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第四十七話 side:U 動揺と嬉しさと

指輪を見た俺は溢れる涙を流しつつ「嬉しい・・・」とようやくそれだけ言えた。

ーーとか、綺麗にしたかったが実際は、


「ほ、ひぇ・・・?!」


と、よく分からない声が漏れた。嗣にぃと嵌められた指輪とを交互に見る。

うん?!あれ?!指輪?!新しいの?!結婚?!誰と?!あ、俺とか!!でも俺ってもう奥さんでは??あ、それはあさか?待って、違うな。今、嗣にぃと付き合ってるのは俺だもんな?!脳内ではしっちゃかめっちゃかに騒いでいた。要するに、俺は大混乱をしていた。あーだこーだと思っているところで、ゆうくん?と名前を呼ばれる。

そこで我に返って嗣にぃをもう一度見た。俺の手を握ったまま、不安そうな心配そうな顔で見つめていた。


「あの、えっと、あの。こう、この前?お付き合いを始めた感じだったから、こう、ほら・・・びっくりして。あ!嬉しい!すごく嬉しいです!でも吃驚して・・・!」


俺はしどろもどろになりながら、説明をする。上手く言えないのが情けないやら恥ずかしいやらで、言葉を重ねるたびに頬が熱くなるのを感じていた。

そう、嬉しい。思いが通じただけでも嬉しかったのに、結婚して下さい、って・・・俺は見た目はともかくーーあさとそっくりだしな!くそっーーどうやっても男なわけで。色々と、それこそ嗣にぃの未来を考えれば、俺は身を引くべきなんじゃないかな?とは思ってしまう。・・・まあ、そうは言っても離れられないけれど。そんな、現在の日本ではマイナス面の方が大きいというのに、それでもちゃんと一緒になろうと・・・あれ?


「・・・正式な結婚ってどうやんの・・・??」


思っていることを、俺は思わず口にしていた。嗣にぃは、一度俺の手を離すと席を立ち、俺の隣へと座る。そうした上で、再度俺の手を取って引いた。それに従い、嗣にぃの膝上に座る。・・・このポジもすっかりと慣れたな・・・俺・・・。いつも思うけど、この人、重くないのだろうか・・・。


「籍の話だよね?日本だとまだ同性婚は無理だからねぇ・・・手っ取り早く、養子縁組かな?」

「養子っ?!え、嗣にぃの子供になるってこと・・・?俺が親じゃないよね・・・?それとも兄弟・・・?」

「養子縁組は年上が養親なんだよ。だから僕が親かな。ああ、そうか・・・弟も有りかな・・・?麗華さんが喜ぶだろうねぇ」


おお、色々と調べてるんだな・・・嗣にぃ。俺は付き合ってるだけで満足して、浮かれているだけだったので、少し恥ずかしい。嗣にぃの肩に頭を預けて、息を吐く。

養子縁組かぁ・・・うちは桐月さんのようなご大層な家ではないし、相手は嗣にぃだし、ちゃんと説明すれば大丈夫な気はするけど・・・ああ、そうか親にも説明しなきゃなんだなぁ。・・・麗華さんとか明敬さんにもじゃん。ひぇ。大丈夫かな・・・『自慢の息子を!』とかならないだろうか。あ、でも今嗣にぃは麗華さんが喜ぶって・・・。


「麗華さんとか・・・明敬さんは、反対しない・・・?」


その場所から見上げながら、首を傾げる。嗣にぃは、まさか、と笑った。


「麗華さんは、まず大丈夫だろうね。あの人は昼乃さんとねぇ・・・父も大丈夫だと思うよ。発想が自由な人だからね。僕としてはむしろ笹之介さんが怖いかな・・・」


遠い目をしながらそう呟いた。え、父さん?父さんは・・・。


「ちゃらんぽらんだから大丈夫じゃない?」


父さんは子供の俺から見ても随分と自由奔放だ。母さん一筋で俺たちを大事に思ってくれているのは分かるが、あさとは違った意味で自由な人なのだ。なので、こういうことになっても『そっかー2がいいなら、いいんじゃない?』と笑う姿しか浮かばない。母さんは母さんで『ゆうがいいならいいよー』だと思う。

