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第40話 伝統の魔改造 ~ご当地焼きそば~

 夜――寮の炊事場には、焼けついたソースの香りが充満していた。


「なづなちゃん、まだ起きてたの?」

「あ、すずめちゃん」


 入口のところから、すずめちゃんがひょいと顔を出した。

 あまりに建付けが悪いからって、戸をあけっぱなしにしたのは、マズかったかな。

 廊下にもこの匂いが充満しているのかもしれない。


「わー、焼きそばがいっぱい!」

「うん、学園祭のためにいろいろ試作をしてて。良かったら食べてって。あと感想ちょうだい」


 私は、調理台に置かれた皿の数々を、すずめちゃんに差し出す。


「まずは、B級グルメの王様! 太麺にツヤッツヤの目玉焼きが眩しい、秋田県・横手焼きそば!」

「美味しい~! とろとろの半熟卵に漬けるようにして食べると格別だよね~」


「目玉焼きトッピングはこちらもお家芸! お出汁で蒸し焼きにした、香り高い宮城県・石巻焼きそば!」

「文句なく美味しい~! しっかり濃い味なのに、クセがなくてまろやか! お出汁の力かな?」


「太麺なら、もいいよね! うどんみたいな麺が特徴的な、福島県・なみえ焼きそば!」

「当然のように美味しい~! 具材も大きめでゴロゴロして、ガッツリ系だね!」


「焼きそばの常識を覆す! ラーメンスープにソース焼きそばを浸した、青森県・黒石つゆ焼きそば!」

「ソウルフ~ド~! 麺のソースがスープに溶け出してくとこがまた美味しいんだよねぇ。最初は焼きそば味だけど、どんどんラーメンに変わっていくの。元は、かけ蕎麦のつゆなんだけどね」


 その他にも、海鮮の旨味を足した宇都宮焼きそばや、横手焼きそばに並ぶの太田焼きそば、富士宮焼きそば等々、思いつく限りのスタイルで、真帆先輩に教わった剣道部焼きそばを大胆にアレンジしてみた。

 すずめちゃんは、そのすべてを「美味い美味い」と喜んで食べてくれた。


「ご当地焼きそばって、全国にこんなにあるんだね」

「そうなんだよね。私も試作用に調べてみて、びっくりしちゃった」

「山形のご当地焼きそばは無いの?」

「山形はほら、ラーメンの県だから」

「なーる」


 ご飯食べに行こってなった時に「うーん、のどっちにする?」っていう選択肢がまず最初に上がるのが、ここ山形県である。

 焼きそばのニーズは、残念ながら二の次だ。


「てか、剣道部の焼きそば、アレンジするの? グループチャットで回して貰った真帆先輩の動画、もっとこう、シンプルな屋台の焼きそばだったよね?」

「うーん、実は、客単価を上げたいんだよね」


 私も、一旦考えるのを止めて目の前の焼きそばバイキングに手を伸ばす。


「剣道部の焼きそばは、いつも学園祭チケット三枚で販売してる。チケット一枚が百円だから、三百円だね。毎年、二百食を準備して完売させてる」

「ふむふむ」

「一方で、学園祭の売り上げランキング一位が、いつもだいたい九万と数千円の売り上げなんだって。そうなると、確実に一位を狙う売り上げ目標は、ざっくり十万円くらいになる」


