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新たな一面を知り、また好きになる

「あっ、サトーちゃん髪切った!」

 蘭ちゃんが、かわいいねって褒めてくれる。

「二年前に比べたら随分と垢抜けたよね」

 紫穂ちゃんは、相変わらずハッキリとものを言う。

「ありがとう」

 褒めてくれているのは分かっているのでお礼を言っておく。

 二人に出会って二年が経ち、私たちは三年へと無事に進級していた。時間が過ぎるのは早いなぁ。


「サトーちゃんは素が良いからね、ほら肌なんてスベスベだよ」

「紫穂ちゃん、そんな風に触ったら氷室先輩に怒られるよ」

 先輩はもう卒業しちゃってるから、見られることも怒られることもないだろうけど、蘭ちゃんは気を使ってくれる。

「ねぇ最近は先輩と、どうなの?」

 いや、冷やかされているのか。

「最近は、お仕事が忙しいみたいで会えてないの」


 先輩は、半年ほど前から何やら会社のプロジェクトチームに抜擢されたとかで忙しそうにしていた。

 リモートではなく出社する日も増え、そんな時はお姉さん宅で泊まっている。

 寂しいけれど仕方ない。

 先輩は「こんな筈じゃなかった、騙された」なんて言いながらも、休まず仕事をこなしている様子だし、話を聞く限り期待されているみたい。社会人一年目から凄いなぁと思う。

 二年目に入り、さらに忙しくなっていたが、私は自分の寂しさよりも先輩の活躍を応援したいと思っている。


「そうなの、寂しくないの?」

「平気だよ、今夜は久しぶりに会えるしね」

「あぁ、それで。今日は一段と可愛い格好してるもんね」

「そ、そう?」

 良かった、昨日の夜は何を着ようかと迷いに迷ってようやく決めた服装、蘭ちゃんがそう言うなら間違いじゃなかったんだ。

 先輩の隣を歩くなら、せめて先輩の迷惑にならない程度にはと思って私なりに努力しようと思っている。社会人になった先輩はーー贔屓目じゃなく、一段と綺麗なんだもん。

「サトーちゃん、幸せオーラがダダ漏れだよ」


 二人に揶揄われながらもサークルの時間を終え、校門を出た。

「天寧」

 するとそこに、一人の女性が立っていた。

 やっぱりそうだ! 遠くからでもすぐわかる。

 私の彼女、綺麗なんだもん。





「栞菜先輩、どうして?」

「早めに帰って来たから、迎えに来ちゃった。そしたら、なんだか懐かしくなっていろいろ思い出してた」

「え、何を?」

 社会に出ると学生時代が懐かしくなるものなのか。

「そんなの決まってるでしょ」

「ん?」


「天寧先輩、さようなら」

「え、あ、さよなら。またね」


 先輩との話の途中だったけれど、後輩に挨拶されて手を振った。

「先輩? 天寧が……」

 小さな呟きが聞こえ。

「へぇ、天寧先輩なんだ」

 今度はハッキリと聞こえた。

「そりゃ私だって、一応3年……」

 あぁ、そういえば出会った頃の栞菜先輩の年なのか、私はあんなにしっかりしてないけど。

「天寧、帰ろ」

 先輩は私と腕をクイっと組んで引っ張って歩く。周りを気にせず、くっついてくる。

「わっ、栞菜先輩?」

「ねぇ、アレ呼んで」

 歩調を緩め、今度は手を恋人繋ぎにして甘い声で囁く。

「うっ、ここで?」

「うん」


「栞菜ちゃん」


 ふっと先輩の頬が緩んで目尻が下がる。いつもはキリッとしている先輩が、なんともだらしなくーーじゃなかった、可愛らしい顔になる。

 そんな先輩を見て、私も体の真ん中辺があったかくなり、私は間違いなくだらしない顔になっている。


 いつ頃からか、甘い雰囲気になった時にだけ「栞菜ちゃん」と呼ぶようになった。そして、その度に先輩の反応がこんなんだから、更に甘いイチャイチャモードへ突入するのが今までのパターンで。

 部屋以外で呼ぶのも、呼んで欲しいと言われたのも初めてだけど、きっと久しぶりに会えたから甘えたいモードなのかな、私は寧ろ大歓迎だ。

 手を繋いだままゆっくりとバス停まで歩き乗車する。

 するとスッと手は離れ、視線も外された。あれ?

