食後の紅茶がダリルによって配られて、イザークは再び質問責めにされる。
紅茶は日本で手軽に買えるレベルではなく、フランスのお高めの店で出てくるクオリティ。紅茶にうるさかった祖母が取り寄せているものより、茶葉がいい。
「得意なお料理は他に何がありますか?」
「鶏の紅茶煮とか――得意というかよく作らされたというか……姉が好物で頻繁に。とはいえ一晩寝かせなきゃいけないんですけど。なんて言うか、好き嫌いがその都度違って、家族で一番訳分からないこと言いますから、姉。……昔は親がいない時は『女だから私が作れっていうの!』と言われて、それから家事は俺がやることになったし、それはどうでもいいんだけど……直近でやべーなと思ったのはソープ嬢のなり方の本を読んでて、なんでそんなの読んでるのか聞いたら、彼氏がそこで働いて金を寄越せって言うから、とか言い出すんですよ、風俗!夜に働くにしろせめてキャバ嬢とかガールズバーならまだしも風俗て!だいたい金にたかる男と付き合うのも言いなりになるのも論外でしょ。なんとか別れさせたものの、その前も『私がダメな人間だから彼が管理してくれるんだ!怒ってるのも私の為なのよ』とか訳分からんこと言ってて、服装も髪型も言われたまま!別に知りたくも無かったんですけど下着まで指定されたらしく、元カノと全部比べられて、元カノはもっとテクがあったとかもっと喜んだとか言われてそれに従ってて――付き合う男の度に性格変わるし、しおしおしてると思ったらすげー高飛車に命令されたり、ホント情緒常におかしくて、好きな物食べてる時がわりとまともというか、大人しくなったもんだから作らざるを得なかったというか」
キッチンは再びシンとしたが、先程と違って空気がじわじわと張り詰めていた。
シトラがイザークの肩に乗って、耳をペロリと舐めた。
ダリルがそっとイザークのお茶のおかわりを、甘くて濃いミルクティーに取り替える。
「……親御さんたちは、何かしなかったのかい?」
「うーん、兄貴はフランスの友達と会いたいのになかなか会えないのにイラついてしょっちゅう通話ばっかで、フランスは良かったしか言わないから大学はフランス受験すればって言ったら、そんなことして一人暮らしさせる気かって殴られるからあんまこっちから話しかけないし――。あ、じいちゃんが足悪くしてフランスから日本に同居したんですよ。母さんはおばあちゃんとケンカばっかりで、兄貴とばあちゃんがフランス帰りたい帰りたい言うと、さっさと消えればいいのにって聞こえるように怒鳴ったり――前は俺に料理教えてくれたりしてたんだけど、夕飯近くになってもドラマ見てるから手伝おうかって声掛けたら『料理出来てないと気がついたら自分でやれ!』って言われて、俺が料理することが増えて――なんで気づいてたならやれ!ってしつこく言われるのに、いつだったか『いつも優しいね』って言われて、やれって言われたからって言ったら、『そんなこと言ったことあった?』って。じいちゃんは誰もいない時は優しかったけど、誰か帰ると見ないふりだし――親父に関しては俺は『三人目は要らなかったな』って言われてるんで、親戚の集まりがない限りあんま喋ったことない――一方的に『死ね』とか、フランスにいたら籍を入れないで済んだのにとか……フランスは日本と違って籍入れて結婚するのが少なくて、同じ家に暮らして事実婚が多いんですよね……それを母に合わせたせいでこんなことに、ってなんか悔やんでましたよ、よく」
イザークはミルクティーを飲む。少し冷めていたがやはり美味しい。
こんな事を吐き出したのは、初めてだった。
聞いてくれる人が居なかった。でも話しているうちに自分は誰かに聞いて欲しかったのだと、気がついた。
イザークの頬を舐めるシトラの舌が温かい。
話しながら、実は家族へ怒りを抱えていたことを知った。
「イザークくん、うちにおいでよ」
「オットーメルナス?!」
エドワード王が驚いたように声を上げる。
ジルヴェスター宰相は、考え込むように腕を組んだ。
オットーメルナスはにこにこしていた。
「出来れば、うちの養子にきて僕の四男坊をやって欲しいな〜。勿論たっくさん甘やかすけど、嫌ならいつでも独立していいし。でもしばらくはこのオジサンのとこに居て、ハイドロイドの弟になってくれたらいいなぁ〜」
思わず、ハイドロイドを見上げると彼も優しい笑みをいっぱいに浮かべている。
「おいで」
「いいんですか……?お……僕は料理くらいしか取り柄がなくて……ここの世界のことも分かってないし……勉強は!その、頑張りますけど」
オットーメルナスが席を立ってイザークの真横に腰を屈めた。
その金の瞳は温かい。
「イザークくんのやる事は、ゆっくりこの世界を楽しむこと!やりたいことをやって、無理せずに自由にのんびりすること。心をもっと休ませること。先ずはそこから一緒に、踏み出していこう」
誰もなにも言わなかった。それでもイザークにはこの沈黙が否定的ではないことは伝わった。
「はい!」
少し冷えた指先は、ハイドロイドの熱に包まれる。
ずっと探していた、そんな温かさだった。