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9-3(上)

エリアスが東の宮殿に閉じ込められてから、数日が経過した。

最初こそ 体調の回復 に時間を費やしていたが、今では 普通に歩き回れるほどには回復 している。


(……だからといって、自由になったわけじゃないけどな)


かろうじてカーテンは開けられているものの、窓には厳重に鍵がかけられ、 扉の外には必ず侍女か護衛がいる 。

そう、エリアスは完全に 「管理された生活」 を送ることになっていた。

朝になると 侍女たちが部屋に入り 、着替えを用意し、食事を整え、身の回りの世話をする。

昼も夕も同じで、 彼の意思とは関係なく「世話をされる生活」が続いた 。

エリアスも貴族ではあるが、身の回りの世話を使用人に任せきりと言うわけでもなく、着替えなどは自分でしてきている。故にとにかく、慣れない。


「……いや、あの、こんなにしてもらわなくてもいいんですが」


ある日の朝、寝起きのエリアスは 侍女の一人に遠慮がちに言った 。

しかし、彼女は 穏やかに微笑みながら言葉を返す 。


「殿下の命ですので」


(……それ、もう何回聞いたかわからない)


エリアスは内心でため息をついた。

どうやら侍女たちにとって、 「エリアスは王弟殿下の大切な方」 という認識がすっかり根付いているらしい。まあ、そりゃ正妃だしな、と指輪を見る。

しかしだからこそ、彼の要望や反論は 一切通らない 。


食事の時間になれば「殿下の命ですので」

着替えを手伝われそうになり「殿下の命ですので」

散歩がしたいと言えば「殿下の許可が下りておりませんので」


(……もう駄目だ。この部屋の中では、俺の意思は完全に無視される)


何もかもが決まっていて、 彼はただ流されるしかなかった 。

「これは幽閉では?」 と疑った時点で、もう答えは明白だったのかもしれない。

強いて良いことをあげるならば、好きな本をいくらでも読める、ということぐらいだ。

その点はレオナードの配慮もあったらしい。

ただし図書館に行くことはできないので、侍女に任せることにはなるが。


この生活が 何日目 かも曖昧になり始めた頃、それは起こった。

侍女の一人が、浴室の準備が整ったことを告げに来た。


「お湯の準備ができました。ごゆっくりお入りくださいませ」

「……ああ、ありがとう」


(……風呂くらいは自由で良かった……)


そう思いながら、エリアスは浴室へと向かった。

部屋から浴室は少し離れているので、多少の気分転換にもなる。

無論、護衛だの侍女だのと引き連れての移動だが。

東の宮殿は、もともと 妃たちが住まうための区域 だったため、浴室も豪華そのものだ。

大理石の床に、広々とした湯船。

ふんわりとした香りの湯気が立ちのぼり、 それだけで心がほどけるようだった 。


(……この際、開き直るしかないか?)


服を脱ぎ、ゆっくりと湯に浸かる。

湯の上には花弁が浮かべられており、目にも美しい。

はぁ、と息を吐きながら、 少しだけ緊張が解ける のを感じた。

この数日間、常にレオナードの囲い込みを意識し続けていたせいで、心も体もどこか張り詰めていた。


(……考えすぎるのはよそう)


せめて今だけは、余計なことを考えずに、この湯に身を委ねて――と思った矢先、扉が開かれる音がした。


「――っ!!?」


エリアスは 驚いて振り返る 。

そこには、当然のように レオナードが立っていた 。


「……レオ様!?」


何の前触れもなく、浴衣よくい姿のレオナードが、ゆっくりと中へ入ってくる。


「入るぞ」


エリアスは 一瞬、何を言われたのかわからなかった 。


「……え、いや…… 何を……⁈てか、もう入ってますけど⁈」

「ああ、だから入ると言った」

「それ、入る前に言うものですよ……!」


淡々とした声でそう言いながら、レオナードは そのまま浴室の扉を閉めた 。


(ちょ、待って……待って……!?)


エリアスは 本気で混乱する 。

なぜこの人は そんなに当然のように浴室に入ってくるのか、と。


「ちょ、ちょっと待ってください! 何して……!」

「なに、愛しい妃の身体でも洗ってやろうかと思っただけだ」


(……は???)


エリアスの脳が フリーズする 。


(いやいやいや、意味がわからない)


慌てて湯の中で後ずさるが、当然 逃げられるはずがない 。


「っ、いえ! 大丈夫です!! 私もう普通に動けますし――!」

「そうか」

「そうですよ!だから……!」


レオナードは 「だったら問題ないな」とでも言うような表情 で、浴衣よくいを脱ぎ捨てると、 そのまま湯に浸かった 。


「――――!!!」


エリアスの 心臓が爆音を立てた 。


(ま、待って……待って待って待って待って!!!)


男同士だ、そう慌てるものではないだろう。ついてるものだって同じだ。

それにお互いにお互いの裸は……いや、エリアスはレオナードの裸を見たことはなかった。

それにしても、だ。何せ逢瀬があの執務室だけだったから、こんな場面に出くわしたことがない。慌てる心が止まらなかった。


「レオ様……!」

「騒ぐな」


レオナードはエリアスの背後に回ると、 迷いなく手を伸ばした 。


「っ――」


指先が エリアスの肩に触れる 。

その瞬間、ゾクリとした感覚が背筋を走った。


(ま、待って、本当に何して……⁈ああ!洗う……⁈)


とにかく、エリアスの情緒はかき乱されていた。

しかし レオナードは淡々と、エリアスの髪を掬い、優しく湯をかける 。


「お前は、油断も隙もないからな……お前がまた無理をしないか監視できる」


(……は??? いや、監視の方法、おかしくないか??? 風呂で無理ってなんですかね⁈)


エリアスはパニックになりながらも、どうにか抵抗しようとするが――

レオナードの手が首筋を撫でた瞬間、全身の力が抜けた。


「……あっ……」


自分でも驚くような声が漏れた。

だが、逃げようとした足はぴくりとも動かない。


(おかしい……本当に、これはまずい……!)


ぐらりと視界が揺れるような感覚。

それを補うように、レオナードの腕がエリアスの腰を支える。


「力を抜け……エリアス」

「っ……!」


レオナードの声はいつも通り低く、静かだった。

けれど、空気が違う。

いや、それだけじゃない。

手つきが、優しすぎる。


(……優しい? いや、でも……!)


これは本当に「髪を洗うだけ」なのか?

それとも――


「……こうして触れ合うのは初めてではないだろう?」

「ひ、ぇ……っ」


その一言が、まるで決定打のように耳に突き刺さった。


(……これ、まずい……!!!洗うだけじゃすまない……!)


心の中で警鐘を鳴らしながらも、エリアスの身体はレオナードの手から逃げられなかった。


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