昨日から、何度も打たれている。

けど、今回の「5回目」という言葉が、妙に重く響いた。

「待て、待て待て……！凜……！！」

「昨日と同じだよ。大丈夫、痛くしないから」

「そういう問題じゃないんだよ！！」

「でも、もうここまできたら、止められないよね？」

（っ……！！）

俺の腕を掴んで、静かに固定される。

昨日の俺なら、振り払えたはずの力。

（……いや、今だって――）

そう思って抵抗しようとする。

けど――

「っ……！？」

力が入らない。

（……嘘だろ……？）

「ほら、大人しくして」

「っ……！！」

「れーちゃんの身体、もう準備が進んでるんだから」

「っ……進んでない……っ！！！」

「本当に？」

俺の瞳を覗き込む凛の表情は、何も変わらない。

まるで、もう「確定していること」の確認をしているみたいに。

――チクリ。

「っ……！」

肌に針が刺さる感覚。

ちょっとした痛み。

「これで、また少し進むね」

凛が、優しく腕をなぜた。

けど、俺の意識は、すでに別のことに向かっていた。

（……やっぱり、力が……）

αとしての強さ。

今まで当たり前のようにあったものが、少しずつ抜け落ちている気がする。

（……嘘だろ……）

まだ、変わってないはずなのに。

なのに――

「じゃあ、どこまで変わったか、試してみようか」

「……は？」

「れーちゃん、ちょっとじっとして」

「……っ……何だよ」

凛が俺の顔にゆっくりと近づく。

「……おい、近――」

凜の鼻先が、俺の首筋を掠める。

「っ……！」

（……何して……）

そう思った瞬間、強烈な感覚 が、頭の奥を直撃した。

（……っっっ！！！？？？）

「うん、やっぱり匂いが変わってきてる」

「は……？」

「昨日より、甘い匂いになってるよ」

「……っ！！！」

何言ってんだ、こいつ。

そう思った瞬間に、俺を別の感覚が支配した。

柑橘系のような、けれど甘さのある香り。

（……何だ、この感覚……？）

そして脳の奥が、妙にズンと重くなるような、引っ張られるような。

この感じ、知らないはずなのに。

「……れーちゃん、僕の匂い、どう？」

「……は？」

「ちゃんと、感じるでしょ？」

「……何を……」

「αのフェロモン」

（――！！！！！！！！）

「普通、α同士なら分からないよね」

凜が言うことは至って正しい。本来ならばα同士でフェロモンを感じることはまずない。

嘘だろ？そんな、馬鹿な。馬鹿な。

「……っ……」

「でも、れーちゃんには分かるでしょ？」

「っ……そ、んな……」

そんなわけ、ない。

そんなの、ありえない。

俺は、まだ――だって、まだ。

「Ωになってきてるんだよ」

「っ……！！！」

違う、そんなはず――ない。

呆然とする俺の頭をゆっくりと凜が満足げに撫でた。