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第五十四話 side:H 夏祭りと波乱と

時候ではそろそろ残暑と呼ばれる季節ではあるが、外はまだまだ暑く、一歩屋外へと踏み出せば蝉の大合唱が聞こえてくる。

汗だくになりながらも仕事を頑張れるのは、やはり家にいるゆうくんのお陰で、愛って素晴らしいよね・・・、と大濠くんに言うと憐れんだ目を向けられた。

おかしいな?大濠くんだってそうだろうに。


「そういえば、週末のお祭り、君のところは行かないのかい?」

「祭り?ああ、そういえば・・・この近くであるやつか。どうだろうな?聞いてみないとわからないが・・・」


大濠くんは、考えるように首を傾げた。


「うちの子が、君のところの恋人さんを誘いたい、とは言っていたけどね」

「なるほど。そういうことなら行くんじゃないか?姫が行くならば、俺も行く」


どうやら大濠くんは谷くんのことを普段は『姫』と呼んでいるらしく、僕の前でもそう呼称するようになっていた。この短い期間で、仕事以外でも情報の共有が多くなった僕らは前よりも仲が良くなったように思う。元から治くんを含めて付き合いはあったが、社会人になってからはプライベートまで入り込むことは少なくなっていたので、なんだか学生時代のようで楽しい。

ここ最近で知ったことは、谷家と大濠くんの家は昔から主従関係にあったということだ。谷家とその周りは現代になっても古くからの関係を保っているようで、小さい頃の谷くんのお目付け役は大濠くんだったらしい。

桐月の方にもそういう家はいくつかあるが、谷家ほどの結束はないかもしれない。能力があれば新しい人間をがんがんと入れるのが桐月のやり方だ。どちらもメリットデメリットがある。

それはさておき、主従関係にあったところを、今は恋人なわけで。いくら谷くんの方からアプローチしたとは言え、それって幼馴染と結婚した僕とあまり変わらない気がするんだけどね?どうしてああまで僕を罵ったもんかな?大濠くんも。

まあ、笑い話でしかないからいいけれども。


「うちは僕がこっそり浴衣を仕立てたから、それを僕が着せる予定だよ。楽しみだなあ・・・着付けの練習をした甲斐がある・・・今から奥さんも楽しみにしてるって」

「はいはい、わかったわかった。しかし、そうか・・・浴衣か・・・」


おざなりに僕を追い払うように手を振る大濠くんではあったが、浴衣というワードには反応を示した。

だよねだよね。君だってうきうきした恋人の姿が好きだろう?大好きだろう?可愛いし、愛しいし、たまらないよね!ああ、谷くんの場合は、綺麗、かもしれないけれど。

ちなみに浴衣は今日仕上がるようで、仕事帰り、直接呉服店に取りに行く手筈だ。

あーーーーーー楽しみーーーーーー!ゆうくんの浴衣姿!

新婚旅行の寝巻が浴衣だったのを思い出し、自然とニヤけてしまう。

きっと滅茶苦茶似合ってて可愛いだろう。人に見せたい気持ちと見せたくない気持ちが既に拮抗状態だ。まあ、出かけるために買ったのだからお祭りには着せて行くけど。

今日持ち帰ったら、一度着せてみよう。

・・・そしてきっと僕はそのままひん剥くな・・・。

自分の行動も、そろそろ読めてきた。とにかく、ゆうくんに関わると僕は馬鹿猿だ。当日は行く前からひん剥かないように気を付けなければ・・・。流石のゆうくんも、出掛けずに祭りが終わったら怒るだろうし。


「おい、もう少しなんだからちゃんと仕事しろ」


色々と想像している僕の頭を大濠くんがファイルで叩いてきた。

そりゃそうだ。よし、もう一踏ん張り頑張りますか。



そんなわけで。仕事終わりに呉服店へと寄って、僕の分とゆうくんの分を受け取って帰宅した。今は既に夕食も入浴も済ませて、二人でゆったりと過ごす時間だ。

僕はリビングで早速浴衣を出して、ゆうくんへと着せる。

僕が選んだのは、近江ちぢみの浴衣だ。生地は本麻なので、サラッとしていて着やすい。奇を衒わず柄物ではないシンプルなもので、ゆうくんには濃紺色を、自分には銀鼠色を選んだ。帯は二人ともお揃いで、白地に銀色の流水紋が入ったもので、浴衣がシンプルな分、こちらを少し派手目にしておいた。


