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第28話 槍と弓と

 新たに“一剣”二人を加えたツコウ達はそれぞれの愛馬に鞍を置いた。コリンの荷馬を除けば、馬の中で一際目を引くのは青雷せいらい騎士団のコーディアの馬であろう。

 華美な青の馬冑ばちゅうも見事な作りだが、馬そのものも素晴らしいと言いようがない。体格と肉付きの均整が取れていて、乗るだけで騎手を誇りで満たしてくれそうだ。

 ツコウは役目柄、多くの馬を目にする機会があるが、これほどの馬はそうお目にかかれない。見とれていると、ツコウの愛馬サグラリオンとシャルグレーテの白馬が苛立たしげに蹄を鳴らした。

 それに気づいたコーディアは厳しい顔に微笑をたたえた。



「馬という生き物は目立ちたがり屋なのだと聞いたことがある。装飾品や新しい蹄鉄を仲間に見せびらかしたりするそうだ。お主らの馬が苛立っているのも、それが原因かも知れぬぞ」

「我々が乗っている時点で目立っているでしょうに」

「そこはあたし達が身奇麗にして喜ぶのと同じでしょ。あたしが黄光おうこうに入ったのって、鎧の色が可愛かったからだし」

「そんな理由で選ぶやつはお前だけだ」



 そもそも黄色の甲冑は可愛いのだろうか。考えながらツコウは馬に跨った。

 剣を使う者が2名、槍を使う者と弓使いが1人ずつ。図らずともバランスの取れた一行になったと言えるだろう。人柄においても概ねではあるが、問題の無い集団になっている。おとぎ話なら後は魔法使いが欲しいところだが、使い物になる者は王宮に留め置かれている。



「心当たりのある貴族家や豪商を当たる。儂と殿下の知識があれば、敵がむしばむ家の数は大分絞られるだろうからな。もし付け加えるところあらば、すぐに言ってほしい……ヘリオ、何をしている?」

「見たとおり弓を引いているのよ。歌でも歌っているように見えるかしらねっ!」



 月のような形をした奇妙な弓をヘリオは空に向かって構えていた。形状はふざけているが、弦の音から相当な剛弓であることが一向には分かった。放たれた矢はそれこそ月へと向かうような勢いで空へと向かった。

 放たれた時の風切り音とは違い、無音で落下してきた矢は貫いた獲物ごと地面に落ちた。


 少し離れた位置に落ちたソレは……



「カラスのだね。あたしの大事な矢が汚れたわ」

「……この臭い、元から腐っていたのか。つまりは我々の旅立ちを見送ってくれていたわけだ」

「儂は見るのも初めてだが、これが死霊術か。宗旨云々でなく、単純に嫌悪感を催すな……ツコウ、説明を頼む」

「アルゴフの死霊術は人間だけでなく、動物にも及びます。死体であればなんでも良いようですが、できるできないの基準はひどく曖昧なようで本人もまだ試行錯誤の段階のようでした。この場合、カラスの死体を使って我々を監視していたようですね」



 ツコウの説明に耳を傾けるコーディア。

 この老騎士は実力で選ばれる“一剣”だが、騎士という職業としても一級品だ。年齢と実績を振りかざすのではなく、若者の言であろうと受け入れる度量があった。変化に対応できる人種というわけだ。



「試行錯誤というのは?」

「アルゴフの言によれば、生前の死霊術はここまで強力では無かったそうです。狼の死体で話しかけてきたことがありますが、喉の中身が人間に似ているカラスではなく、狼で会話ができるのは自分でも驚いている風でした」

「えー、折角ならもっと可愛い生き物で話しかけてくれればいいのに」

「何を選ぼうと死体なのだぞ?」



 シャルとヘリオが良くわからない論争を初めそうになったとき、コーディアは頷いて死体の近くから立ち上がった。



「ヘリオの言にも卓見が含まれているように思う。ツコウの掴んだ事実と合わせれば、いかなる生き物であろうとアルゴフの間諜になり得る。我々の動きは全て察知されているものとして、行動する必要がある」

「はぁ、分かりやすく速く動くことで対応する暇を与えないということですか……馬が保ちますかね?」

「各駅舎の替え馬を増やすぐらいの無茶はしてもらう。他の騎士団の馬でも使えるのなら使う。もっとも、儂の馬が疲れ切るなどありはしないがな。団長達にその手配を頼んだら出立するぞ」

「了解。コリン君、荷は大丈夫か」

「はい! いつでも出立できます!」



 こんもりと山を背負ったような風情でもコリンは元気だった。どうも陰鬱さのつきまとう黒悔こくかいとしては珍しい性格をしており、得難い存在になりつつある。彼が乗る駄馬も頑健さから重宝されている。名馬というものは速さを重視してかけ合わせているため、荷運びには適さないことが多かった。


 コーディアの手配とやらは一筆書いて、衛兵に渡すだけで手早く済んだ。


 これから追う道筋は早く、そして力強く進む。個の武力と集の連帯が加われば、いかにアルゴフといえども必ず追いつかれる。

 しかし、追いつかれた先だけはまだ決定していなかった。

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