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第13話 はっちゃ!めっちゃ!ファミリー①

「フハハハハ!貴様が新しい弟だな?!暗き深淵の暗黒者が貴様の闇に呼ばれてきたぞ!」


  イザークは絶句した。声の主がヒョウ柄のスーツに、虎柄の帽子、蛇柄のベルトに伊達政宗よろしく片目が眼帯だったので。


「くっ……右目が疼く……!さては貴様異世界の者だな!」

「押さえてるの、左目ですけど」


  横でダリルが吹き出さないように体を折った。アベルは一礼していたが、目がスンっと光が消える。

  この独眼竜は誰なのか、先程の自己紹介では何も分からない。


「あの、お名前を聞いてもいいですか?」

「暗き深淵の暗黒者だ!またの名をチューニビック・トッティーモエランディールだ!驚いたか?!」


(そうか、これが厨二病か……)


  名で体を現すシリーズ、これまた新しく登場だ。

  特に増えて欲しくない人員である。


「チューニビック様、恐れながら王立学園にいらっしゃるお時間では?」


  本来ならアベルのセリフなのだろうが、イザークにも聞こえるようにとダリルが気を使って聞いてくれた。

  王立学園とは、ファンタジー定番の学園のようだ。要はサボったのだろう。


「フッ、そこの闇に呼ばれてな。兄の一人として顔を見せてやろうと隠れてスタンバイしていたのだ。深淵なる闇よ、感謝したか?」


「僕の名前は闇ではなく、イザーク・グレイです」

「ふん、なるほど。蒼き深淵なる弟よ、残念ながらそれは違うな。イザーク・グレイ・トッティーモエランディールだ。親父殿は苗字を足すことにしたようだぞ」


  海外でもしばらく前から流行っているスタイルだ。母方の苗字と父方の苗字とどちらも子供に付ける。この場合はどちらも父方だが。


「そうですか、わざわざありがとうございます」

「殊勝な心がけだな、蒼き深淵なる弟よ。俺様を尊敬する兄として崇める権利をやろう」


(一人称俺様かぁ……)


  学園でもこのノリなのだろうかとイザークは余計な心配まで浮かんだ。


「あら、チューニビック。そこで何をしているの?あなた、学園ではなくて?」

「は、母上……」


  ドアにキザに寄りかかっていたチューニビックが慌てて礼を取る。

  アベルとダリルも直ぐに片膝を付いたので、イザークはどの礼儀を採用するか躊躇した。


「あら、まだマナーも習っていないでしょう。自由にしていいのよ、イザーク。初めまして、オットーメルナスの妻、ファランギーヌです。あなたの母よ」


  豪華なヘッドセット、パニエで大きく広がったスカート裾もゴージャスなコーラルピンクのドレスの女性が、侍女とメイドを連れ立って入ってくる。


「初めまして、イザーク・グレイです。これからお世話になります」


(お母さん……か。失敗しないようにしなくちゃ)


『気づいたら何故やらないの』日本の母の声が反射で頭に響く。

  おかしなことに、たった今切実に異世界にきて、新しい家族に入ることを痛感した。


「ま〜ぁ、あの人から聞いてはいたけど……なんて……なんて」


  流麗な唇がぎゅっと引き結ぶ。イザークは癖でとっさに目をつぶった。


「なーーんて可愛いのー!!!腕も細くて……足もなんて華奢……!!十二でこんなに可愛らしいなんて!!」


  気づけばイザークはぎゅむぎゅむに抱っこされていた。昨日のデジャブ感があるが、はぁはぁしていない事と綺麗なご婦人には、変態と叫ぶのは阻まれた。


「あの……僕……その、苦しいです」

「まあ〜ボクちゃん!ごめんね、ゆったりと抱っこすりゅわねぇー!」


(あかん……完全に赤ん坊扱い)


  エセ関西弁で思わずボヤく。

  レースの袖の向こうでは、表情をどこかに落としたダリルと、めちゃくちゃに爆笑堪えてるアベルが見える。


  目で助けて?と訴えたが、両者即座に首を振った。 翻訳能力がないのに、意思疎通が完璧すぎる。


「ボクちゃん、なにか美味しいものを食べにいきまちょーか」

「いえ……さっきお昼ご飯を食べましたので」

「ママ上とおっしゃい!まーこんなに細いのはご飯が足りないのではなくて?」


  ファランギーヌはヒールが無ければイザークと同じくらいの身長だった。

  同じ身長の女性に抱っこされるシュールな十二歳。男の尊厳が枯渇していく。


(僕っていうの止めよ……ボクちゃん呼び辛い)


「母上!!!なにをしてらっしゃるのです!?」


  救世主が現れた。軍服姿のハイドロイドが息せき切って駆けつけたのだ。

  ファランギーヌ登場の時のメイドの一人がその背後に居たので、異様なバブみ求めが異世界の常識ではなかった証明だ。


「あらまあ、ハイド、貴方もボクちゃん抱っこする?」

「しません!!!あー、まさか母上まで崩壊するとは……これだから我が家は……」


  顔色の悪いハイドロイドがイザークを魔の手から救った。

  久しぶりの床の感触が嬉しい。


「イザークすまない、私がいながらこんな事に……!」

「こんな事とはなんです、ボクちゃんお着替えごっこしましょ?」


「イザークの服はフエギスで買い求めたものです!アストリッド国の既製品はサイズが合いません」

「なら、オーダーメイドにすればいいじゃないの!そもそも既製品なんてどういうことなの?」


「イザークが来てまだ2日ですよ?仕立ても何も間に合わないではないですか!何もオーダーメイドを否定してるわけではありません」


  イザークの知るハイドロイドは穏やかで優雅な人物だったが、母を前にするとそれは溶け去るらしい。


(そういや、ツッコミに疲れたって言ってもんな)


「さらばだ、蒼き深淵の弟よ」

「食器を片付けて参ります」


  注目されなくなったチューニビックはムードを読まずに――むしろ読んで退散し、この期を逃さんとばかりにダリルがトレーを持って立ち去る。


「アベル、母上がまたイザークを無理やり抱っこしたり、エランソニアの子供の頃のドレスを着せようとしたりしたら、すぐにイザークを救うように。トッティーモエランディール家の次期当主として、不敬を問わない!」


  アベルは大仰に敬礼した。

  イザークとしても、身の安全が守られるのは幸いである。


「まーあ、よくわたくしがしようとしていたことがわかったわねぇ。とりあえず私はテーラーを呼びますからね!待っててね、ボクちゃん!」


  ファランギーヌが侍女とメイドを連れて退席すると、しばらくぶりの静寂が部屋に満ちた。

  そこに、ハイドロイドの複雑な重いため息が響く。

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