冷蔵庫を開ける。閉める。もう一度開ける。
何度やっても、同じものしか入ってない。当たり前だ。当たり前だけど、じゃああれは夢だったんだろうか。冷蔵庫に貼ってあったメモもなくなってるし、幻だったんだろうか。
諦めきれずに、もう一度冷蔵庫を開けてしまう。冷気が
「…アキトさん? 何やってるの?」
パジャマ姿のチカ君が、恐る恐る、という風に声をかけて来る。
これは、ちゃんと現実だろうか。ぼんやりと、冷蔵庫に視線を戻す。
「あの…?」
「冷蔵庫に。おいしそうなサンドイッチがあって。あったはずなんだけど、なくなってて」
え、と上がった声に、体を向ける。
チカ君が、
「…いらないんだと思って、食べたんだけど…メモはがしてるのに残ってるから、食べるつもりないんだと思って…」
「おいしそうだなって…後で食べようと…」
自分でも、情緒不安定になっていると判る。涙が出るなんていつぶりかわからない。
多分昼過ぎに、飲み物を取りに来てメモとサンドイッチを見つけて。
半分意識の外ではあったけど、チカ君が用意してくれたものだろうことはわかったし、おいしそうだなとも思った。嬉しかったし、後で食べようと楽しみにもした。
いつものように没頭して、気付いた時にはとっぷりと日が暮れて、とにかくお腹がすいていた。
考えたら、朝に少し食べてからオレンジジュースしか飲んでない。
「お腹すいてるなら、何か用意するよ?! ご飯? 麺? パスタ?」
「…サンドイッチ」
「え。や、あー…パンがもうなくて…」
ぼろぼろと涙がこぼれて、チカ君が驚いて慌てている。僕も
「明日! 明日でいいなら、作れるから! 今はとにかく…ちょっと待って、食べられるものすぐ作るから!」
僕を冷蔵庫の前からソファーに移動させて、パンダを寄り添わせて、しばらく。
「熱いから、気をつけて。…食べられそう?」
「…いただきます」
お茶碗によそってもらったおじや。具はシンプルに、卵とネギ。あと、ちりめんじゃこ。
ほかほかとあたたかく、お茶碗で軽く三杯分くらいのそれは、あっという間にお腹に収まった。
その間ずっと、チカ君は、気まずそうに目をそらしていた。
「ごちそうさま。チカ君、ありがとう。ごめんね」
「え?」
「サンドイッチ、
言ってから、そもそもあれは何だったのかとはたと気付く。
冷蔵庫にも冷凍庫にもなかったはずで、近くに買えるようなところがあるだろうか。全然近所づきあいをしてないから、飲食店があってもさっぱりわからない。
ソファーの、隣に座るよう
「勝手にしただけだから…見せびらかして取り上げるみたいになって、むしろごめんなさい」
「チカ君は悪くないよ。全然。僕がぼーっとしてたから…全部、後回しになっちゃうんだよね。意識の外に行くっていうか。…作れるって言った? 作る? 作ったの? あれを、チカ君が? あれ。待って。出汁なんてあった? 卵も…ネギもちりめんじゃこも。この土鍋だって」
「あー…」
色々と遅れて、一挙に押し寄せる。
パンダをつかんで身を乗り出すと、いくらかのけぞられてしまった。それでも、引けない。
僕は何か凄く、もったいないし
チカ君は、しばらく目を泳がせて、諦めたように肩を落とした。僕から少し距離を置いて、座り直す。
「アキトさん、歩いて十分くらいのところにパン屋あるの知ってる? 『森の小麦』って店。あと、結構近所に無人販売所がある」
「知らない」
「やっぱり」
思わず、といったようにこぼして、苦笑する。
「四年くらい前にオープンしたって。もうその頃には、ここに住んでたんじゃない?」
「いたね」
「少しくらい散歩でもした方がいいよ。っていうか、車持ってないんだから市街地とか行くならバスでしょ? バス停に行くまでにあるのに、気付かない?」
「…最後にバス乗ったの、いつだったかな…」
「…仙人か世捨て人?」
「世の中を棄ててる人間はエロにはしらないと思う」
「煩悩まみれの世捨て人」
顔を見合わせたまま、
チカ君は、こんな風に笑うと幼さが顔をのぞかせる。つるつるの肌で、無邪気さを振りまく子どもみたいだ。
つい手を伸ばしそうになって、まだ何も答えてもらってないと気付いて自制する。
「今日、そこに行ってたんだ? えっと…森の熊…?」
「森の小麦。くま出てこない」
「出てこないか」
「うん」
笑うチカ君の膝にパンダを乗せて、距離を詰める。
今度は、逃げられなかった。単に、アームがあって逃げられなかっただけかも知れないけど。
「朝ごはん食べて、アキトさんが絵を描き始めてから行ってきたんだ。そこで無人販売があるって教えてもらって。きゅうりとトマトと卵買って、森の小麦の食パンでサンドウィッチつくって。そこの人と仲良くなって、駅前まで行くって言うからついでに乗せてもらって、他にもいろいろと買って」
「ああ、その戦利品なんだ。…僕が食べちゃってよかった?」
「元々、アキトさんのお金だし」
「チカ君が使っていいお金だよ」
「あ。でも、だしは…お茶とかコーヒーとかのところに未開封のままあったけど。賞味期限ぎりぎりのやつ。アキトさん…じゃないなら、誰か買ってたんじゃない?」
誰か。今まで、来てくれていた誰かか
もしかしたら、まとめ買いしたおまけについていたのかもしれない。
というか、未開封の出汁って一体どんな代物なんだろう。後で見てみよう。
「ごはん、凄くおいしかった。チカ君、料理上手なんだね」
隣を見ると、パンダに顔をうずめていた。
「…チカ君?」
「明日、食パン買ってきてサンドウィッチつくるから、いつものパンは焼かないで」
「ありがとう。あっ、でも、いいの? 負担にならない?」
「料理するの好きだから…」
「凄いね。僕は、掃除や洗濯はどうにかなるんだけど。いや、ちゃんとできてるかって言われたらそうでもないと思うけど」
全く顔を上げてくれない。パンダ、ずるい。
そう思ってから、あれ、と気付く。今まで、こんな風に感じたことはあっただろうか。
そもそも、あんまり話をした覚えがない。
今までの子たちとは、食事の時間もばらばらで、四週間のうちの前半で放置しすぎるからか、後半になってもそれぞれの時間を過ごしていた気がする。
「ごはん、一緒に食べられないかな」
「…?」