 先輩は窓の外を向いていて何かを考えているようだ。

 お仕事で疲れてるのかな、座れたから気が緩んだのかな?

「栞菜ちゃん?」

 一瞬だけ私の方を向いて、プイっと今度は前を向いた。

 え、怒ってる?

 イチャイチャモードはどこへ……

「さっきは呼んでって言ったのに」

「さっきは、後輩ちゃんが見てたから」

 んん?

 見られてたから、腕を組んだり手を繋いだってこと?

「なんで」

「天寧がモテたら困るもん」

「あはっ。そんなこと、あるわけないのに」

 学生時代の先輩じゃあるまいし。

 ないない、絶対ない。なーんだ、そんなことか。

 笑い飛ばしていたら、栞菜先輩に睨まれた。

 そんな顔も可愛いと思うのだから、たとえ万が一モテたって、他の人は眼中にないのにね。





「栞菜先輩、今日は何が食べたいですか?」

 バスを降りて、スーパーへ向かおうとしていた。

「作らなくて良いよ、早く二人きりになりたい」

 買い出しの時間も惜しいらしい。

 それはまぁ、私も同意だけど、でも。

「ダメです! 最近ちゃんと食べてないでしょ? ちょっと痩せた気がするよ」

「え、わかるの?」

「どうせ冷蔵庫の中は空っぽなんだから、サッと買い物済ませましょ」

「……それもわかるんだ」

 若干拗ねてる先輩を連れて歩き出した。



「ちょ、今作ってるから、もう少しだけ待ってて」

 まだ作り始めたばかりなのに、背中にくっついてくる。

「やだ、ご飯は後でいいから」

「ダメですって」

 会えない時にもずっと思っていた。

 忙しい時には食事を疎かにしてしまう人だから、私に出来ることはこれくらいしか思いつかない。

「やだ!」

「もう、わがまま言わないで」

「天寧はーー」

 あれ、涙声になってる。

 驚いて振り向く。

「天寧は寂しくなかったの?」

「え?」

「私にずっと会えなくても寂しくないんだよね、学校生活楽しそうだもんね、いいよね学生は」

「何言ってるんですか、寂しいし会いたいよ、でも私はーー」

「何よ」

「栞菜ちゃんに会えない日はずっと思ってた、次に会える時まで頑張る自分でいようって」

「うぅ……天寧のそういうところ、嫌い」

 は、なんて?

 嫌い?



 一瞬で頭の中が真っ白になって、何をどうしたか覚えていない。

 たぶん、先輩の部屋を飛び出したんだろう、いつの間にか自分の部屋へと戻っていた。

 何がいけなかったんだろう、嫌われるようなこと言ったつもりはないけど。

 先輩に嫌われたら、これからどうすればいいんだろう。

 ただただ呆然と、佇んでいた。



※※※


 私がその言葉を言った瞬間に、彼女の表情がなくなった。

「あ、違う、そうじゃなくて」

 必死に弁明しようとしたけれど、彼女の耳には届いていない。目の焦点も合っていない。

「天寧、待って! 行かないで」

 もちろん、その言葉も聞き入れられず。



 まただ、またやってしまった。



「ねぇ、どうしよう。天寧が出て行っちゃった」

 私が泣きつけるのは姉しかいない。

「は? 何したの、喧嘩?」

「嫌いって言っちゃって」

「はぁ? あんたの、いつもの天の邪鬼かぁ」

「どうすればいい?」

「すぐ追いかけなさい」

「え、でも」

「このままでいいの? ずっと去るもの追わずでいたら、大切なもの失っちゃうんだよ! いい加減変わらなきゃ」





 部屋の中でぼんやりしていたら、着信音が聞こえてきた。

「あっ」

 一瞬出るのを躊躇ったけど、ずっと鳴り続いているから通話ボタンを押した。

「天寧! 良かった。住所教えて」

「じゅ、住所?」

「うん、バス停は聞いていたけど家の場所まではわからなくて」

「えっ」

「大丈夫、地図読むのは得意だから、住所でたどり着けると思うから」

「はい? 今どこにいるの?」

「今、バス降りたところ」

 あの先輩が、うちへ来ようとしてる?