 チケットで言えば千枚分だ。


「いつもの値段設定で売ると、目標達成にはくらい売り上げなきゃいけない。ほとんど、例年の倍だよね」

「う~ん、流石にそれは、厳しそうかも……」

「でも、例えば一食の単価をチケット四枚――四百円にできれば、でいい」

「例年にプラス五十食かぁ。それなら、頑張れば何とかなりそう!」

「でしょ? だから、伝統の焼きそばに、どうすればもう百円の価値を追加できるか、こうやっていろいろ考えてるってワケ」


 とはいえ、このプラス百円というのがなかなかの曲者だ。

 売り上げは、完売してトントンを目指さなきゃいけないから、単なるマイナーチェンジ程度じゃチケット三枚――三百円の枠を超えることができない。

 食材を良いものに変えることで、全体の原価を上げることはできる。

 それでも、四百円・二百五十食で予算トントンにするには、プラスアルファの大規模な付加価値――魔改造が必要なのだ。


 すると、ひとしきり食べ終えたすずめちゃんが、悩ましい顔で首をかしげる。


「確かに、横手風も、石巻風も、浪江風も、黒石風も美味しかったけど、私は、シンプルな毎年の焼きそばの感じが好きかなぁ。お祭りって感じがして」

「そう! そこが問題なの!」


 いろいろと改良案は試してみた。

 実際に試さないと、分からないこともあるからね。

 でも、こうして試作してみることで、一番の課題もまた浮き彫りになった。


「剣道部焼きそばって、この形で完成してるんだよね」


 だから、どんなアレンジを加えても「美味しいは美味しいけど、結局シンプルなのが一番いいよね」って評価になってしまう。


「普段の稽古と一緒だね~。同じを地道に何度も何度も、何年も何年も繰り返し練習して、無駄な動きをそぎ落として、完成したのがこのなのかもだね」

「長年の研鑽けんさんかぁ……そりゃ、一朝一夕のアイディアじゃ、太刀打ちできそうにないね」


 伝統には伝統の、伝えられてきた意味と価値がある。

 もしも、それに手を加えようって言うなら、いっそ伝統そのものを破壊するか、放棄してしまうくらいの覚悟が必要なのかもしれない。


「いっそ、八宝菜を乗せたあんかけ焼きそばにでもする……? 野菜なら左沢農園から沢山手に入るし、単純に具だくさんの分単価も上げられるかも……いやいや。でも、伝統を私の代で壊しちゃうのも、なんか気が引けるっていうか」


 先輩たちが伝えて来たものを壊してしまうのは、やっぱり忍びない。

 大昔の先輩が考えて、それが真帆先輩にまで伝わって、今は私に伝わった。

 この流れを途絶えさせることは、ある意味で先輩たちがここにいた証のようなものを、私のエゴで捨て去ってしまうことのように感じる。


「やっぱり、このままで勝負するしかないのかな……伝統焼きそばのまま、頑張って三百五十食を売り込む方法を考える?」

「いっそチケット二枚――二百円に単価を下げて、五百食売るとか! 一食の量を減らして、これなら二個食べれるかな? みたいな」

「なるほど、それもひとつの手かもね。一般のお客さんには、地元の子供たちとかも居るし。女の子とかも、焼きそばひとパックって、他の食べ歩きできないくらいお腹満たされちゃう。せっかくの学園祭だから、色々食べたいだろうに。だから小サイズをチケット二枚。食べ盛りの男子向けに、大盛りの大サイズをチケット四枚とか」

「そうそう! あー、でも、食べ歩きかぁ」

「どうかした?」


 すずめちゃんが、また渋い顔で首をかしげる。


「焼きそばって食べ歩きにあんまり向かないよねって、いつも思うんだよね」

「どういうこと?」

「ほら、利き手にお箸持って、反対側にパック持つじゃん? そうなると手が塞がっちゃうし、どっかで立ち止まったり座ったりして、落ち着かなきゃいけないよね」

「あー、はいはい。焼きそば買うと、イートインスペース探しちゃうよね」

「たこ焼きとかは、舟持って食べながら、ぶらぶら露店巡り継続できるんだけど。同じ意味で、お好み焼きとかも、落ち着けるとこ探しちゃうなぁ」

「お好み焼きね~。それこそ山形だと、って――ようは、箸巻き? お箸に薄く焼いたお好み焼きをって巻いたヤツが主流で。焼き鳥みたいに手で持って、食べながらお祭り練り歩くのが夏の風物詩みたいなとこあるよ」

「え~、なにそれ! 美味しそう! 誰か屋台出さないかな?」

「たぶん、どっかは出すんじゃない? 定番中の定番だし――あっ!」

「うん?」


 ひらめいた。

 ひらめいちゃった。


 私は、残った焼きそばを頬張りながらきょとんと眼を丸くするすずめちゃんの肩を、勢いでパンパンと叩く。


「いいかも、それ!」

「え、なに? どんどん焼き? 鉄板あるし、サイドメニューで作る? 商品増やすのは確かにアリかも?」

「そうじゃなくって!」


 商品価値も、手軽さも兼ね備えながら、何より伝統を損なわない。

 そんな、一発逆転の方法。

 妙案。

 天啓。


 それが、バッチリと頭の中に降りて来た。


 一応、事前に試作はしておこうかな。

 トータルの仕入れ値も知りたいし、念のためにね。


 あとは……実家にあるを借りたいなぁ。

 今の時期は、使わなくって倉庫で埃をかぶってそうだし、たぶん貸してくれると思う。


 そうと決まれば、さっそく実家に電話して……うん、なんか上手くいきそうな気がしてきた。

 チケット千枚――売り上げ十万。

 それは決して夢物語なんかじゃないって、学園祭で証明してみせる。


 え、誰にって?


 私自身のプライドに!

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