エリアスが東の宮殿に閉じ込められてから、数日が経過した。
最初こそ 体調の回復 に時間を費やしていたが、今では 普通に歩き回れるほどには回復 している。
(……だからといって、自由になったわけじゃないけどな)
かろうじてカーテンは開けられているものの、窓には厳重に鍵がかけられ、 扉の外には必ず侍女か護衛がいる 。
そう、エリアスは完全に 「管理された生活」 を送ることになっていた。
朝になると 侍女たちが部屋に入り 、着替えを用意し、食事を整え、身の回りの世話をする。
昼も夕も同じで、 彼の意思とは関係なく「世話をされる生活」が続いた 。
エリアスも貴族ではあるが、身の回りの世話を使用人に任せきりと言うわけでもなく、着替えなどは自分でしてきている。故にとにかく、慣れない。
「……いや、あの、こんなにしてもらわなくてもいいんですが」
ある日の朝、寝起きのエリアスは 侍女の一人に遠慮がちに言った 。
しかし、彼女は 穏やかに微笑みながら言葉を返す 。
「殿下の命ですので」
(……それ、もう何回聞いたかわからない)
エリアスは内心でため息をついた。
どうやら侍女たちにとって、 「エリアスは王弟殿下の大切な方」 という認識がすっかり根付いているらしい。まあ、そりゃ正妃だしな、と指輪を見る。
しかしだからこそ、彼の要望や反論は 一切通らない 。
食事の時間になれば「殿下の命ですので」
着替えを手伝われそうになり「殿下の命ですので」
散歩がしたいと言えば「殿下の許可が下りておりませんので」
(……もう駄目だ。この部屋の中では、俺の意思は完全に無視される)
何もかもが決まっていて、 彼はただ流されるしかなかった 。
「これは幽閉では?」 と疑った時点で、もう答えは明白だったのかもしれない。
強いて良いことをあげるならば、好きな本をいくらでも読める、ということぐらいだ。
その点はレオナードの配慮もあったらしい。
ただし図書館に行くことはできないので、侍女に任せることにはなるが。
この生活が 何日目 かも曖昧になり始めた頃、それは起こった。
侍女の一人が、浴室の準備が整ったことを告げに来た。
「お湯の準備ができました。ごゆっくりお入りくださいませ」
「……ああ、ありがとう」
(……風呂くらいは自由で良かった……)
そう思いながら、エリアスは浴室へと向かった。
部屋から浴室は少し離れているので、多少の気分転換にもなる。
無論、護衛だの侍女だのと引き連れての移動だが。
東の宮殿は、もともと 妃たちが住まうための区域 だったため、浴室も豪華そのものだ。
大理石の床に、広々とした湯船。
ふんわりとした香りの湯気が立ちのぼり、 それだけで心がほどけるようだった 。
(……この際、開き直るしかないか?)
服を脱ぎ、ゆっくりと湯に浸かる。
湯の上には花弁が浮かべられており、目にも美しい。
はぁ、と息を吐きながら、 少しだけ緊張が解ける のを感じた。
この数日間、常にレオナードの囲い込みを意識し続けていたせいで、心も体もどこか張り詰めていた。
(……考えすぎるのはよそう)
せめて今だけは、余計なことを考えずに、この湯に身を委ねて――と思った矢先、扉が開かれる音がした。
「――っ!!?」
エリアスは 驚いて振り返る 。
そこには、当然のように レオナードが立っていた 。
「……レオ様!?」
何の前触れもなく、
「入るぞ」
エリアスは 一瞬、何を言われたのかわからなかった 。
「……え、いや…… 何を……⁈てか、もう入ってますけど⁈」
「ああ、だから入ると言った」
「それ、入る前に言うものですよ……!」
淡々とした声でそう言いながら、レオナードは そのまま浴室の扉を閉めた 。
(ちょ、待って……待って……!?)
エリアスは 本気で混乱する 。
なぜこの人は そんなに当然のように浴室に入ってくるのか、と。
「ちょ、ちょっと待ってください! 何して……!」
「なに、愛しい妃の身体でも洗ってやろうかと思っただけだ」
(……は???)
エリアスの脳が フリーズする 。
(いやいやいや、意味がわからない)
慌てて湯の中で後ずさるが、当然 逃げられるはずがない 。
「っ、いえ! 大丈夫です!! 私もう普通に動けますし――!」
「そうか」
「そうですよ!だから……!」
レオナードは 「だったら問題ないな」とでも言うような表情 で、
「――――!!!」
エリアスの 心臓が爆音を立てた 。
(ま、待って……待って待って待って待って!!!)
男同士だ、そう慌てるものではないだろう。ついてるものだって同じだ。
それにお互いにお互いの裸は……いや、エリアスはレオナードの裸を見たことはなかった。
それにしても、だ。何せ逢瀬があの執務室だけだったから、こんな場面に出くわしたことがない。慌てる心が止まらなかった。
「レオ様……!」
「騒ぐな」
レオナードはエリアスの背後に回ると、 迷いなく手を伸ばした 。
「っ――」
指先が エリアスの肩に触れる 。
その瞬間、ゾクリとした感覚が背筋を走った。
(ま、待って、本当に何して……⁈ああ!洗う……⁈)
とにかく、エリアスの情緒はかき乱されていた。
しかし レオナードは淡々と、エリアスの髪を掬い、優しく湯をかける 。
「お前は、油断も隙もないからな……お前がまた無理をしないか監視できる」
(……は??? いや、監視の方法、おかしくないか??? 風呂で無理ってなんですかね⁈)
エリアスはパニックになりながらも、どうにか抵抗しようとするが――
レオナードの手が首筋を撫でた瞬間、全身の力が抜けた。
「……あっ……」
自分でも驚くような声が漏れた。
だが、逃げようとした足はぴくりとも動かない。
(おかしい……本当に、これはまずい……!)
ぐらりと視界が揺れるような感覚。
それを補うように、レオナードの腕がエリアスの腰を支える。
「力を抜け……エリアス」
「っ……!」
レオナードの声はいつも通り低く、静かだった。
けれど、空気が違う。
いや、それだけじゃない。
手つきが、優しすぎる。
(……優しい? いや、でも……!)
これは本当に「髪を洗うだけ」なのか?
それとも――
「……こうして触れ合うのは初めてではないだろう?」
「ひ、ぇ……っ」
その一言が、まるで決定打のように耳に突き刺さった。
(……これ、まずい……!!!洗うだけじゃすまない……!)
心の中で警鐘を鳴らしながらも、エリアスの身体はレオナードの手から逃げられなかった。