大好きなトウマ――と同じ顔の夫と、キスもエッチもできないなんて。
あたしはベッドの上で呆然としたまま、セラディスの神妙な顔を見つめた。理知的で穏やかで、どこまでも誠実そうな顔。
……だからこそ、厄介だ。
「ねえ、セラディス? 本当に、キスもダメなの?」
期待を込めて聞いてみる。もしかしたら、あたしの可愛さ(まだ自分の手しか見ていないが、多分可愛いはず!)に免じて例外を認めてくれるかもしれない。
しかし、セラディスは困ったように眉を寄せ、静かに首を水平に振った。
「アレオン神への誓いを破ることはできません」
「……そっかぁ。あれ、セラディス自身は何歳なんだっけ?」
「私は今年25になりました。ですが、私だけがその年齢に達していても意味はありません。夫婦共に25歳以上になるまでキス以上の行為は許されない、これは『神聖なる真愛は成熟した精神に宿る』という考え方に基づくものであり、夫婦が共に精神的な成熟を迎えた後にのみ、その真実の愛の証として肉体的な関係を持つことが許される、という教えなのです」
「なるほどね」
無理か。
ホストのトウマなら「特別だよ」なんて言いながら、即キスしてくれるのに。なのに、この敬虔すぎる夫ときたら、顔も声も完璧なのに、ガードだけは鉄壁だった(←あたし上手いこと言ってる?)。
3年も待てるわけない――そう思った瞬間、あたしの心は決まった。
セラディスを、その気にさせてやる!
◆第1の作戦:甘えん坊アタック
訪問してきた医師の診察を受けて、「軽いたんこぶができていますね。それ以外は健康です」との診断を下されたあたしは早速活動を開始した。
「ねえ、セラディス。頭がちょっとぼーっとしてて、ふらふらするの。だから……支えて?」
ベッドを下りたあたしは少しフラついたふりをして、セラディスの腕に寄りかかる。
うん、トウマと同じく着痩せして見えるけど、やっぱりがっしりしてる。鍛えられた体、最高……! 背もトウマと同じ180cmくらいかな? とにかく高くて惚れ惚れしちゃう。
セラディスは一瞬驚いたように目を見開いたけれど、すぐに優しくあたしの肩を抱いた。
「大丈夫ですか? まだ無理はしないで、横になっていてください」
……うん、優しい。
でも、全然靡いてくれない。
このまま顔を近づければ、ドキドキするかな? と試しにもう少し寄ってみる。
だが、セラディスはただ微笑むだけだった。
「何か食べますか? それとも、お茶を淹れましょうか?」
うう、動じない。あたしって実は顔がイマイチだったりする?
そのまま身支度を整えると言って、あたしはドレッサーの前に座らせてもらった。そこで初めて自分の容姿を見る。
髪は、艶のあるミルクティーブラウンのセミロング。肌は色白で透明感があり、目は大きく、瞳の色はヘーゼルゴールド。細身の体には、ほどよく女性らしい曲線がある。
なにこれ、最高じゃん!! アイドルみたいに可愛い!!
急に自信が湧いてきた。
◆第2の作戦:色仕掛け(初級編)
自分の容姿を見て気が大きくなったあたしは、少し攻めた方法を試みることにした。
ワンピースドレスの背中の紐をわざと解き、あたしのお色直しを直視しないよう気遣ってか、窓際で外を眺めていたセラディスへ、
「ねえセラディス、ドレスの紐が
背を向け、後ろ手に紐を不器用そうにいじる。うなじがよく見えるように角度を調整。
さすがにこれなら――
「わかりました」
セラディスは静かに紐を手に取り、丁寧に結び始めた。
「……っ」
近い。しかも、手つきがすごく優しい。あたしの方が照れちゃう。
これは、さすがに意識するでしょ!?
……しかし。
「できました。締めすぎていないですか?」
いつも通りの穏やかな声で、何事もなかったかのように手を離し、また窓際へ戻っていく。
嘘でしょ!?
◆第3の作戦:正面突破
こうなったら、はっきり聞くしかない。
あたしはセラディスにツカツカ歩み寄った。
「ねえセラディス、もしかしてあたしに興味ない?」
「え?」
「いや、普通ね、こういう美女が夫にちょっかいかけてたら、グッとくるものでしょ? なのに全然揺らがないって、あたしの魅力不足なの?」
ぐいっと顔を寄せる。
さすがにこれには何か反応して――
「いえ。あなたはとても魅力的な人です」
予想外に冷静かつ穏やかに断言され、「へ?」と口から間抜けな声が出た。
「私にとって、あなたは命より大切な妻です。ですが、アレオン神の誓いは絶対に破れません」
そしてさらに断言。
◆作戦失敗
「悔しい……」
あたしはその場で崩れ落ちた。
この男、どうやって落とせばいいんだろう。
「マナシア?」
セラディスが心配そうに声をかけてくる。
そんな彼の完璧な顔を見上げ、
「ああ、好き……」
「えっ?」
じゃなかった! そうじゃなくて、
「覚悟してて! 絶対、その気にさせてやるんだから!」