喉が渇く。
さっきまでの乾きとは違う。
もっと深い場所から、何かが枯渇していく感覚。
(……これ、本当に俺の体か……?)
掌が震える。
しかしそれすらも、もうどうでもよくなりそうだった。
「れーちゃん」
凛の指が、ゆっくりと俺の頬を撫でる。
肌が触れた瞬間、ゾクリと背筋に電流が走った。
「っ……」
異常だ。
凛の手が離れたあとも、熱がそこに残るような錯覚。
まるで、触れられることが「普通」であるかのように、俺の体が馴染もうとしている。
「昨日より、もっと素直になってるね。可愛い……」
「……っ……」
違う。違うはずなのに。
「ふふ、何も言い返さないんだね」
「……言うことがないだけだ」
「本当に?昨日までなら……ね?」
「……っ……」
言葉が、詰まる。
何かを否定しようとするたびに、のどがひどく渇く。
「れーちゃん、苦しい?」
「……苦しくなんか……っ」
言いかけて、息が詰まった。
体が、内側から熱を持ち始める。腹の奥がじくじくと疼く。
これまでと違う、明確な「変化」が押し寄せてくる。
「ほら、ゆっくり息を吸って」
凛がそっと、俺の髪を撫でた。
その手つきが、やけに優しくて――
(……なんで、落ち着く……?)
昨日までは、触れられることすら不快だったのに。
拒絶しようとするたびに、余計に思考が絡め取られていく。
「ねえ、れーちゃん」
凛の声が、やけに耳に馴染む。心地よく響く。
まるで、「番」の声みたいに。
(……待て……俺、今何を……)
「……っ……」
「息が荒いね。ゆっくり呼吸、しよ?」
(やめろ……!)
そう叫びたかったのに、声にならない。
喉の奥が、ひどく詰まる。
「れーちゃん」
再び呼ばれる。
それだけで、心臓がどくりと跳ね踊る。
まるで凛に恋しているかのように。
おかしい。これは、何かが――
(違う、これは……!)
ベッドの上で、息が浅くなる。
体の芯にまとわりつく熱。脈打つ感覚が、普段と違うリズムを刻む。
「……やっぱり、効いてきたね」
凛が満足げに微笑む。
その表情が、やけに遠く見えた。
「……ぁ……」
声を出すのが難しい。
腹の奥に、じわじわと滲む感覚。
鈍い痛みとも違う、不可解な衝動が広がる。
「ねえ……れーちゃん」
また呼ばれる。
「昨日より、僕の匂いが近く感じるでしょ?」
「っ……」
思考が、凛の言葉に追いつかない。
(こいつの匂いが、近い……?)
いや、そうじゃない。
違う、これは――
(俺が……こいつの匂いを……)
「……っ……!!」
駄目だ。これは、もう――これは、俺じゃない。
俺の身体では、ない。
「れーちゃん、昨日までは『違う』って言えたのにね」
「……っ……」
言えない。
もう、何をどう言い訳しても、この体は――
(……俺は……)
「……大丈夫だよ」
凛の指が、そっと俺の顎を持ち上げる。
ひんやりとした指先が触れるだけで、喉の奥がひくりと震えた。
「れーちゃんは、僕の番だから」
その言葉が、胸の奥にずしりと落ちる。
(……っ……)
違う。違うはずなのに。
だって俺はαだ……凛とは番になれない。
けれど、でも。
「もう、逆らえないでしょ?」
「……っ……!!」
逃げなきゃいけない。
でも、もう体が言うことを聞かない。
おかしい。だって俺の身体なのに。何故……。
「れーちゃん」
低く囁かれる。
それだけで、息が詰まった。
凛の顔が近づく。
間にある空気が、ゆっくりと溶けていくような錯覚。
(……やめろ……っ……!!)
けれど、体は動かなかった。
唇が触れる。
軽く。羽のように触れて離れる。
まるで、俺の意思を確かめるような、試すようなキス。
(……っ……)
本来なら、即座に突き放していたはずだった。
なのに、今は――
(……離れられない……!!)
凛の指が、俺の顎を引く。
自然と、深くなる。
舌が触れ合う瞬間、息が詰まった。
「……っ……」
体の奥が、びくりと震える。
昨日までなら、こんなものただの暴力だった。
でも、今――は……
(……違う……ひどく、心地いい……)
何かが、染み込んでいく。それは水のように。
口の中に、熱が広がって、息が早くなった。
唇の隙間から、ゆっくりと体の奥に侵食していく。
「れーちゃん……気持ちよさそうな顔してる」
「……っ……」
違うと、言えない。
何かが崩れそうで、必死に口を閉ざす。
けれど、もう――
(……俺は……)
凛の唇が、そっと離れる。
「ほら、息して?」
優しく促される。息を吸うたびに、体が震えた。
それは、恐怖じゃない。
(……なんだ、これ……)