と斬り捨てる。幼体側は懸命に全力で逃げ回っているのだが、その速度は人間が歩くよりも遥かに遅い。成体になってもその全速力は、人間が歩くのと大差ないのだから、仕方ない。
しかし、メスへと向かって逃げた幼体だけは、何とかメスの後ろへと隠れることができた。メスは、辛うじて生き残った幼体だけでも助けようと、光一に向かって精一杯の威嚇の声を上げる。
その威嚇が、光一に通じるはずもない。
光一は無表情のまま、メスを斬り殺し、その後ろに隠れていた幼体を斬り殺す。体を大きく斬り裂かれようと、何とか幼体だけは守ろうとして、光一に背を向ける形で幼体を抱き締める。光一は、その成体ごと幼体を刺し貫く。「鎌鼬」の圧縮された風がナキウの体を削り取り、斬り裂いたり、刺し貫くなど容易なことだ。
光一が首をばら撒いてから小一時間、この辺り一帯のナキウの全てが息絶えた。どこからか移住してこない限りは、二度とナキウの姿を見ることはないだろう。今頃、酔覚ましを兼ねて、ルビエラが巣の中にいる卵袋を抱えているメスや、引き籠もっている少年体や青年体を殺しているはずだ。
「光一! 終わった?」
二日酔いが覚めて、スッキリした表情でルビエラがやってきた。体や服に付着している返り血を見るに、ルビエラもきっちりと皆殺しにしたようだ。
仮にも人類最強のルビエラにナキウ退治など、到底釣り合いの取れない些事だが、本人が望んだのだ。「酔いを覚ますには丁度いい」と言って。角頭族は申し訳なさそうにしていた。
「ふむ。しっかりとやりきったようね。じゃ、帰りましょうか。借り物だけど、服汚しちゃったし、体も洗いたいしね」
「うん。でも、良かったのかな。こんないい服を作業着みたいにしちゃって」
「まあ、角頭族がどうしてもって押し付けた物だし、大丈夫でしょ」
「それもそうだね。じゃ、早く帰ろう。臭くて堪らない」
「そうだね。一緒に入る?」
「入らない」
「えー、冷たーい」
「一人で入れるし」
「昔は一緒に入っていたのに」
「幼かったんだから仕方ないでしょ」
「大人になるって悲しいのね」
「いや、そこは喜んでよ」
「お母さん、寂しい!」
「そーだねー」
「棒読み!」
害虫退治を済ませて、一組の親子は朗らかに会話を交わしながら、町へと帰っていった。今度は、しっかりと生き残りがいないことを確認した上で。
町に帰り、用意してもらった宿泊施設で汚れを洗い落とす。さっぱりしている時に、光一は考える。危うく深層意識に落として忘れそうになっていた、グリードとかいう老女の話。
(裏七家。淵谷家って名乗ったからには、模倣したバカじゃないだろう。下位序列の家系とはいえ、〝裏〟に名を連ねている家を装うのは自殺行為だしな)
ベッドの上にゴロンと寝転がり、何時ぞやの谷底で見つけた施設についても思い出した。
(あのババアが言っていたのは、あの地底にあった施設のやつか。確かに、昔使ってたパスワードを入力していたな。あれでバレたのか)
ガバっと起き上がり、元々、考えていたことを実行することを決めた。
冒険の旅に出よう。
元々は、単なる旅行気分だったが、今は別の理由だ。
転生前、何かにつけて行動を制限してきたことが目障りで潰したはずの「裏七家」の足取りを追う。
そうと決まれば、あとは行動あるのみ。
「普通にダメよ?」
「えー」
「えー、じゃないわよ。また、『回廊』でランダムワープしちゃったらどうするの」
「う、いや~、それは……まぁ……」
「それに、確かに光一は強くなったけど、今の実力じゃハイ・ウルフにも勝てないわよ。そんな中途半端な実力で冒険なんて自殺行為よ」
「ま、前は『冒険に出よう』みたいなことを言っていたのに」
「きちんと修業した上でって話よ。ハイ・ウルフにも、ハッシュヴァルトにも勝てないようじゃ無理よ」
普通に却下された。
割とまともな理由で却下された。
隣でシルネイアやシルビィも「うんうん」と頷いている。ついでに、皐月までも頷いている。皐月は兎も角、実力者のシルネイアとシルビィから見ても、光一は冒険するには実力不足らしい。
急に、「旅に出よう」と意気込んでいたことが恥ずかしくなってくる光一。
「あの……少し表で頭を冷やしてきます……」
顔から火が出そうになる思いで、宿泊施設からでる光一。
冷静に考えれば、ナキウという比較対象がいない程の雑魚相手に無双できていても、ナキウ以外には苦戦を強いられている。シルネイアに処刑された魔軍の隊長格にさえ勝てないし、何時ぞやの魔獣(猿)でも、単体なら勝てるが、群れで来られては苦戦するかもしれない。ハイ・ウルフなんて話を聞くだけで勝てないだろうって分かる。
そんな実力で、「旅に出よう」などと考えていたことが恥ずかしい。格闘能力にしても、シルネイアやルビエラは勿論、転生前の自分よりも弱い。
『はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……』
『……?』
『は?』
思わず溜息を吐いた光一と、同じタイミングで誰かが溜息を吐いた。お互いに虚を突かれ、お互いに顔を見合わせた。
そこにいたのは、魔王だった。