「ちょっと待って。迎えに行くから、そこで待ってて」

「あ、うん、わかった」


 財布と鍵を握りしめて、部屋を飛び出した。

「あっ」

 途中でスマホを置いてきた事に気付いたけど、そのまま歩いた。

 最寄りのバス停に……

「本当にいた」

 それは不思議な光景だった。


「栞菜先輩」

「あ、早かった。おうち近いの?」

「はい……こっちです」

「あ……いいの?」

「え、ここまで来ておいて今さら遠慮する?」

「勢いで来ちゃったけど、ここで待ってる間に少し冷静になったら、いいのかなって思って」

 しおらしい。


 こんな表情は初めて見たかもしれない。

 さっき、先輩を見た時に感じたこと。

 部屋着のままだし、サンダルだし、バッグも持たずに、慌てて来たっていう感じがして、それが不思議だったんだ。


「栞菜せんぱ……栞菜ちゃん、来て」

「うん」

 そんなに遠くはないので無言で歩いた。先輩の履くサンダルの音を聞きながら。

「狭いですが、どうぞ」

「ありがとう、お邪魔します」

 先輩の部屋に比べたらかなり狭い1DK。

 座布団代わりのクッションに座ってもらう。

「あぁこれ、気持ちいい」

「人間をダメにするってやつです」

「あ……」

 何かを思い出したように、先輩はクッションから離れ、直接ラグに座った。

「天寧、ごめん」

 改まって頭を下げる姿を、私はまた不思議な気持ちで見つめた。

「嫌いっていうのは本心じゃなくて、その、なんと言えばいいのかーー」

「栞菜ちゃんが思ってること、ゆっくりでいいからなんでも話して」

「わかった」




「今日ね、ようやく大きな仕事が一つ終わって、やっと会えるって思ったら嬉しくて、時間見たらまだ学校にいるんだろうなって思ったら、少しでも早く会いたくて学校へ向かったの。思い出してたのは、天寧と出会った時のこととか、その後のこととか、懐かしいなって思ってたら天寧が出てきて。そしたら『天寧先輩』なんて呼ばれて、嬉しそうに手なんか振ってるし、なんか無性に悔しくなって。天寧ったら、あの頃より可愛くなってるし、その子はずっと天寧のこと見てたし、あれは絶対勘違いなんかじゃないーーあ、ごめん。嫉妬だっていうのは分かってるんだけど。天寧は、私なんかと違って素直だし本当にいい子だから、みんなに好かれるのは当然なんだけど、だけど何だか嫌で。だから、つい、嫌いなんて言っちゃって」

 許してくれる? と言う先輩の真剣な眼差しを受けてなお、不思議な感覚だった。

 今日一日の、先輩のいろんな顔や行動や諸々……

 そうか、先輩らしくないんだ。

 今までの先輩では考えられないようなことをしてる、でも、それはきっと私のためにしてくれたこと。

「栞菜ちゃんが、こんなに喋ったの初めて見た」

「うぅ……」

 見るからに狼狽えていてそれも新鮮だったけど、さすがに可哀想になる。

「違うの、嬉しいんだよ。追いかけてきてくれた時点で、もう許してる」

「ほんと?」

「というか、許すもなにも、ショックだったけど怒ってたわけじゃないもの」

「別れるとか言わない?」

「言うわけない、私は栞菜ちゃんしか見えてないもの」

「天寧」

「栞菜ちゃん、一つお願いがあるの」

「なに?」

「抱きしめて欲しい」

 そう言うと、先輩は優しく微笑んだ。

「おいで」

 そして手を広げてくれた。

「あったかいね」

 あぁ、好きだなぁ。先輩の腕の中は、やっぱり安心できる。

「今日はうちに泊まってく?」

「うん」

「ベッド狭いけど」

「いいよ、なんなら今から」

 そこは、先輩らしい。

「いやいや、まずはご飯でしょ」

「あぁ、安心したらお腹空いた」

「作るから待ってて、オムライスでいいよね」

「うん、ケチャップでハート書いてね」

「子供か」

 ようやく見られた先輩らしい笑顔。


 リクエストされる前に考えていた、ケチャップでLOVEって書いてあげよう。


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