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<アキト>

 素足に、ふくらはぎが隠れる程度の長さの、簡略版のトーガのようにたっぷりとした白い布地をまとっている。肌触りのいい素材の紗を使った、と聞いた。

 何枚か重なっているのに元々が薄くけるような生地だから、少し動くだけで肌が見えそうで、やたらとエロティックだ。


「あの…アキト様?」

「……なんて?」

「え。…これで合ってますか? 服」

「いや、それじゃなくて。今、なんて呼んだ?」

「ああ。アキト様?」


 どうしてそうなる。


 一応、絵にサインは入れる。本名からとって、というかほとんどそのままに、「AKITO」。


「読み方、違いました?」

「いや。いや、合ってるんだけど、様つけなくていいから…呼び捨てでいいよ…」

「…アキトさん?」

「うん。それでよろしく」


 最初からこうすれば良かった。

 そう言えば前にも、いきなり「ご主人様」と呼んだ人がいた。それに、ずっと敬語だか丁寧語だかでしゃべられてた。

 四週間限りの雇い主とはいえ、うやまう必要も意味も、全然ないのに。


「次はどうすればいいですか?」


 言いながら、ちらりと手枷てかせ足枷あしかせを見ているのが判った。

 金属製の本格的なもので、不安にもなるだろう。


 疲れた気分を振り払って、かせの近くに置いていたリストバンドを手に取る。バンドと言っても、柔らかな素材で内張うちばりをした皮で、金具や留め具はない。

 枷をめる前にこれをてておかないと、怪我けがをさせてしまう。

 精一杯、穏やかな声を出す。


「手と足にこれを充ててから嵌めてもらって、このあたりにひざまづいてくれるかな。両手はり上げるんだけど…なるべく苦しくないように調整はするよ。体重しっかりとかけても大丈夫だからね」

「ええと…監禁されてる感じですか?」

「うん。…ごめんね」

「いえ、大丈夫です。本気で監禁されかかった時に比べれば全然」

「…それ、比較対象間違えてると思うな…。無事で良かったね…」

「はい」


 見かけによらずきもが据わっているというか、けばいくらでも危機的体験が出て来るんじゃないだろうか。

 見える限りでは傷跡が残っているようなこともないけど、本当に、無事で良かった。


「わ。…固定されてるんですね」

「うん。あ、自分じゃ無理だよね。やるから、そこに跪いてもらえる? そう、そのあたり」


 めり込んでよろけるほどの厚みはないものの、ある程度は床の硬さを緩和してくれるシートとラグ。

 それでも、時間がてばひざも足も痛くなってくるだろう。おまけに、足首は床に固定されてあまり動かせない。

 自分で設置しておいて、気まずさが強くなる。

 それでも、皮の上からかせめ、手首も同じようにする。

 腕は、天井の滑車かっしゃを使ってるされているように見えるくらいの位置に引っ張り上げた。


「痛くない?」

「大丈夫で…あ」

「え」


 ひねるとかすじちがえりしたかと、慌てて腕にれる。触れてから、それでわかるほどの知識はなかったと思い出す。

 少年は、真っ黒な瞳で僕を見上げた。


「あの…エネマグラ…」

「うん?」

れてから歩くの怖くて、こっちでと思って…。一度、手、外してもらえますか…?」

「あー…」


 変態でごめん、と、言ってしまえば謝るくらいならという話になるのでみ込む。

 こんな体勢で使わせるのも問題だけど、そりゃあ入れて歩くなんて危ないに決まってる。今までの人は我慢してくれていたんだろうか。


「ごめん、考えてなかったそうだよね。えーっと…僕が挿れてもいい?」


 え、と言うように口は開いたけど、声は出なかった。ただ、瞳が黒々とこちらをのぞいて来る。


「…アキトさんが、いやじゃないなら…」

「全然」


 さてどこに、と見ると、服のひだに隠れるように特徴的な器具が転がっていた。とりあえず、合いそうなサイズを開封はしていたようだ。

 一度床に触れたものだし、軽くく。ジェルも足した方がいいのだろうか。

 向かい合うように、ひざをつく。そのままかかえるようにきしめると、思ったよりも華奢きゃしゃだった。

 ちゃんと食べてるんだろうか。


「体重、あずけて。力も抜ける? …中、れるよ」

「っ」


 声というよりは、強い吐息。耳にかかって、少しくすぐったい。

 一瞬強張こわばった体は、次の瞬間、ふっと力を抜いたのがわかった。慣れている。


 当たり前で、そういう人を選んでいるんだから。


 変態そのものだと思いつつも、性具を使うと如実にょじつ色香いろかが出る。そのために、ただの絵画モデルではなく、そちらのプロにお願いしている。

 一度中に触れてから、ゆっくりと器具を押し挿れる。長い吐息は、やっぱりくすぐったかった。

 少し待ってからそっと身体を離すと、うるんだ目を向けられた。


「ありがとうございます」

「いや…こちらこそ。よろしく。痛かったりしんどくなったら言ってね。あー…すぐには気付けないかも知れないけど、聞こえてるはずだから、なるべく早く休憩なり中断なりするようにするから」

「大丈夫です」


 そこに浮かんだ笑みはどう見てもプロのものだった。りんとして、強い。

 全体を見るために距離を置いて、スケッチブックを開く。

 鉛筆を手にしたところで、開けた窓から弱く風が吹き込んだ。吐息よりも、さらりとしている。


「寒くない? 窓、閉めようか? 暖房も入れられるよ」

「大丈夫です。風、気持ちいいですよ」

「…そうだね」


 そう言えば、そうだった。昼も過ぎて、今が一番暑いくらいの時間帯だ。それなのに、どうして寒いと思ったんだろう。

 首をかしげてもわからず、放置する。


 慣れた鉛筆の手触りと、いましめられひざをつく、美しいほどの「天使」。

 全てを写し取りたいと、思った。


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