「うんうん、凄く似合ってるよ。いいなぁ・・・」


浴衣を着せてからくるくるとまわってもらう。その様も可愛い。めちゃくちゃ可愛い。浴衣の天使降臨。惚れ直すしかない姿だ。思わず抱きしめようとすると、


「嗣にぃも着てみてよ、俺・・・見たい」


するっと逃げられて、そう促される。

自分が着る想定ではなかったのだが、ね?と小首を傾げられたら、今やゆうくんに弱い僕が断れる筈もない。・・・まあ、ゆうくんのことは後でゆっくりと触ればいいわけで。

僕が着替えていると、ゆうくんがじっと見つめてくる。


「奥さん、随分と見るね」

「あっいや・・・良い身体だな、って。あ、違うからな?!いやらしい意味じゃないから!!」


慌てて、ゆうくんは顔を横へと振る。面白いし可愛い。


「まあまあ。後でじっくりと見せてあげるし、触ってもいいよ?」


そう言いながら片目を瞑ると、ばっかじゃないの、と顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。僕が笑うと、くっそ、と悪態をついている。

大人しいと思っていたゆうくんだが、折に触れてこういう姿を見せてくれるようになっていた。

これもただの幼馴染みのままだったら知り得なかったことで、嬉しいな、と思う。

着替え終わり、肩を叩くとゆうくんが膨れたままで振り向いたが、着替えた僕を見て感嘆の息を漏らした。


「うわ、似合うねえ・・・!かっこいいよ、嗣にぃ・・・!」


拍手まで送ってくれる。この『格好良い』もゆうくんから言われると響きが違うもので。他人に言われた時などは、そう?ありがとう、とそつなく返すがゆうくんに言われるとどうにも照れてしまう。


「ゆうくんも似合っているし、お似合いの二人だね」


そう言ったのは、照れ隠しだ。目の前にいるゆうくんを、今度こそ抱きしめて、綺麗な頸に口付ける。


「ひゃ・・・っ」


ゆうくんから小さく声があがり、調子に乗った僕は、襟の合わせめから手をいれた。ら、その手を叩かれた。


「夏祭り本番まで汚すわけにいかないだろ・・・!」

「えぇ・・・」


まあ、そりゃあそうだけどもね。ああ・・・早く週末にならないかな。

と言っても、ゆうくんがいれば盛るのが僕という猿なので。

浴衣を脱がしてクローゼットに釣り下げた後は、寝室へと連れ込んだゆうくんを遠慮なくベッドへと押し倒して、美味しく美味しく頂いた。

この時の浮かれた僕は、週末に起こる事態など予測も出来なかった。

まさか、ゆうくんがあんなことを言い出すとはーー・・・。



祭りの当日はやはり人が多く、混雑していた。

元々は地元民向けの祭りであったようだが、少しずつ規模が大きくなり、今や県内外から足を運ぶ人もいる程だ。

ゆうくんとはぐれないようにーーというのは口実にすぎないがーー手を繋いだ。


「ね、ねえ、最近・・・この格好でもこういうの多いけど、大丈夫・・・?」


ゆうくんが繋いだ手を気にするように、僕の顔と手元を交互に見る。

この格好とは女装していない時の自分のことだろう。

確かに最近、ゆうくんがどちらの格好であろうと、僕は気にしなくなっていた。

出かける時の僕の片手は、ゆうくんの何処かに置いている場合が多い。手や腰や背中や、と。

そもそも、ゆうくんと暮らし始めた当初から、僕はあまり気にしていない節もある。と言うのも、双子を正確に見分けられるのは僕以外には困難なことだと自負しているからだ。パッと見た目で、見分けがつく人間はまず、そうは多くない。

