俺がここにいるのは、買われてのこと。
四週間、エネマグラを突っ込まれてモデルをしたり抱かれたり、あとは適当に過ごしていればいいという。
一番大変なのはモデルの期間で、一週間くらい、毎日休憩を挟みながら何時間か、人によってはほとんどイキっぱなしでめちゃくちゃつらい。しかもその後、誘っても放置されるから
――って聞いてたんだけどな。
前どころか普通にヤっちゃって、それはそれでつらかった。気持ちよすぎるとつらくなるってなんなんだろう。
話が違う、と怒るようなものではないし、経験者みんなに聞いたわけじゃないから、そういうこともあるんだろう。好みとか気分とか。どっちがいいのかはよくわからないけど。
ぼんやりしていたらしい。気付いたら、何故か頭をなでられていた。しかも、頭ごとほとんど抱きかかえられるようにして。
「…なにがおきてます…?」
「疲れてるのかな、って思って。…いやだった?」
「いえ…」
「よかった。お腹すいてない? パン焼いてるけど、食べられる?」
ぱっと離れたと思うと、ずいぶん近いところで無邪気な笑顔が開かれた。うなずくと、さらににっこりと笑う。
年上のはずなのに、子どもみたいだ。
「行こう」
「ぁ」
手を引っ張られ、立とうとしたものの、腰が抜けたように力が入らない。鈍い痛みも追いかけて来る。
それもそうか、と昨日のあれこれを思い出して、ちょっと笑いそうになった。笑うしかない。
アキトさんは、どうしてだかつらそうな顔をした。
でもそれは一瞬で、当たり前のように背中と
画家ってこんなに腕力あるのか。どちらかと言えば軽い方だとは思うけど、それでも、そこそこ重いはずなのに。
「あるけ、ます!」
「立てないのに?」
ぐ、と言葉をのみ込むと、穏やかに、落ちないようにチカ君も腕を回してくれると助かるな、と言われた。
――名前、覚えててくれたんだ。
本名ではなくても、俺の一部には違いない。むずがゆいような気持になって、言われたままに首元に抱きついて顔を隠した。
「そうそう。ぴったりとくっついてくれた方が、重心が安定して運びやすいんだ」
――そういう問題なのか…。
軽々と一歩踏み出したところで、あ、と気付いて声を上げる。何事かと、止まった。
顔も上げられない、けど、言わないわけにもいかない。
「…トイレ、いきたい、です…」
「あ。ああ! そうだよね、起きたばっかりだもんね。ごめんごめん」
なんだこの恥ずかしいの。相手に悪気はかけらもないのに、無いからこそ気持ちの持っていきようがない。
運ばれて、昨日一緒に入った風呂場の隣のトイレの扉の前で降ろされる。そっと。
「ついていこうか?」
「…やめてください」
「でも、こけたりするかもしれないし」
「だいじょうぶです」
なんとか、無事に一人で個室に逃げ込む。気づかってくれてるんだろうけど、勘弁してほしい。
トイレタンクの上に鏡があって、うんざりとした眼が見返していた。
いやなわけじゃない。でも、慣れなくて戸惑う。
たった一月くらい買っただけの男に、何を求めるっていうのか。
それとも、これもすべてはごっこ遊びのようなものなのかもしれない。
この仕事は、ただひたすらに数をこなして客を取ったり常連相手に尽くすのに比べれば割がいい。
あまり
けど、四週間分の報酬も衣食住も保証されて、一日中セックスをするわけでもなく、はじめの方はともかく自由時間はかなり多い。
だから、これまでにも延長や二度目三度目を望む奴はたくさんいたらしい。それでも、誰も成功していない、というのもセットで聞こえてきた。
たった一度きりの、楽な仕事。
四週間は普段の仕事はできないこともあって、常連が離れることもある。だから、これを最後に足を洗う、というのも結構あるらしい。ただ、半分以上は戻ってしまうらしいけど。
俺も、契約通りにいけば、残りの借金は大分減る。これで完済とまではいかなくても、普通のバイトに切り替えても無理せず長くもかからず返せる程度には。
もう少し続けて貯金をしてからにするか、辞めるか、まだ決めきれてはいない。
とにかく、四週間だけのつきあいには違いない。ひどく扱われるよりはいいに決まってるけど、変に優しくされても困る。
――流されないようにしないと。
優しくして、勘違いして好きにでもなったところをあざ笑うのを楽しむような奴なのかもしれない。
今のところ全然そんな感じはしないけど、本性なんていくらだってとりつくろえる。紳士に見えた男がえげつないプレイをするのだってよくある話だ。
鏡に映る