セラディスをその気にさせる――そう決意したものの、あたしの奮闘はことごとく空振り。
甘えん坊アタックも、色仕掛けも、正面突破も、彼の敬虔さの前では何の意味もなかった。
このままではいけない。
だが、どうやったらセラディスの心を揺さぶれるのか……。
悩みながら、あたしは探検も兼ねてふらふらと屋敷の廊下を歩いていた。
屋敷というのは、あたしとセラディスが暮らす司祭館のことだ。司祭館は教会の聖職者や、その家族が住むための特別な屋敷であり、国中の教会を取りまとめる全教委員会の管理下にある公的な邸宅だという。
聖職者を職務に専念させるという目的で教会から派遣された使用人までいて、屋敷の一階に住んでいるらしい。
ということは、家事をしなくていい。ものすごく良い待遇!
なんでそんなところに住んでいるのかというと、あたしの夫、セラディスはなんと、ここ聖都ルミナスの中心部に建つ聖アレオン大聖堂とかいう教会の主任司祭だったのだ。
そりゃ敬虔だ。ガードが固くても仕方ない。
いや、仕方なくないっ……!
あたしが欲求不満で死んじゃう!
なんて考えていたその時。
「あら、マナシア。目が覚めたのね」
優雅な声が響いた。
振り向くと、そこに立っていたのは、ひとりの美しい女性。
エメラルドグリーンの瞳、白い肌、清楚なシスター服。
誰?
「ティアリナよ。忘れた? 頭を打って記憶が混濁してるって聞いたけど、本当だったのね」
切なげに眉根を寄せる彼女を、美人だなぁと思いながら数秒眺めて、あたしは気づく。
シスター――つまり、セラディスの同僚ね! ってことはあたしも知り合いか。
でもなんで、あたしとセラディスの愛の巣にいるの? 司祭館って聖職者なら勝手に入れるの?
ティアリナの表情が怪訝そうになっていくので、あたしは慌てて返事をする。
「あ、ううん、覚えてる覚えてる。ティアリナだよね。ちょっと、ぼうっとしちゃって」
「そう。なら、よかったわ。気を失ったと聞いたときは心配したのよ」
「え、あ、うん。ありがとう?」
戸惑いながらも答える。
「……ところでティアリナ?」
「なにかしら?」
あたしは、彼女の後ろに隠された何かを見逃さなかった。
「それ、何持ってるの?」
「え? ああ、これ?」
ティアリナがスッと前に出したのは、一輪の美しい白いバラ。
「セラディスに渡そうと思って。彼、いつも忙しくて疲れているでしょう? 少しでも癒しになればと」
は???
まさか、セラディスにバラを渡す女がいるとは思わなかった。
「え、えーっと、その、間違ってたらごめんだけど……ティアリナはセラディスのこと、好きだったりする?」
あたしが探るように聞くと、ティアリナは微笑んだ。
「ええ、大好きよ」
衝撃の言葉。
「えっ、えっ……!?」
「だって、彼は優しくて誠実で、素晴らしい男性でしょう? 彼を好きにならない理由があるかしら?」
確かに、それはそう。
でも、ちょっと待って?
「あ、あのねティアリナ、セラディスは、あたしの夫なんだけど」
「もちろん知っているわ。でも、私たちは
聖職者っぽい! 思わず頷いちゃう!
いや、丸め込まれちゃ駄目。後ろめたいことがないなら、バラを背中に隠す必要なかったでしょ。これは絶対、何かある。
「あの、つかぬことを伺いますが、ティアリナって何歳だっけ?」
「28よ」
まずい。キスもエッチもできる歳だ。
彼女に恋愛感情があるのかどうかはわからないけど、こんな美人がそばにいたら、男はみんなグラッとくるはず。
あたしが男だったら、この豊満なバストを見ただけで
ああもうっ。ただでさえ堅物なセラディスを落とすのに苦労してるのに、ここにライバルまで登場するなんて……!
「マナシア、大丈夫? さっきから顔が赤くなったり青くなったり……」
柔らかな手があたしの頬に触れる。
ああん、優しい! こんなふうに触れられたら、あたしの方が落ちちゃいそう!
「このバラ、あなたにあげるわ。あなたも癒しが必要そうだものね」
ティアリナは微笑み、あたしの手に白バラを持たせた。トゲが全部処理してあって、つるっつる。思いやりの塊!
去っていく彼女の背を見送りながらあたしは、決意した。
絶対、セラディスを他の女になんて渡さないんだから!
そしてあたしも、あんたになんか落ちてやらないんだからねッ!