とにかく、先輩の説明は凄かった。さすが歴史好きと豪語するだけあって、そんじょそこらの知識ではない。用意してくれた資料兼しおり以上のことを、しかもそれを面白おかしく軽快に話してくれる。俺はひたすら、それを聞いて頷きながらメモをとる。が、追いつかないくらいだった。
「ああ、喋りすぎたかな・・・すまない、つい夢中になって」
俺の様子に気付き、先輩は少し恥ずかしそうに困ったように、首を傾げた。
「そんなことないです!大丈夫です!楽しいです!俺が知らないこともとたくさんあって・・・凄いですね、先輩」
俺が食い気味にそう言ったので先輩はきょとんとしたが、にこりと笑いながら俺の頭を撫でた。
「ははっ、ありがとう。そう言ってもらえると、嬉しいよ。これが会長だとアメでも舐めがら『要するにこの城が堅固ってことだな?』なんて聞いてくるんだ。総合するとそういうことだけれどね・・・張り合いがないったら・・・」
先輩が肩を竦める。先輩が言った会長の姿が容易に想像できて、俺は少しだけ笑ってしまった。
「会長らしいですね・・・でも要点はわかっていると言うか・・・」
「そうなんだよ。ああいうのを地頭がいいと言うのかもしれないな。割と先生受けもいいし成績もいいんだ。うちの系列で塾講師をしてもらっているけれど、子供達に大人気でね。よく子供をぶら下げているよ」
それも想像に易かった。背も高いし、運動選手ということもあって力もありそうだ。一度だけ、練習風景を見かけたことがあるが、普段はダルっとしたジャージに隠れている体躯は筋肉隆々で、重そうな槍を軽々と投げていく様は壮観の一言だった。嗣にぃとはまた違った筋肉のつき方で、あれはあれで格好良い。あさが好きそうだなーー好きと言うか登るな、あいつだったらーーと思ったのを覚えている。
「会長ってもう、就職は決まってるんですよね?」
「早々にね。うちで採りたかったんだが・・・桐月に盗られたよね・・・まあ、家が近いという単純な理由だけれども・・・」
はは、と先輩が乾いた笑いを漏らす。ウォフ・・・地雷だった・・・。そんな争奪戦も優秀だとあるのだなぁ・・・、俺が絶対に参加できそうにないやつだが。いや、これは卑下ではなく、正当な自己評価だ。
会長はおかしをぼろぼろこぼしながらでも姫先輩の渡した資料はさっと目を通して、要点のみ頭にいれてるみたいだし、運動もできると言うことは、自分の使い方をよく知っているということだ。成績も優秀でそれに加えて人当たりも良いともなれば、優良物件間違いなしには違いない。・・・まあ、同好会室ではだらっとしてるところしか見ないけど。そういえば、就職活動中のスーツ姿で落ちた女性が多かったらしい。背が高いし足めっちゃ長いもんな。
「まあ、かと言って桐月さんに私怨は混ぜていないよ?それにしても、その桐月さんは随分と心配性だね?」
再び歩き出しながら、先輩が苦笑を零した。
あああああああ・・・朝にあんなことを嗣にぃがするから・・・。
「ですねぇ・・・一緒に来たがってて、流石に断りました・・・。あ、先輩の恋人さんは大丈夫ですか?こんなデート日和に」
「ああ、うちは大丈夫だよ。快く送り出してくれた。みやげに和菓子でも、て言われたくらいさ。そこは年上だからね」
と言って余裕の笑みを浮かべる。どんな美女なんだ、それ。おっかしいなぁ、うちも年上なんだけどな・・・先輩の恋人さんは本当に大人だ。
いや、俺とどうこうする前の嗣にぃは結構しっかりとした大人に見えたんだけどな?ここ最近ーー特にお互いにちゃんと気持ちを伝えてからはーー崩れっぷりが半端ない。でもヤキモチって嬉しいけどこう言う出かける時はちょっと面倒臭い、とも思う。先輩のところはそういうのがないようで・・・包容力のある大人の恋人っていいな。・・・嗣にぃも十分大人だけど。・・・まあ、そうは言っても嗣にぃも大好きですしおすし。
ああ、そうだ。俺も嗣にぃに何かお土産買って帰ろう。先輩ならいい感じの店も知ってるだろう。後で聞いてみよう。
「春見、ちょっと休んでお茶でもどうだい?あちらに茶屋があるんだよ」
先輩が指差す方を見ると、そちらには城と合わせてか和風のカフェらしきものがある。軒先にはテラス席もあり、俺と先輩はそこに場所を取る。涼しい店内は既に満席だったからだ。
