背中が、沈んでいく。
重力でも、熱でもない。
もっと、どうしようもない「力」が、俺を下へ下へと引きずっていく感覚。
抗うたびに、身体の奥で何かが軋む。
それが――快感に近いものだなんて、思いたくなかった。
「れーちゃん……」
凛の声は、すぐ近くで響いていた。
肩口に唇を落としながら、まるで恋人を抱くように、俺の体を包み込んでくる。
「怖いなら、手を繋いでいようか?」
ささやかれる。
指先が、絡む。信じられないくらいの、熱。
握り返そうとしたわけじゃない。けど、逃げられなかった。
俺の手は、すでに凛のものだった。
「……お前、本当に……こんなことして……何が……」
言葉が、霧の中に落ちていく。
自分で自分の声が遠くなる。
まともに思考ができない。けれど、皮膚感覚だけは、異様に鋭くなっていた。
凛の手が、ゆっくりと俺の身体をなぞる。
首筋から、鎖骨へ。胸元、腹部、そして腰。
どこに触れられても、身体が震えた。
熱が、触れられた場所から伝っていく。
それは、あたたかいというよりも「侵食」に近い感覚だった。
快感という罪悪に囚われて、嬌声が漏れる。
「れーちゃんは、ちゃんと僕を感じてる。……分かるよ」
吐息が耳を撫でて、ぞくりと背筋が跳ねた。
俺の身体が、勝手に――凛の声に反応していた。
(……いやだ……やめろ……)
そう思うのに、凛の体温に近づくと、胸の奥が落ち着く。
近づかないと呼吸が苦しい。
離れられない。
それが何よりの証拠だった。
「僕ね、ずっと“番”って言葉を信じてなかったんだ」
凛の声が、少しだけ低くなる。
「でも……れーちゃんに出会って、分かった。これはただの偶然や生理現象じゃない。僕が、君を“番”にするって決めた瞬間から、すべては始まっていたんだよ」
(……決めた、だと……?)
おかしい。
普通の番は、運命だとか相性とか、そういう“自然の摂理”で結びつくもののはずだ。
でも、凛は――“選んだ”と言った。
「れーちゃんを番にするために、僕は何年も準備した。全部、自分で作ったんだよ?君の身体に合う薬も、ホルモンバランスも、変化の手順も、全部。れーちゃんの反応ひとつひとつまで計算して」
(……嘘だ……そんな、こと……)
「だから、これは僕の責任で、僕の選択なんだよ」
凛の手が、俺の髪を優しく撫でる。
「君を、誰にも渡さないって決めた日から――ずっと、今日を夢見てた」
言葉が、耳の奥に沈んでいく。
まるで、心臓に直接注がれるように、凛の感情が染み込んでくる。
「れーちゃんが僕のものになる瞬間を、ずっと、ずっと思い描いてた」
それは執着の言葉。
けれど、同時に愛情の言葉だった。
「君を、番にする」
その宣言のあと、凛の指先が俺の腰を強く引き寄せる。
凛が俺の中に、入ってきて、肉を掻き分けていく。
今まで知らなかったほどの、快楽の波が俺をその場所へと沈めた。
唇が、首筋をなぞる。
舌先が、柔らかく円を描いて、そこに――
「っ……!」
小さな痛み。
けれど、それすらも甘く感じてしまう自分がいた。
(……これが、“番”……)
その証。
αとΩを、絶対に切り離せないものにする刻印。
体が、跳ねた。
止まらない。
熱が、一気に爆ぜる。
「れーちゃん、繋がってるよ。僕と、ちゃんと」
凛の声が、耳元でほどける。
「もう、どこにも行けない」
「……っ……うそだ……そんなの……」
声が震える。
けど、手は離せなかった。
もう、力が入らなかった。
繋がった。
それだけで、全身が脈打つ。
熱い。苦しい。けど――どこか、安心している。
(俺は……もう、)
俺は、凛のものになった。
確実に、完全に。
もう、誰にも奪われることはない。
――俺自身すらも。