俺の返答に、嗣にぃは苦笑した。


「いやぁ・・・怖い人だよ、笹之介さんは・・・」


矢張り嗣にぃは遠い目をして呟く。そうかな?と俺は不思議で首を傾げていた。ところで、と嗣にぃが続ける。


「式も挙げなおそうよ。二人で」


俺の髪へとキスを落としながら、嗣にぃが抱きしめてくる。式か・・・。


「え、でも二度もウェディングドレスはなぁ・・・」


俺が呟くと、嗣にぃは一瞬俺を見遣ってから、はは、と笑った。


「そこは女装でなくてもいいんだよ。だって僕はあーちゃんとじゃなく、ゆうくんと一緒になるのだから。ゆうくんの姿でいいんだよ」


そう言って、今度は俺の頬にキスをした。

ああ、そうか・・・春見あさ、じゃなく、春見ゆう、とか・・・。俺と結婚したいんだよな、嗣にぃは。え、なんだかそれは・・・かなり、嬉しいような・・・。じんわりと心に感動が広がって、自然と俺からは笑顔が漏れてしまっていた。


「俺、嗣にぃの和装見たいなぁ・・・絶対に似合うよ。成人式の時も和装だったよね?あの時も、凄く格好いいなぁ、って俺思ってたんだ。だから、式を挙げるなら和装がいいなぁ・・・。あ、でもタキシードもめちゃくちゃ格好良かったよ?」


その時の俺はまだ小学生で、憧れの大好きなお兄さんと思っていた頃だったがーー俺が本格的に嗣にぃが好きだと気づいたのは中学に入ってからだったのでーー、それでも、あの頃の嗣にぃを覚えている。嗣にぃを見ると、僅かに頬を赤くしていた。可愛い反応だなぁ、と思う。ここ最近はこういう姿も見られるので、本当に嬉しい。あー。ここにあさがいればなぁ・・・話せただろうし、あさは祝ってくれる気がする。


「嬉しいことを言ってくれるなぁ・・・この奥さんは」


ちゅ、と俺の頬にもう一度キスをしてくる。俺は頭を上げて、嗣にぃの頬へとキスを返した。


「・・・その奥さんを、大事に可愛がってよ・・・」


今度は嗣にぃの唇の端にとキスをする。おおよそ、前の俺では言えなかったような台詞だ。今でも多少は恥ずかしくて、頬も耳も熱い。嗣にぃは、抱きしめていた一方の手で、俺の腕から肩を撫でてから、顎を捉える。そして俺の唇を何度も啄んだ。


「勿論。満足して貰えるまで頑張るつもりだよ?」


そう言いながら、触れるだけのキスから深いものへと変わる。唇同士がしっかりと重なり合って、歯の合間から、嗣にぃの舌が入ってくる。


「つ、ぐに・・・ん・・・」


息の合間に名前を呼ぶと、その片手が強く俺を抱きしめた。咥内を舐ってくる舌に自分のものを絡ませて、緩く、吸うと、今度は俺の舌を強く嗣にぃが吸ってくる。


「ん、っ・・・ぁ・・・」


互いに舌を擦り付け合わせると、どうしようもないくらいに気持ちよくて、俺は自分から嗣にぃの首に手を回していた。俺ってば、そのうちキスだけでも達してしまうのじゃなかろうか・・・。それぐらいに快感が強く生じるのだ。

ゆっくりと嗣にぃの唇が離れていく。あまり長めのキスでもなかったので、俺は名残惜しくて、離れる唇を追って啄んだ。


「こらこら。積極的で可愛いけど、続きは寝室でね?」


嗣にぃが、ちゅ、と音を立てて俺の唇を吸う。そして俺を横抱きにして立ち上がった。ん?!あ、これ、今から行くやつ?!いや、キスをしたがったのは俺だけれども?!


「あ、ちょっ・・・い、今から?!」

「今から」

「だって、あの、テーブルの上そのまま・・・っ!」


俺が言うことなど一向に気にしない様子で、嗣にぃは寝室へと向かう。

俺が言った通り、テーブルの上は片付けなどしていないので、そのままの状態だ。


「ゆうくんは今から気を失っちゃうと思うから、僕が片付けるよ。安心していいよ、奥さん」


出来た夫でしょう?と俺の額に口付けた。

いやいやいや?!気を失うって何さ?!安心なんか一つもできませんけど?!

