「嘘だろマジか・・・」
桐月の家の者として言葉遣いを含めて立ち振る舞い等も教育されてきたが、僕の口からは思わずそう出ていた。
大濠くん、君ってやつは・・・・・・馬鹿なのか?馬鹿なのかな?!
大濠くんは立ち上がるだけでは飽き足らず、足早に二人の席後ろまで行ったのだ。
ありえない。本当にありえない。尾行って単語を辞書で調べて欲しい。ありえない。
そもそもここに来るまでだって、隙をついては近くまで行こうとする彼を何度も止めたし、ちゃんと話したはずなのだ。バレては困るよね、と何度言ったか。
不審者丸出しの彼を、どうにか取り繕って、ここまで来たというのに・・・。
そもそも大濠くんの相手が谷くんと言う事実に大きな声を我慢した僕の努力はどうしてくれるのだ。
仕事に関しては絶対にこんなことはないのだが・・・まあ、僕もゆうくんに溺れつつ大概浮かれている毎日だから、大濠くんもそうなのはわかるけど。
でも、今のは本当にない・・・。そして、大濠くんは後ろまで行ったくせに、
「・・・三成、何故そこにいる」
地を這うような谷くんの声に顔を青くして、
「・・・人違いだ・・・」
と、絶対に120パーセント、いや1200パーセント騙せない嘘を吐いた。大濠くんが考えられない嘘を言った時、僕の口からは二度目の「嘘だろマジか・・・」が漏れたのは言うまでもない。
僕の前に戻ってくると、そろそろと椅子に座って、水を飲む。
いやいやいや、よく座れたね?!飲めたもんだね?!君ね?!?!
谷くんが人も殺せそうな目つきで大濠くんを振り返って睨んだ時、僕も一緒に睨まれた。・・・もう勘弁して欲しい。これ以上、谷くんの好感度は下げたくなかったのだが。
そしてゆうくんとも目があってしまった。ゆうくんの方は谷くんと違い、唖然とはしていたが怒っているわけではなさそうに見えた。が、今はゆうくんに嫌われたり呆れられたりして別れを告げられるのが一番怖い。
「おっさんの嫉妬には付き合ってられない」とかさぁ・・・どう言えば許してくれるだろうか。せっかく告白もプロポーズもして、蜜月真っ最中なのに・・・。いや、尾行なんて手段に出た僕も愚かなのだけど。
時間が止まったかのような静かな時間が、ゆっくりとゆっくりと流れていく。途中まで、ゆうくんと同じもの食べて、ちょっと遠いけどデートみたいだなーー同行相手は大濠くんだが・・・ーーと良い気分味わってたというのに・・・今やどん底だ。地獄の一丁目。
そんな時、ピロリン♪と電子音が響いた。どうやらそれは大濠くんのらしく、スマホを取り出してチェックしている。
画面から顔を上げると、大濠くんがスマホを僕へと見せてきた。
「これを食べたら話し合いだ」
あああああああああああああああああああああああ・・・勘弁してくれええええええええええええええええええええええ・・・。
このままゆうくんを掻っ攫って帰ってしまいたい・・・。
その後のランチは、まともに味なんかしなかった。ゆうくんと帰りたい・・・。
※
場所をファミリーレストランへと変えて、四人で向かい合う。
僕の隣には大濠くん、僕の前には谷くん、そして谷くんの横にはゆうくんがいる。
おかしくない?この並び・・・。逆だと思うのだけどなぁ・・・。先ほどから、目の据わった谷くんが僕らを見遣りつつテーブルを指先で叩いていた。
ところで、ここへと移動してくる途中、谷くんはきょろきょろと辺りを見渡してから人がいないことを確認すると、華麗に飛び蹴りを大濠くんに喰らわせた。ごろごろと転がっていく大濠くんを見て、人間ってあんなに跳躍できるんだ、と軽く感動しつつ、僕とゆうくんはお互いに顔を青褪めさせた。まあ、ゆうくんがそれを喰らうことはないだろう。されるなら僕だよね・・・そしてそんな子の前なんだよね・・・。
「それで?偶然にも二人とも此処に?」
にっこりと笑みを浮かべながら、谷くんは首を傾げる。
分かってて聞かれてますよね、わかります・・・。
「いや、その・・・」
大濠くんも僕も、ごにょごにょと口籠って、情けない限りだ。
ゆうくんは何とも言えないような表情だった。呆れたような、憐れむような。
ああああ・・・いっそ怒って欲しい・・・!
