ひとまず、魔王の愚痴に付き合うことにした光一。強制されたわけではなく、脅迫されたわけでもない。当然だが、魔王は光一よりも遥かに強い。
「毎日さぁ、書類の山に目を通してさぁ、承認の印鑑押してさぁ、頑張ってんだよ俺も。流し読みだけど、ちゃんと内容にも目を通してんだよ、毎日、全部。それなのにさぁ、書類は減るどころか、増えてんだよ。なのに、側近のディルムッドの書類は減ってるし。あれ、絶対俺に押し付けてんだよ。なのに、『効率よく仕事しないからです』なんて抜かしやがってさぁ。これだから、インテリなんて嫌いなんだよ。正論なら何言ってもいいわけじゃないじゃん?」
「はぁ、そっすね」
「でしょ? 君もそう思うよね? インテリには人の心なんて分からないから、ズケズケと言いやがんだよ。マジでムカつくよアイツ。モグテラスは筋肉バカだから書類仕事なんて無理だしさぁ。仮にも軍部のトップなんだから軍事関係の書類くらい、アイツがやれっての。何だかんだ言って俺に押し付けてるけど、俺、魔王よ? 一応、この国で一番偉いのよ? そんな俺に仕事押し付けるなんてどうかしてるって思わない?」
「まあ、思うっすね」
「だよね? 君もそう思うよね? 好きだわー、君みたいに話の分かる子好きだわー」
「同性はちょっと」
「そういう好きじゃないよ。人としてってことだよ。俺、妻も娘もいるし。めっちゃ美人の妻でさぁ、も少し構って欲しいけど、優しいとこあるし、マジで愛してんだよね。娘も可愛くてさぁ、妻似で将来は絶対に美人さんになるって確信してんだよね。素直で無邪気でさあ。頭も良いし、天才なんだよね。俺は凡才で、何につけても苦労ばっかりだっから、あの子には色々と学ばせて、大人になってから苦労しなくて良いようにしてあげたいんだよね。いや、社会に出れば色々あるし、そういう苦労はしないといけないだろうけどさ」
「まぁ、それはそうっすね」
「君は将来とか、どうしようとか考えてる?」
「今はぼんやりって感じですね。今は、冒険して世界を見て回りたいって思ってるけど、今は弱いからダメって言われてて」
「あ、それはそうだね。君は筋は良いみたいだけど、修業なり訓練なりで鍛えれる限り鍛えた方がいいね。戦争は停戦してるって言っても、薄氷の上の停戦だし。それに、魔獣にも凶暴なやつが多いしね。自衛の為にも、実力は付けておいた方が絶対いいよ」
「そう、ですよねー」
「うん。そうだよ。そうやって止めるのも親心だよ。俺が、娘から同じこと言われたら止めるもん。そう言えば、君の親御さんは?」
「中のロビーで、友人とお話してますよ」
「え? 中で?」
「はい。シルネイアさんとお話してます」
「あ、そのシルネイアが俺の妻だよ」
「じゃあ、一緒にいた子が娘さんですか」
「そ、皐月ちゃん。手を出したら容赦しないからね」
「幼女には興味ないです」
「ウチの子が可愛くないってか?」
「可愛ければ興味津々って方がヤバいでしょ」
「そりゃそうだ。え? でも、一緒にいるのは妻の妹のシルビィで……。……え? じゃ、もしかして……。……え? もしかして、君の御母堂様って」
「ルビエラですよ」
「ーーーーーーーっ!」
「あれ? 魔王さん?」
「…………………………………」
「気絶してる。仕事の愚痴が凄かったし、疲れてるんだろうな」
光一は座ったまま気絶している魔王をベンチの上に寝かせ、宿泊施設のロビーへと戻る。
会話に花を咲かせていたルビエラが、戻ってきた光一に気付く。
「頭は冷えた?」
「うん。それとは別だけど、大人って大変だなって思った」
「どういうこと?」
「そこで魔王って人に会ってさ、仕事のことを凄い愚痴ってた」
「あの人は全く」
光一の言葉を聞いて、頭を抱えるシルネイア。少し仕事を押し付け過ぎたかと反省する。
「今はどうしてるの?」
「俺の母はルビエラって教えたら寝た。疲れてるんだと思う」
「大変ね。まあ、一国の王は大変なものよ」
事も無げに言ってのけるルビエラだが、自分が原因だとは微塵も思っていないようだ。昨夜の食事だって、魔王はルビエラを恐れて別行動していたのに。
「ルビエラ。折角だから、さっきの話をしてあげなさいよ」
「それもそうね」
シルネイアに促されて、ルビエラが光一に向き直る。
「光一。提案なんだけど、ここから『カザド・ディム』まで歩いて帰ってみる?」
「歩いて?」
「ここは端っこだけど、ちゃんと魔王領だし、私がついていれば最低限の安全は担保できるしね。魔獣と戦闘になっても、私は最低限にしか助けないけど」
「その『カザド・ディム』の場所は分かる?」
「まあね。伊達に大戦中に走り回ってないわ」
光一は考える。当初考えていた冒険とは違うが、実力不足なのを考えると、これも修業にはなるだろう。何よりも、これでダメなら冒険なんて夢のまた夢だ。
「やってみる。これも、冒険に向けての修業だって思うし」
「それでこそ、私の息子よ」
ルビエラと光一の今後の方針が決まったことを確認して、シルネイアとシルビィ、皐月は立ち上がり、
「じゃ、気を付けて帰って来るのよ。私らは城で待ってるからね」
「お食事を用意してお待ちしております」
「頑張ってね」
そう言って、シルビィが発動させた「回廊」で一足先に帰って行った。
ルビエラは光一の背中を押しつつ、
「じゃ、善は急げよ。私らも用意して、旅に出るわよ」
「分かった」
宿泊施設を出た時に、外のベンチに魔王が置き去りにされていることに気付いた。
「あ、魔王さん」
「シルネイア、旦那忘れてどうするのよ」
「起こす?」
「仕方ないわね」
そう言いながら、ペシペシと魔王の頬を叩いて起こすルビエラ。
顔を顰めつつ、意識を取り戻す魔王。目の前にはルビエラ。
「きゅう」
「何でよ」
再び気絶する魔王。
結局、光一が魔王を起こし、シルネイア一行が一足先に帰ったことを伝える。
「俺、置いてかれた?」
「あのー、あれですよ。疲れてそうだったし、休ませてあげようみたいな気遣いじゃないですかね?」
「だよね? 忘れてたわけじゃないよね?」
「結婚しているんでしょ? 忘れられるわけないと思いますよ」
「だよね? そうだよね? もう、シルネイアってば、一声かけてくれてもいいのに」
そう言って、魔王は立ち上がり、「回廊」を発動させる。魔王が「回廊」に入る直前、「回廊」から手紙が吐き出されてくる。宛先は「アナタへ」と書いてある。
「シルネイアからだ。えーっと、『この機会にルビエラへのトラウマを克服しておいて下さいね。カザド・ディムまでの旅路を共にすれば克服できるでしょう』? え、ちょっと待って」
手紙を読んだ魔王は「回廊」に入ろうとすると、ゴンッと鈍い音がして、「回廊」に入ることができない。
「え、え、えぇ、えぇぇぇぇぇぇぇ!」
ルビエラ親子の旅の仲間に、魔王が加わった。