それ、かなりの濃厚セックスじゃん・・・!ああああああああ!くそーーー!俺はいつも通り、シャワー浴びて万端なんだよなああああああ!

最近浮かれている嗣にぃはーー前は狂いまくってたけど、最近は浮かれまくりだーー、夜の行為もけっこう変なことをしたり言ったり・・・いや、前からか・・・?

今夜も絶対におかしなこと言うのだろうな、と思いながら俺は半ば諦めて身体を預けた。


ちなみに、裸エプロンさせられた。エロジジイめーーー!



「その後はどうだい?と聞くのは野暮かな?」


相変わらずの気遣いで俺へとコーヒーを差し出しながら、姫先輩が首を傾げた。俺は頭を下げてそれを受け取る。

大学はとっくに夏休みだが、俺はちょくちょく同好会の部屋に来ていた。というのも、先輩の歴史資料まとめを手伝っているからだ。元々歴史が好きなこともあって、色々と話しながら先輩と作業するのは楽しい。・・・嗣にぃが結構気にしていることを除けば、だけど。今日もそんな日の一日だ。


「先輩のおかげで、上手くいっているかな、と」

「そうか。それなら良かった。春見が幸せなら口を出した甲斐があったね。まあ、桐月さんには嫌われたようだけど」


はは、と可笑しそうに先輩は笑う。うーん・・・嫌いというか、嗣にぃは先輩を警戒しているのだ。俺も先輩も浮気なんか考えてないので無駄だと思うが・・・しかし今日も綺麗な人だ。俺がぼけっと先輩の顔を見つめていると、頭を軽く叩かれた。


「春見が好いてくれるのは嬉しいけどねぇ・・・そんな顔して見ていたら、勘違いする人間も出てきてしまうよ?桐月さんも心配だろうに」


そのまま、俺の髪をくしゃりと撫でる。


「いやいや。そもそも先輩みたいに綺麗な人、なかなかいないから大丈夫です。見ませんから。先輩、めっちゃ綺麗ですし」


ちょっとばかり先輩と距離が縮まった俺は、結構遠慮なく先輩を褒め称えるようになった気がする。綺麗なものは綺麗だしなぁ。というか、一度、嗣にぃと並べて写真撮ってみたい・・・それをスマホの待ち受けにしたら、目の保養どころじゃないと思う。俺はコーヒーをテーブルの上に置いて、両手の親指と人差し指で四角いフレームを作って、先輩に合わせてみる。絶対にいいぞ、これは。

先輩は俺の様子に目を瞬かせるも、次の瞬間には苦笑を漏らす。


「君と言うやつは・・・ところで、日曜日は大丈夫なのかい?」

「あ、はい。小早川会長もですよね?」


先輩が俺に尋ねてきた日曜には歴史同好会でーーと言っても参加者は会長に先輩に俺、といういつメンであるーー出かける予定となっており、中学も高校も帰宅部を貫いた俺としてはこういう集まりは初めてで、楽しみだ。

しかし先輩は困ったように、うーん、と唸った。


「それがあの人・・・忘れててバイトを入れたようでね・・・春見と俺と二人なんだけど・・・どうだろうか?嫌であればもう一度予定を組み直すよ?」

「えっ。あーと・・・先輩が大丈夫なら、俺は二人でも問題ないですよ」


俺がそう言うと、先輩の顔がパッと明るくなる。


「そうかい?なら二人で行こうか。二人なら、俺が車を出そう。その方が歩き回るよりは、暑さも少しはマシそうだ。春見の恋人の車みたいにご大層なものじゃないけれどね」


俺は車種なんてさっぱりわからない人間なので、外車だなぁ、という認識しかなかった。何気に乗せてもらっているあの車は『ご大層なもの』なんだな・・・初めて知った。それよりも先輩の運転、というのがこれまた楽しみだ。

俺が二つ返事で答えると、先輩はまた苦笑を漏らして、


「なるほど・・・桐月さんも大変だね・・・」


と零したのだった。何がだろうか?

何はともあれ、日曜日は先輩とお出かけである。今から楽しみだ。

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