「ねぇ、三成。お前、俺を出す時になんと言ったか覚えているか?」
「・・・・・・・・・いや、その」
「おや?その年齢で痴呆だろうか?これは困ったものだね?」
「・・・・・・・・・・・・いや、その」
「忘れたならばここで言ってやろうか?お前と違って俺は覚えているからね。いいか、お前はね・・・」
「わ、悪かったっ!!!」
大濠くんが耐えかねてテーブルに両手をついて、机に打ちつけんばかりに勢いよく頭を下げた。・・・若干鈍い音が聞こえたので、額を打っているかもしれない。
何を言ったんだろうか、大濠くん・・・申し訳ないけれど、そちらが気になってしまった。
しかし、うん。ゆうくんを連れて帰りたい・・・。せめて席を代わりたい・・・。これ、もしかして戒めも含めての席だろうか?だとすれば谷くんは、なかなかにえぐいな・・・。
「・・・快く送り出しといて、この#為体__ていたらく__#・・・春見にも大人な恋人さんですねと褒められたのに・・・お前と来たら、全く。隣の桐月さんの方が幾分かマシなんじゃないか?よくも俺の面目をまる潰しにしてくれたものだね?」
「だから、悪かったと・・・!お前を信用していないわけではないが、どうにも2人きりというのが心配で・・・!」
フン、と谷くんはせせら笑い、ゆうくんは苦笑を浮かべつつ、立ち上がった。
え、え、え、どこ行くんだろうか・・・。僕がチラチラとゆうくんの方を見ている間も、クロスになっている二人の話は続く。
「ここ最近、二人でいる時も、さっきの後輩のことばかりじゃないか・・・この前は谷の家に連れて行ったと言うし・・・。心配にもなるだろう・・・」
そんなにゆうくんのことを話すのか、谷くん・・・それは心配に・・・・・・いや、ゆうくんもかなり話すな!!谷くんのこと!!!まあ、でもそれは単純に。
「春見と接する機会が多いんだから、仕方ないだろう」
谷くんが、僕が言いたいことを繋げてくれた。
そうそう。多分それだと思う。ウマがあっているのか、ここ最近の谷くんとゆうくんは休み中であっても、二人でよく同好会の何かをしている。人間、よく会う人の話題になるのは仕方ないことだ。まあ、でも、ね。
「そ、そうだとしてもだ・・・!俺は、俺は・・・お前でないともう無理なんだぞ?!そんなお前が、別の人間のことばかり話していてみろ・・・!気が気じゃない・・・!」
これ、本当に・・・場所を変えた方がいい気がするんだけどなぁ・・・。口を挟むことは出来ないし、僕がなかなかに居た堪れない。
しかし、話を聞いた感じだと谷くんがベタ惚れのようだったが、大濠くんの方がベタ惚れな気がするけれど、どうなのだろうか。大濠くんの言葉に、谷くんの眉がピクリと動いた気がする。
そんなところに、ゆうくんが戻ってきた。手にはお盆を持っていて、その上にはグラスがあった。それぞれにアイスコーヒーを配り、自分の前には違うものが入ったグラスを置いて座った。オレンジ色のそれは、恐らくオレンジジュースだ。うんうん、知っているよ。コーヒーが嫌いというわけでもないが、ゆうくんはどちらかと言えばまだ甘い方を好む。あー可愛い・・・こんな時に、気遣いができるなんて。・・・連れて、帰りたい。せめて隣なら、腰を抱くくらいできるのに・・・。
「ありがとう、春見。ほら、この通り、俺の後輩は可愛いだろう?」
「それはそうだとしてもだな・・・?!」
「俺はお前を疎かにしたつもりはないのだけれどね?・・・恥を知れ、恥を」
そう言って、谷くんはそっぽを向いた。その谷くんの服の裾をちょいと摘んでゆうくんが引っ張るーー激かわあああああああ!僕がされたい・・・!ーー。
「先輩、あの・・・俺が言えたことでもないんですけど、もしものことがあったらって気持ち、わかります。先輩を信頼してても、やっぱり・・・考えちゃいますよ」
そうそうそう!流石ゆうくん、分かってる・・・隣の大濠くんも、うんうん、と頷いた。ゆうくんは、困ったように笑いながら、首を傾げる。
「ふう・・・春見の前でこれ以上の醜態をさらすわけにもいかないな。三成、あとは帰ってからだ」