なにせ家族も見分けがつかないほどに似ている二人で、他人が見分ける方法がないというわけでもないが、かなり入り組んだことをしなければ無理だ。

更に言えば、当初に結婚する筈だったあーちゃんは良く動くこともあって、ボーイッシュな格好を好み、両親や僕らで用意する可愛らしい服は彼女のワードローブから出てくることは極々少なく、ゆうくんの服を勝手に着ていたのだ。

そうなると、益々二人を見分けるのは難しい。何せ同じような格好だ。

つまり、僕が一緒にいるのがあーちゃんなのか、ゆうくんなのか、判別がつく人間なんてそうそう存在しない

むしろずっと気にしてくれているのは、ゆうくんの方だ。


「この人混みだしね。誰も僕らの手元なんか見てないよ」

「そっか」


僕の言葉に、そう言って僕に微笑んでくれる顔が本当に愛おしかった。

祭りの会場は人がひしめきあい、屋台には大勢の人たちが並んでいた。僕らはゆうくんの食べたいものを買うために一度、別行動を取ることにした。二人で並ぶのも僕的には悪くなかったが、効率を考えれば、どうしてもそちらの方が早く購入できる。


「全部は無理かなあ・・・?」

「人が多いから多少時間はかかるかもだけど・・・屋台の人も手慣れているだろうからね。僕は焼きそばに並ぶよ」

「じゃあ俺飲み物買うね。そのあとりんご飴に並ぶ」

「気をつけて行くんだよ?絶対に他の人に着いて行ったら駄目だからね?」

「子供じゃないんだからさぁ」

「ゆうくん、前科があるからなぁ。騙されちゃ駄目だからね」

「うっせー!並んでろ!」


僕の物言いに悪態を吐きながら、ゆうくんが走って行く。

その姿を見送りながら、大丈夫かな?と一瞬不安を覚えたのだが、列が丁度進んでそちらに気を取られた僕は、その不安を蔑ろにしてしまった。

後で思い返せば、時間や効率など気にせずに、二人でいるのが正解だったのだが・・・。

焼きそばを購入し、更にゆうくんご所望のケバブを購入し終えたあたりで、一度ゆうくんに電話を入れた。


「ゆうくんりんご飴買えた?今どこかな?こちらは焼きそばとケバブが買えたところだよ」

「あ、ああ、えっと・・・・・・その、まだりんご飴に並んでて・・・。飲み物は買えたから、これを買ったら一度、そっちに戻るね」

「そう?なら別れた場所で待っているからね」


ちょっと言い淀んだのが気になったが、その通話はそこで終了し、程なくするとゆうくんが姿を現した。


「あの、ごめん。あの・・・俺、ボーッと並んでたみたいで、途中で横入りされたみたいで・・・」


申し訳なさそうに、僕へと頭を下げる。


「気にしないでいいよ?この人の多さだしね。そういえば、そろそろ谷くん達も来るんじゃないの?どこで待ち合わせをしているんだっけ?」


ゆうくんの頭を撫でると、顔が上がった。

しかし、その表情は浮かないもので、僕が今度は、どうしたの?と首を傾げる。


「あ、いや、うん・・・ええと、先輩とはね、駅がわかりやすいと思って・・・駅で待ち合わせたんだ。だから、そっちに行けばいいと、思う」


ゆうくんは取り繕うように笑みを浮かべて、近くにある駅の方を指差して、歩き出す。僕も一緒に歩きつつ、手を繋ごうかと思ったが、ゆうくんの両手には購入したものがあって、その時は諦めて隣を歩いた。

