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第15話 陳宮公台

 陳宮公台の生年は不詳。兗州東郡東武陽県生まれ。

 陳氏は、地元では有力な家系だった。高名な学者や武将が家に宿泊することも多かった。陳宮はそれらの人々と積極的に交流した。


 陳宮は荀彧より早くから、曹操に仕えていた。

 彼は、兗州刺史劉岱の戦死の機をとらえて、曹操に提言した。

「覇王の業をなすために、兗州を取るべきです」


 陳宮は曹操を天下人にしたいという意志を持ち、その軍師になりたいと希望していた。

 ところが、曹操に軍師は必要ない。

 彼自身が高い戦略戦術の能力を持ち、必要なのは相談役、実務能力者で、せいぜい他の視点からの提言者程度のものであった。


 陳宮は、彼の策を使ってくれる主が欲しい。彼の自己表現の道具としての旗頭が必要なのであって、頭領自らが創造性を発揮するようでは困るのである。

 おまけに曹操は、荀彧、鍾繇、郭嘉、程立など、軍師級の人物を次々と召し抱えて、それを贅沢にも参謀や官僚として使っている。この状況では、陳宮は参謀のひとりとして埋没してしまう。


 陳宮は必ずしも曹操を裏切るつもりはなかった。が、彼から離れて、別の主のもとで自分の計略を実現したいと考え始めていた。

 そんなとき、曹操が徐州を滅ぼすなどという妄言を口にして、軍主力を連れて兗州から徐州へ行ってしまった。

 陳宮は壮大な反逆の絵を描くことにした。絵が現実になれば、今度こそ軍師になれる。


「曹操様は徐州で人民大虐殺をしようとしています。これをどう思いますか」

 陳宮は人払いをしてもらってから、陳留郡太守の張邈にたずねた。

「よくない。曹操は天下の輿望を失うであろう」

「私は曹操様が劉邦のごとき人だと思って仕えてきましたが、どうもそうではないようです。いまの天下に劉邦は見当たらない。しかし、項羽ならいます」

「誰だ?」

「呂布奉先様です。呂布様を押し立てて覇王になっていただけば、我らは三公になれるでしょう」


 呂布は李傕と郭汜の軍に敗れて長安から脱出した後、放浪の将となり、一時は張邈のもとにいたこともある。

「項羽は天下を取れなかったが」

「軍師がいなかったからですよ。私は呂布様を項羽以上にしてみせます」

「……あの男があなたの手のひらの上で踊るようなら、加わってもよい」

 張邈は悩みに悩んでから言った。

 言質を取った、と陳宮は思った。


 その頃呂布は、司隷河内郡太守の張楊のもとに身を寄せていた。

 陳宮は呂布に宛てて手紙を書いた。


 呂布奉先様


 兗州牧の曹操が、私怨で軍を動かし、徐州の無辜の民を虐殺しようとしています。

 これを食い止める正義の軍が必要です。

 誰かが兗州を取り、曹操の残虐行為を阻止しなければなりません。

 呂布将軍は手勢を率い、陳留郡へおいでください。

 あなた様は客将で終わる方ではなく、その程度で終わってはならないのです。

 張邈孟卓とこの陳宮が覇業のお手伝いをいたします。

 正義の軍を率い、天下に平和をもたらしてくださいませ。 


 陳宮公台


 この手紙が曹操の手に落ちたら、陳宮の首は胴体から離れることになる。

 だが、陰謀に危険は付き物である。

 その程度の賭けはできる度胸が、陳宮にはある。


 手紙は首尾よく呂布に届いた。

 陳宮とは何者だ、と彼は思ったが、手紙の内容には興味を持った。

 もとより張楊の客程度で終わるつもりはない。機会を待っていたにすぎない。

 その機会が来たようだ。


 呂布は、洛陽にいた頃からの中核部隊と言うべき騎兵五百騎を率いて、陳留郡へと駆けた。

 彼は董卓から与えられた名馬赤兎に乗っている。


 陳宮は裏切ると決めた日から、張邈の根拠地陳留郡に滞在している。

 すでに東武陽県の陳氏、張邈の故郷東平郡の豪族たち、張邈の弟の江陵郡太守張超、従事中郎の王楷、許汜などを味方につけている。

 呂布が着きしだい、反乱の火の手を上げられるよう準備を整えていた。


 赤兎馬に乗った猛将呂布が来た。

「将軍の到着をお待ちしていました」

「そなたが陳宮か」

 陳宮はうなずいた。


「あなた様に天下を統一していただきたいのです」

「戦う準備ならできている。おれは曹操と対決すればよいのか」

「その前に兗州を平らげてください。曹操の家来にも、手ごわい者が少々おります」

「誰でもよい。おれを戦わせてくれ」


 呂布に戦略はない。

 陳宮が思い描く絵のとおりに戦ってくれるであろう。

 彼こそ、陳宮にとって理想の旗頭であった。


 呂布と陳宮はすばやく行軍した。

 軍勢は呂布の精鋭部隊五百騎のほか、張邈の配下にあった陳留郡の歩兵一万。


 その頃、曹操は徐州で住民の大虐殺を現実のものとしていた。

 彼が行くところ、阿鼻叫喚の巷となり、屍山血河が生じ、人間と家畜はことごとく死に絶えた。

 たちまち十数城が落ち、その県は無人の荒野となり果てた。

 曹操に容赦はなく、さながら魔王のようであった。

 彼の軍勢は魔軍とならざるを得ない。

 皆殺しの行進をつづけた。


 曹操の評判は地に落ちた。

 呂布の行く手をさえぎる者はいなかった。

 曹操の根拠地中の根拠地である東郡を除き、すべての郡が呂布の手に落ちた。

 陳宮の反乱は成功しつつあった。

 呂布を兗州牧にかつぎあげた。 

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