黒ずくめの服を着た犯人が、次のターゲットの部屋を静かに開けた。
大丈夫。合鍵は、トリックで本物とすり替えてある。この部屋に入ることの出来る人は、私を除いて誰もいない。
しかし、私のアリバイは別の手法で強固に確保済みだ。
つまり、私が犯人だと指摘出来る人は、この館には誰もいないのだ。
私はそっとベッドに近付く。ターゲットの寝ているベッドへ音も立てずに忍び寄る。
手に持った金属製の火かき棒は、汗でじっとりと濡れていた。
ターゲットは毛布を被って眠っている。
私はベッドサイドに立ち、ベッドを見下ろす。
「さよなら」
そう呟き、私は毛布を剥ぎ取り、勢いよく火かき棒を振り下ろした。
しかし、見えた光景はかち割られた頭ではなく、そこかしこに舞っている羽毛だった。
…!
クッションとターゲットがすり替えられた?
その瞬間、そこへ、拍手とともにカーテンの奥から現れる人影がひとつ。
「やはり、犯人はあなただったのですね、ホワイト夫人」
こいつは…、自分で自分のことを名探偵と言っていた男…。
「考えてみれば、最初からおかしかったのです。そう、最初の食事―。あの時の行動を考えてみれば今回の犯人は一目瞭然でした」
突如語り出す名探偵。
「全員が全員、同じワインを飲んでいたはずなのです。ところが、一人だけ、乾杯をした後、執拗に口元を拭っていた方がいらした。あれほど素敵な口紅を指していたのに、どうして―?おそらく、そこで口に含んだワインをハンカチか何かに出したのでしょう。そう、睡眠薬入りのワインをヘブブファァ!!」
ホワイト夫人の渾身の火かき棒スイングが、名探偵の左頬にクリーンヒット。
名探偵、当たり前だろ馬鹿野郎。
殺人犯そうとしている頭イッチマッタ人間の前で、大仰な真似をするんじゃないよ馬鹿野郎。
ベラベラベラベラ悦に入って自説を語るなよ馬鹿野郎。
いらん刺激をかけてる場合じゃないだろ馬鹿野郎。
もっと危機意識を持て馬鹿野郎。
【油断】