その後に、大濠くんと谷くんに合流してーーこちらもバッチリと浴衣だった。大濠くんの提案だろうなぁーー、人混みの中を四人で巡った。

食べたり飲んだり、話したり、屋台の射的等にとゆうくんは楽しそうにしてはいるものの、時折、沈んだ様子を見せる。

それは谷くんも気付いたようで、様子を窺いつつ、話しかけているようだった。

ゆうくんがお手洗いへと行った際に、腕組みをした谷くんから睨み上げられ、


「桐月さん、また何かしたんですか?」


溜息まじりに聞かれるも、僕にも分からず、それは僕が聞きたいぐらいだ。

僕も小さく溜息を吐きながら首を振った。


「いや、ここに来てから様子がおかしい気がするんだよね・・・その、出てくるまでは至って普通であったと思うよ。ここに来るまでだって、手を繋いで来たし・・・」

「お前が原因でないとすれば、何だ?」

「僕が知りたいんだけどなぁ・・・あれから、喧嘩なんてしてないんだけどね」

「なるほど・・・今日はずっと一緒だったんですか?」

「そうだね・・・ああ、いや。買い出しで別行動になった時間はあるよ」

「ならばその時間・・・かな?何かあるとすれば、ですけどね」

「何か・・・」


そこで電話でのことを思い出したが、それを告げようとしたところでゆうくんが「すみません」と帰ってきた。


「ああ、おかえり、春見。随分と人が多いけれど、人酔いなんかはしていないかい?」

「あ、はい。楽しいです」


谷くんのそう返したゆうくんの言葉に嘘はなさそうだ。

だとすれば、時折見せる陰は何だろうか?機嫌を損ねるようなことをした覚えもないが、どこか、僕が分からないところで僕がやらかした可能性は否めない。

しかし、怒っているようには見えないのだ。谷くんと二人で話している様子を見ながら、僕は首を傾げていた。


「まあ、何かあれば俺でもいいから連絡しろ。姫に伝える。あっちに直接連絡してくれてもいいしな」


大濠くんが、ぽん、と僕の肩を叩いた。ありがとう、と返すとその肩をすくめて見せる。友人は他にもいるが、現状を相談できる友人は大濠くんしかいない。包み隠さず相談できるのは心強く有り難い話だ。僕がもう一度、ありがとう、と繰り返すと大濠くんももう一度僕の肩を叩いた。



四人でそんな風に過ごし、最後まで谷くんはゆうくんの様子を気遣いつつも別れる。別れ際に「何かあったら必ず連絡するんだよ?谷の家に来ればいいんだから」とゆうくんに告げていたのには、ちょっと複雑な心境ではあったが、僕にとっての大濠くんと一緒で、何でも話せる人間はゆうくんにも必要だろう。

あーちゃんがいれば良かったのかもしれないが・・・。

マンションへと帰る道すがら、来た時と同じように手を繋ごうとしたが、


「楽しかったからかな?なんか、手に汗かいちゃって・・・ベタついてるから、ごめん」


と手を引っ込められる。夏だしそういうこともあるかもしれないな、と思って僕は頷いた。二人で並んで夜道を歩く。夜道といっても街中なので人もいれば周囲も明るい。それでもビルの合間にはぽっかりと月が浮かんでいて、綺麗なものだ。僕がそれを指差すと、ゆうくんもそちらを見上げた。


「新婚旅行を思い出すね。あの時も月が綺麗だった」

「・・・そうだね・・・・・・ずっとさ、ずっと月は綺麗で・・・俺、それを見れると思ったんだ。見れると思ったんだけど・・・・・・」


ゆうくんが俯いて言葉と歩み止めた。暫く立ち尽くす。


「・・・ゆうくん・・・?」


僕がゆうくんの肩へと触れようとした時、顔が上がってゆうくんが歩き出す。一歩先に進んで、僕を振り返り「帰ろう、嗣にぃ」と言いながら浮かべた笑みは、いつもと同じように可愛いものだったが、どこか不安を思い起こさせるものだった。

ーー嫌なことほど、人間の勘というものは的中するもので。

マンションの玄関を潜り、僕が扉を閉めた時、ゆうくんは先ほどのように僕を振り返る。


「・・・嗣にぃ、俺、出て行く。家に、帰ろうと思うんだ」


ゆうくんは眉を下げたままで、薄く笑みを浮かべる。僕はその声に瞬きを繰り返した。


「・・・ゆうくん・・・?」


出て行く?どうして?何が起こっている?彼は何を言い出した??

意味がわからず思考が乱れる。僕が名を呼ぶと、ゆうくんは一度目を伏せてから、息を吐く。そして目を開けると、困ったように微笑んだ。


「・・・・・・別れよう。久嗣さん」


そう、ゆうくんの唇が紡いだ時、僕の時間が思考が凍てついた。

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