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第16話 徐州牧

 劉備は一万の兵を連れて、琅邪国を巡った。

 曹操軍が通過した街は、ほぼ壊滅状態だった。

 死体が放置され、カラスがそれをついばんでいた。

 まれに子どもが生き残っていて、泣いていた。泣く力もなく、呆然と座り込んでいる子もいた。

 多くの家屋が焼け落ちていた。


 劉備は兵たちに穴を掘らせ、遺体を埋めた。

 材木を切り出し、家を建てた。

 生き残っていた街の長老たちと話し合い、孤児院を設立した。その資金は、麋竺が出した。


「ひでえな、曹操は!」

 張飛は怒っていた。

「戦乱の世を早く終わらせねばならん……」

 劉備はつぶやいた。

 関羽の口数は少なくなっていた。その表情には怒りがにじみ出ていた。

「まだまだつづくぜ、乱世は」

 簡雍は皮肉な笑みを口元に浮かべていた。


 下邳城では、徐州牧の陶謙が重い病で臥せっていた。

 曹操襲来の頃から急激に体力が衰え、熱病に罹り、長引いていた。

「わしはもうだめだ……」

 見舞いに来る人々に弱音を吐いた。 

「殿、そんなことをおっしゃらないでください。美しい徐州を再建しましょう」

 麋竺はそう言って励ました。

 陶謙は弱々しく首を振った。


「そなたに遺言を残す」

「殿……」

「わしには子がいるが、徐州牧は継がせぬ。劉備殿に跡を頼みたい」

 麋竺はのどを鳴らした。重大な発言である。

「劉備殿が来援してくれて、わしはうれしかった。あの人は命を賭けて、縁のない徐州を守ってくれた。徳の将軍とでも呼ぶべき人だ。彼に徐州牧の地位を譲る」

 麋竺は重々しくうなずいた。彼も陶謙亡きあと徐州牧になるべきなのは、劉備だと思っていた。あの方しかいない。

 その遺言を伝えた後、陶謙は肩の荷を下ろしたように微笑み、目をつぶった。

 まもなく死去した。享年六十三。


 劉備が琅邪国から下邳城に戻ったとき、陶謙はすでに埋葬されていた。

「劉備様に徐州牧を譲ると遺言されました」

 麋竺はそう伝えた。

「申し訳ないが、受けるわけにはいかない。陶謙殿にはご子息がいるし、私は徐州には縁のないただの助っ人だ」

「縁ならもうあります。あなたは曹操の魔の手から徐州を救い、琅邪国で鎮魂や再建をしてくださった。牧となっていただきたい」

「しかし……」

「劉備様、お願いします」

 麋竺だけでなく、孫乾、糜芳などの遺臣たちが、劉備に向かって頭を下げた。

「殿、受けるべきだと思うぜ」と簡雍が言った。

「ううむ……」

 劉備は迷い、うなった。こんななりゆきで一州の代表者となってよいのだろうか。

 よそ者のおれに、州民はついてきてくれるのだろうか。

「劉備様、いや、殿。私たちを導いてください」

 麋竺の目は真剣だった。

「わかった。牧になる」

 劉備はしっかりとした足取りで徐州の主の椅子へ歩いていき、腰を下ろした。


 兗州では、曹操と呂布が血みどろの戦いを繰り広げていた。

 呂布は兗州を支配する直前までいったが、曹洪、夏侯惇、程昱、荀彧らの留守部隊がよく戦い、東郡を死守した。

 曹操は徐州から舞い戻り、兗州を取り戻すために戦った。

 戦闘は一年余りもつづいた。

 蝗の大群に襲われたり、曹操軍に食糧庫を焼き払われたりして、呂布軍は継戦不能となっていった。


 徐州では、劉備が牧となっている。

 彼は住民に慕われた。琅邪国の再建に尽くしたことを、人々はよく知っていた。

 麋竺は妹を劉備に嫁がせた。花のように美しく、やさしい女性だった。

 麋夫人と呼ばれた。芯の強い人でもあった。


「おれは流れ者だ。徐州にはいつまでいるかわからん」

「どこへでもついていきますわ。あなたは世を安らかにする方。思うとおりに生き、戦ってください」

「おれにはできすぎた女だよ、おまえは」

 仲睦まじい夫婦になった。


 呂布が曹操に敗れて、敗軍を連れて徐州へ入ってきた。

「劉備殿、わしを受け入れてくださらんか」と頼まれた。

「呂布は養父の丁原と主君の董卓を殺した男ですぞ」と関羽は劉備にささやいた。

「いま呂布殿を追い払えば、彼の兵が飢える。見るに忍びない」

 劉備は小沛城を呂布に与えた。  

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