ちょっと待っておいで、と先輩が店内に入って行った。
軒先は日陰になっていて、外とは言っても多少マシだ。
今日は天気がいいからか、人が多い。観光客っぽい人やカップルっぽい人や。子供連れもちらほらいる。花の名所だし、資料館の他に子供向けの遊園地みたいなものもあるようだった。
歩いている人達をなんとなく見遣る。うわ・・・向こうの2人、背が高いな・・・。後ろを向いていて、顔は確認できないが、背が高いこともあってスタイルがいい。会長よりは低そうだが。今度は会長も一緒に何処かへ行ってみたい。会長と先輩の掛け合いは聞いているだけでも楽しそうだな、と思う。
「どうぞ」
声と一緒に、目の前に置かれたのは七色のかき氷だった。
先輩が買ってきてくれたものだ。
「レインボーかき氷、というらしいよ?」
「あ、すみません・・・!お幾らでした?」
俺が膝の上に置いていたリュックから財布を取り出そうとすると、先輩がそれを片手で止める。
「いいよ、これくらいは。俺の蘊蓄に付き合ってくれる礼だよ」
いやいや、俺は聞いてて楽しいのだけどなぁ・・・しかし、あまり遠慮するのも逆に失礼かもしれない。
「えっと、じゃあ・・・頂きます。ありがとうございます。でも先輩の話は飽きないし楽しいですよ。俺、好きです」
そう言うと、先輩は嬉しそうににっこりと笑って、俺の頭を撫でる。
そういえば、先輩はよく俺の頭を撫でる気がする。まあ、俺は俺で先輩によく見惚れているけど。
「春見は嬉しいことばかり言ってくれるね。溶けないうちにどうぞ」
勧められるままに、スプーンを手に取り、一口頬張る。ひんやりとした甘さが口の中に広がった。外が暑い分、それは凄く美味しく感じる。
「そういえばね、この間・・・春見を拾った時に、運転してくれた奴覚えているかな?」
先輩もかき氷を頬張りつつ、首を傾げる。
あの時は体調が悪いわ気が気じゃないわで、碌に挨拶もできなかったサングラスの人のことだ。
「あっ、ちゃんと挨拶できずに、顔もよく見てなくて・・・すみません。いつかお礼をしたいなって思いつつ・・・」
「ああ、そんなことはいいんだよ。いやそいつに彼女ができてね。まだ見せてもらってないんだがぞっこんでね」
ああ、そういえば・・・二人がそんな話をしていたことを思い出す。
「へえ、いいですね」
「まあ、そこまでならね。なんとまあ、その彼女にできてしまったんだ」
「え」
できるとは、ああ、そうかーーできてしまったのか、子供が。
「あいつは谷虎太郎と言ってね。俺の従兄弟で同い年で・・・学部は違うが、同じ大学なんだよ。名前だけなら歴史同好会の会員でもある」
なんと?!先輩と一緒ということはーー・・・あー・・・。
「学生結婚なんですね?」
「ご名答。学生の身分でけしからーーーーん!と大目玉さ。でも、あいつ・・・兄さん達にも普通に可愛がられてるからね。その子供か!と騒いで、毎日祝いと説教とを交互に受けているみたいだよ。伝え聞くだけで騒がしそうだろう・・・?いやぁ、出ててよかったよ・・・まあいずれ、その彼女さんには挨拶しないといけないけどね」
祝いと説教のステレオはちょっと嫌だなぁ・・・ま、まあ先輩の家なら学生結婚でも問題なさそうだけど。あー・・・学生でか。まあ俺も女の子だったら、とっくに妊娠してるかもしれないくらいはしてるな・・・って何を考えているのやら、俺は。あほか。
変なことを思い、ちょっと赤面ししてしまう。それを見た先輩が、熱中症じゃないよね?大丈夫かい?と心配させて申し訳ない気持ちだ。
その後に「すまない、うちのことを」と苦笑を浮かべながら謝られたけど、親密になれた証っぽくて俺は嬉しかった。かき氷を食べた後は、先輩の説明とともに城内を歩いた。
天守からの相模湾の眺望は、夏の陽に水面がキラキラと照らされており、素晴らしく美しかった。資料館をまわった後、お昼にしようということになった。
そのときの、デートっぽいな、と思ってようやく嗣にぃがうるさかった理由がわかった。あーーーねーーー・・・確かに、これは・・・。ヤキモチ面倒臭い、とか思ってしまって悪かった。ごめん、嗣にぃ。いやぁ、遅すぎるな、俺な・・・。
でも、まあ、先輩とのお出かけは、楽しいんだよなーーー!
