「あの……僕、殴ってしまったんですけど」
「あぁ、鬼族以上に物理耐性と魔法耐性に優れてるから、魔力の籠らない打撃は何ともないよ。私でもあの流れなら殴っていたから気にしなくていい」
それならよいが、逆に効果がなくとも嫌がってることだけは伝わって欲しいのだが。
「その……執務とか大丈夫なんですか?」
このメンツで、という言葉は飲み込んだが、小声でもハイドロイドには飲み込んだセリフごと理解された顔をした。
「これでもこの世界で初めて国に貴族税を導入された方なんだ。たとえば――同じ店に貴族と平民が同じメニューで食事しても、平民は限りなく原価に近く貴族は階級ごとに高い税を払う、ノブレス・オブリージュだね」
「僕にはぁはぁしてた人が、そんな素晴らしいことを……」
是非日本に逆輸入してもらいたいものである。
当の魔王様は、イザークにキュルキュルとした愛玩目線を向けていた。
助けを求めて視線をさ迷わせたが、マホーンは壁と同化して気配を絶っている。イザークはまた一歩ハイドロイドに近寄った。
「陛下!使徒専用機関の方々が到着されました」
ノックのあと、応接間に声がかけられる。
「入って貰え」
メイドと執事らしき人々が――鬼族だろうけど――円卓のテーブルに優雅に椅子を増やす。イザークは猫を乗せたまま、ジルヴェスター宰相にさっさとど真ん中の席に座らされた。
猫は優雅に、イザークの膝の上に丸まる。
(えっ?この席って普通国王陛下のポジションでは?)
キョドるイザークを無視した流れで、ドアの前で挨拶しながらドヤドヤと人が入ってくる。
エルフ、ドワーフ、ウサギ耳の獣人、おそらく人間であろう三人と、トータル6人はイザークに握手しながら、さっさと着席した。
「初めまして、イザーク・グレイです。日本人です」
「みゃー」
残念ながら、はっきりと話せたのはこれだけだった。6人は使徒様とイザークを呼び、自己紹介なく怒涛の質問を浴びせてくる。
日本の世情、流行り、文化から始まって、ハイドロイドにつつかれて出した家出セットの入ったリュックを開けた時にはザワザワが最高潮に達した。
やはりスマホが目立つのか、と思ったが食いつきマックスなのは漫画とおかずパン、スナック菓子だった。
全員が3冊しかない漫画を回し読みし、ビニールに包まれた焼きそばパンと照りやきチキンパンをなめるように回しみて、お菓子のパッケージを眺める。
一応イザークはそれぞれに説明を挟んでいて、その度に専門機関とオットーメルナスがメモを走らせた。
(喉乾いてきた……)
まさかこんなに話しかけられるとも思わなかったし、こんなに喋ることになるとは思いもしなかった。
家出セットの中のお茶が恋しい。
サッとエドワード王が手を上げると、香ばしい匂いのお茶が運ばれてきた。
ほうじ茶と緑茶だ。専門機関がフエギスの水とお茶を手土産に持ってきてくれたそうだ。
周りを見れば、それぞれどちらかを選んでいたが喉の乾いていたイザークはどちらも貰った。
自己紹介はなかったが、分かったことは専門機関に属するために全員が伯爵家以上の階級で翻訳持ちなことと、人間だと思ってた人の一人はヴァンパイア族だったことだけだった。
「機関の方々も、もう遅いですし我が家でお休みになりませんか?」
ハイドロイドの目配せを受けて、オットーメルナスが長々と続くクエスチョンの川を穏やかにぶった斬る。
イザークの家出は4時頃だった。スマホによれば、今は6時半である。
「フエギスの食材をたくさんメイドに仕入れさせたので、イザークくんさえ良ければあちらの料理を作ってくださるそうです」
イザークが作ると聞いて、6人は素早く立ち上がった。時にスピーディーな切り替えだ。
猫もしっぽを立てて、気合いの表情を見せる。
ハイドロイドがこそっと懐中時計を見せてくれたが、そちらでも時計は6時半。どうやら時間は同じらしい。
「僕も公爵家にお泊まりになるんですか?」
「嫌なら王宮に泊まることになるけど、そっちのが良かったかな?」
「まさか!公爵家でお願いします」
はぁはぁショタコン王の元でお泊まりはスリル満点が過ぎる。
とはいえ、イザークの料理の腕が高い高いハードルに乗せられたのは確かだ。
「みゃみゃっ!」
「すまないシトラ殿、是非イザークと共に我が家に」
「ハイドロイド様、猫と話せるんですか?!」
「フェアリーキャットという種族で、魔力が高い人に懐くんだ。イザークも名前を国に登録すればシトラ殿と話せるようになるよ。うちにはシトラ殿はイザークが良ければ連れていきなさい。幸運を運ぶと言われているからね」