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13 2日目―絶望の口づけ

「……え……?」


一瞬、言葉が呑み込めなかった。


「交換条件。止めてあげるから、僕にキスして?」


まるで、何気ないお願いのように。

けれど、それが絶対の選択肢であることを、俺は直感的に理解してしまった。


「……っ……ふざけんな……!」

「ふざけてないよ?」


凛は淡々とした口調のまま、俺の手首をそっと握る。


「ほら、どうする?」


(……クソ……)


ここまでの屈辱を思い出す。

このまま拒めば、また――


「……っ……」


喉の奥が詰まる。


(……やるしか、ない……?)


「キス」 それだけで済むなら――


「……っ……わかったよ……」


呟くように言うと、凛は満足そうに微笑んだ。


「うん、偉いね」


その言葉に、無性に苛立ちを覚える。

だけど、抵抗はできない。


「……」


凜は一度俺を解放するかのように手を離す。

俺は、やはり迷ったが起き上がると膝立ちになって、ゆっくりと顔を近づける。

唇が触れた瞬間――


「ん……」


凛の手が、俺の頬を包んだ。


「っ……!」


一瞬で、全身が総毛立つ。

単なる接触のはずなのに、妙に熱がこもる感覚。


「れーちゃんの唇、柔らかいね」


囁くような声が、耳に絡みつく。


(やばい……)


「ほら、もう少しちゃんとして?」


(……っ……!!)


一度では満足しない、凜。

俺は息を吐きだし、もう一度唇と唇を触れさせる。

すると、凜が舌を出して俺の唇を舐めた。


「……っあ……」


嫌悪感があるのだと思った。

だって、ずっと一緒にいるとはいえ、凜はそういう対象でなかったのだ。

少なくとも俺にとっては。

けれど、そんなものはまるでなくて、逆に俺を絶望に突き落とした。

凜の舌が声を上げた俺の唇の隙間から入り込んで、咥内をゆるりと舐める。

その感触に、びくり、と俺の背中が勝手に揺れた。


「あは、れーちゃん……本当に、可愛い……」


ちゅ、ちゅ、とリップ音を立てて凜の唇が離れる。

それだけで、喉の奥が妙に熱くなる気がした。


「うん、いい子」


凛が優しく微笑む。


「れーちゃん、疲れたでしょ? 少し休もうか。お水は飲もうね」


(……何なんだよ、こいつ……)


ここまで支配しておいて、まるで本当に俺を気遣ってるみたいな顔をする。

されるがままに、水分を摂らされてから、俺は何も言わず、ベッドの上に横たわった。

柔らかい毛布がかけられる。

いい子、と凜が俺の頭を撫でた。



どれくらい時間が経ったか分からない。

目を開けると、凛が俺の横に座っていた。


「お水、飲む?」


差し出されたグラス。

俺は無言で見つめる。


(……これ、拒否したらどうなる……?)


でも、喉が乾いているのは事実だった。

休む前にも飲まされたが、水分を身体は欲している。


「……」


渋々、グラスを受け取る。


「うん、偉いね」

「っ……!」


また、その言葉。

まるで 「ちゃんと言うことを聞いたね」 みたいな響きに、無性に苛立つ。


(……こんなの……)


ゴクッ、と喉を鳴らして水を飲む。

思った以上に、身体に染み渡る感覚があった。


(……そういえば、腹も……)


空いている。

けど、それを口にするのは “何かに負ける” 気がして、俺は黙った。


「……じゃあ、次の準備しようか」

「え……?」


水を飲み終えたばかりのタイミングで、凛がスッと立ち上がる。


「……次……?」


俺が訊き返すと、凛は当たり前のように微笑んだ。


「うん、5回目の注射」


そう言った凜の手には、あの注射があった。

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