※
ランチは駅近くにある海鮮料理店に入った。広めの店内は綺麗で、洒落たな和モダンの内装で纏められており、落ち着いた雰囲気だ。カウンター席へと、二人並んで座る。
「まかない丼、というのが人気らしいよ。春見もそれでいいかい?」
「あ、はい。俺、なんでも美味しく食べれるのが自分の長所なんで!」
それは確かに長所だ、と笑いながら先輩がそれを二つ注文する。
ところで先輩が歩くたびに、結構な人が振り返る。今、オーダーを取りにきた店員さんは男だったが、先輩をまじまじと見ていた。先輩の綺麗さはどこかで、と思っていたが・・・そうだ麗華さんだ。嗣にぃのお母さんである麗華さんも、似たような感じの佳人だな、と思い出す。いやぁ、一緒にいる人が綺麗だと、なんだか鼻が高い気分だ。嗣にぃのときも人は振り返るが、それは大体女性なのだ。まあ、イケメンですからね。俺の夫ね!
先輩と雑談をしていたら、注文していた食事が運ばれてきた。
人気なだけあって、種類豊富なぶつ切りの刺身がのった海鮮丼で、量もかなりある。かまぼこやキュウリが良い色のアクセントになっていて、食欲を誘った。
二人で並んで、いただきます、と手を合わせて頬張る。
「美味しいね、これ・・・山葵油であらかじめ和えているのか・・・へぇ」
「色々な魚が入ってますね」
先輩と仲良くなり、昼なども共に食事をしていて驚いたのは、結構食べるところだ。それは俺も一緒で、嗣にぃに言わせれば『その細い身体の何処に入っていくんだろうね』らしいのだがーー先輩を見ていると、ああこれか、と思い至った。
というわけで、今日は二人で色々と城内でも買い食いをしていたりする。
もりもりと俺が食べていると、先輩がこちらを見て手を伸ばしてきた。
「春見、ご飯粒が・・・・・・ほら」
どうやら口端に米粒をつけたまま、俺は食べていたらしい。はっず。子供かよ・・・と恥ずかしさに頭を掻いたところ、先輩が取ってくれた米粒をひょい、と食べてしまった。
「えっ」
俺が驚くと、今度は先輩が、ああ・・・、と赤くなる。
「すまない。兄が常にしてきていたものだから・・・どうにも染み付いてしまっていてね・・・。恋人にも注意されたんだが、一朝一夕でなおるものでも・・・」
と、そこまで先輩が言ったところで、後ろの席でガタン、と大きい音がした。俺と先輩がビックリして振り返ると、そこには真面目を絵に描いたような、けれど整った面立ちの長身男性が、眉を吊り上げて立っており、離れた席には額に手を当てて天井を仰ぐーー嗣にぃ、がいたのだった。
おいーーーーーーーーーーーーー?!?!?!