・・・帰ってどれだけ喧嘩するんだろうか、この2人。
話がこれで終わりになるのなら有難いけれども。
「了承した。・・・ところで、ちょっと気になっていることがあるのだが」
不意に大濠くんが口を開いた。皆が一斉に大濠くんを見る。
「桐月と、そこの後輩はどういう関係だ?」
え、いきなり僕らの話?!どういう、って。僕が口を開こうとしたところで、
「恋人だろう?春見は、桐月さんの」
谷くんが僕の言わんとすることを、言った。ゆうくんもきょとんとしたが、うんうん、と頷いている。僕も軽く頷く。
「・・・桐月、お前、結婚をしているだろう?」
「え、そうだね?」
「おかしいだろう?もう一度聞くが、お前には18歳の新妻がいたように記憶しているが?違ったか?俺は結婚式に行った記憶もある」
「えぇ?そうだね。二次会で随分と罵られたしね」
僕は頷きながら返した。
自分だって若い谷くんと付き合っていたくせにね、とまでは言わなかったが。
「なのに、恋人、とはどういうことだ?お前、朝は『親戚のような子』と言っていた気もするが?」
僕とゆうくんから「え」と「あ」が同時に出る。
僕達二人の頭の上にはきっと『!!』と感嘆符が浮かんでいる筈だ。
なんということだ・・・僕とゆうくんは、幸せが過ぎて周囲のことを忘れていたのである。対外的に僕が結婚しているのはあくまで、「あさ」ちゃんであって「ゆう」くんではない。つまり、他人からすれば僕とゆうくんの関係は。
「・・・不倫、ということか?」
谷くんが、低い低い声で呟いた。
そうなってしまうのだ。ああ、なんだろう、うわ・・・尾行の話ならばともかく、まさかこちらの話に飛び火するとは思っていなかった。
結婚しているという事実と、恋人がいるという事実が同時にあってはならない事実だ。蓋を開ければ、それはどちらもゆうくんであり、僕が好きなのも恋しているのも愛しているのも、たった一人のゆうくんには違いないのだが。他人から見れば、結婚して間もないくせに大学生、しかも男の子に手を出したとんでもない輩だ。
三成、と谷くんが同じトーンで大濠くんを呼ぶ。
僕の額に背中に変な汗が滲む。
「・・・ここの近くに骨董屋がある。虎道兄さんの知り合いが営んでいるところだ。そこに日本刀が売っているから二振り買ってこい。見立てはお前に任せよう。俺が腹を切るから、お前が介錯をしろ」
「承知した。・・・桐月、衆道までならば俺は理解も納得も出来る。色の道にも色々とあるだろう。俺もそうだった。しかし、不貞は有り得ん。しかも、そこの後輩も幼い。・・・心配するな、俺にしろ姫鷹にしろ失敗はない。一瞬だ」
「え、ちょっと・・・大濠くん?!」
ぽん、と大濠くんから肩を叩かれる。侮蔑と憐れみとが混じった目だ。谷くんからの視線は絶対零度。ナチュラルに僕は斬られる算段になってないか、これ・・・。
ゆうくんが慌てて、もう一度谷くんの袖を引っ張ったーー可愛い・・・!ーー。
「せ、先輩!違うんです!!わけがあって、ええっと・・・!」
「いいんだよ、春見は黙っておいで。確かに桐月さんは素晴らしい容姿だが、諦めた方がいい。君にあんな無体を強いた上に、不倫とは・・・男の風上にも置けない屑だ。春見は騙されているに違いないのだから・・・俺と三成ですっぱりと断ち切ってあげるから、今は耐えるところだよ」
慌てふためくゆうくんを尻目に、谷くんは重い重いため息をついた。
「なんなら俺の兄を紹介しよう。どれもまだ独身だし、身内贔屓な話だが、顔も悪くないし経済力もある。男だ女だと気にするような人らでもない。どれを取っても後悔させないよ。しかしまさか結婚をしていたとは・・・桐月さんを調べるべきだったか・・・社交界を疎かにしていたのが仇になるとは思わなかったな・・・」
素晴らしく独断と偏見を淡々と述べながら、谷くんはゆうくんの背中に手を回す。断ち切るって、物理じゃないか!!僕が死んだ後は上のお兄さんまで紹介されそうだ。ちょっと待ってくれ・・・!!ゆうくんは僕のゆうくんだから!誰にも渡さないよ?!