この瞬間のために、僕はすべてを積み上げてきた。
何年もかけて準備して、実験して、あらゆる「拒絶」に備えてきた。
幸いにも僕は色々と恵まれていたのだと思う。
製薬会社の息子に生まれたこと。
αとして生を受けたこと。
全てが僕に味方をして、今がある。
れーちゃんを手に入れるための、唯一の方法。
誰にも傷つけられず、僕だけのものにする唯一の方法が――これだった。
「……綺麗だよ、れーちゃん」
ベッドに沈むその身体は、何も纏っていないはずなのに、僕には絹のような光沢に包まれているように見えた。
かつての彼は、どこまでも自由で、どこまでも遠かった。
近くにいても、何一つ届かない。
笑顔も、言葉も、全部“他人に向けられるもの”だった。
いや、ほんの少しは僕にも向けられていたのかもしれない。
けど、足りなかった、
それが今、ようやく!
僕の――この手の中にいる。
「大丈夫、れーちゃん。苦しくないようにするから……」
頬に触れる。
肌が薄く、熱い。
きっと今、呼吸すら苦しいだろう。
それでも、この“移行”は避けられない。
れーちゃんは今、αではない。
でも、まだ“完全なΩ”でもない。
だからこの夜が、境目。
僕が彼を“完成させる”最後の儀式。
首筋に唇を落とす。
脈打つその場所が、まるで「ここに刻印して」と訴えてくるみたいだった。
「番に、なろうね」
僕の声は震えていなかった。
ただ、熱を帯びていた。
胸の奥から引き上げた、ずっとしまい込んでいた感情――それが、ようやく言葉になっただけ。
「もう、れーちゃんはどこにも行かない。だって、君の身体は僕で満たされるようにできてるから」
本当に、よくできた。
君が僕の声に反応して、フェロモンに晒されるたびに身体が熱くなっていく様子。
触れるだけで背を震わせて、目を潤ませて、言葉が詰まる姿。
全部、すべて計算通り。
――いや、予想以上だった。
こんなに、可愛いなんて。
「れーちゃんの中に、僕が入ると……ね、どうなると思う?」
囁くように言って、でも僕はすぐに答えなかった。
その問いの余韻が、空間を満たすのを待った。
「君の身体の奥にある“Ωの核”が、目を覚ますんだよ。僕の匂いと、僕の体温で、完全に開花する」
その瞬間を、何度も夢で見た。
君が僕を受け入れて、抗えずに乱れて、僕を番だと理解するその瞬間を――
「さあ、もう少し、深く繋がろう?」
れーちゃんの目が潤んでいる。
痛みじゃない。混乱でもない。
それはもう、欲望に近い。
(……ほら、気づいてるでしょう? 君の身体は、僕を待ってる)
指を絡め、手を包み、耳元に息をかける。
君の皮膚が、もう僕のものみたいに反応する。
ああ――これは恋じゃない。
恋なんて軽い言葉では、到底言い表せない。
「僕だけのれーちゃんになってくれて、ありがとう」
耳元にそっと言って、もう一度だけ、首筋にキスを落とす。
それは印だった。
僕が君を“番”と定めた、その証。
そして、れーちゃんが――“僕のものになった”と、世界に宣言する刻印。
「僕の、れーちゃん」
この声が、君の脳と身体に、ちゃんと染み込むように。
何度も、何度でも、繰り返す。
「愛してる。ずっと昔から、ずっと、これからも」
君が逃げても、叫んでも、拒んでも。
もう、どこにも行けない。
僕の名前も、僕の体温も、匂いも、声も、君の細胞のひとつひとつに、もう染み渡ってる。
“番”になった君を、
これからも、ずっと抱きしめて、閉じ込めて、壊さないように飼っていく。
それが、僕の愛。
そして、君に許されたたったひとつの“幸せ”なんだよ――れーちゃん。