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6−1

「ではアレックス様、これをお願いしますね。」


リアムから差し出されたのは、王宮への定期報告書だった。

デリカート家の動向をまとめた重要な書類で、これは俺が直接王宮に届けることになっている。護衛任務の一部だ。


「承知しました。午前中には王宮へ向かいます」


書類を受け取り、リアムに軽く頭を下げる。

それを見ていたシリルが、すかさず口を挟んできた。


「僕も行きます」

「お前はここで訓練があるだろう?」


王宮は基本的に安全ではあるが、道中は違う。

そもそもの話、王立学園すら飛ばして魔導士見習いになっているシリルの力は本当に狙われやすいのだ。先日の外出だってそれなりに人員を側様配備して気を遣った。

わざわざ護衛対象を連れて行く必要はない。

それに、邸内には俺の部下がシリルの護衛についている。


「でも護衛官がいないのはおかしいです」

「護衛ならエドワードがいるだろう。稽古だってできる」

「……エドワード様は嫌いじゃないですけど……アレックス様がいないなら意味がありません」

「意味ならあるだろう」

「ありません」


ぴしゃりと即答されて、俺は無言でリアムを見やった。

リアムは微笑んで、さらりと言う。


「シリルがこう言っているんですから、連れて行ってあげてもいいんじゃないですか?」

「リアム……」

「王宮なら安全ですし、仮におかしなことがあってもアレックス様がいれば問題はありませんよね?」

「……わかりました」


あの口ぶりからして、これはすでに決定事項のようだ。

シリルは俺が折れたのを見て、満足そうに微笑んだ。

俺の腕を信用していてくれるのは嬉しいことなのだが……。


「じゃあ、僕も準備してきますね!」


そう言って部屋を出ていくシリルを見送りながら、俺は小さく溜息をつく。

なぜか分からないが、嫌な予感がする……。



王宮に到着すると、俺とシリルは正門を通り抜けて王宮の事務局へと向かった。

ひとまずこれまでに何もないことへと安堵の息を吐く。


「アレックス様、やっぱり王宮は広いですね」

「お前はあっちこっちに気を取られるな。今日はあくまで付き添いだ」

「えー。付き添いなんて、つまらないですよ。僕はデート気分です」

「ぬかせ」


報告書を抱えたまま歩き続ける。

シリルは後ろをついてきながら、キョロキョロと周囲を見渡していた。


「リアム様が若返ったのかと思いました!」


すれ違った騎士が小声でそんなことを言っているのが聞こえる。

銀色の髪は王宮内でも目立つ。

正直な話、市井に出るときはまだいい。この髪色も魔法でなんとかすればいいのだから。

けれど王宮ではそうもいかない。


「やっぱり目立つな」


シリルに目をやりながら俺が言うと、


「いいんですよ。アレックス様と一緒なら」

「……」


臆せずシリルは言った。

俺は答えず、シリルを報告書提出の事務局前で待たせることにした。

目が届く範囲内なので問題はなさそうだ。


「少しだけ待ってろ」

「はいはい、待ってますよ」


シリルが廊下の椅子に座るのを確認してから、俺は報告書を提出するため中へ入った。

特に問題もなく報告が終わり、事務局から出る。

シリルは大人しく座っていた。

思ったよりも素直に待っていたことに少しだけ驚いた。


「どこにもいかず、偉いじゃないか」

「当たり前ですよ。アレックス様がすぐ戻るって言いましたし、アレックス様と一緒じゃなきゃ意味がないので」


不機嫌そうに口を尖らせるシリルに、俺は少し苦笑する。


「じゃあ、帰るぞ」

「その前に少し庭園を歩きませんか?」

「……なんでだ」

「せっかく来たんですし」

「……少しだけだぞ」


仕方がない。どうせ帰り道は同じ方向だ。

王宮の庭は王族専用の場所を除き、登城する貴族には開放されている。

王宮に入るには厳しい検査があるので安全ではあるのだろうが、王宮は公の場だし、気を抜くわけにはいかない。


「アレックス様、今日は平和ですね」

「王宮で事件が起きてたら問題だろう?」

「まあ、そうですけど……」


シリルが言いかけたその時だった。


「──シリル、危ない!」


直感で動いた。

横から放たれた魔法弾を剣で弾き、シリルを背後に引き寄せる。


「っ……!?」


王宮の庭が、突然緊迫した空気に包まれる。

黒装束の男が茂みから現れ、再び魔法を詠唱している。


「王宮内で……!」

「アレックス様……!」


シリルが後ろで息をのむ。

実戦経験がないシリルはいくら優秀といえど、どうしても動揺があるらしい。


「大人しくしてろ。絶対に俺から離れるな」

「……はい」


魔法が放たれるたびに剣で防ぎ、火花が飛び散る。

相手は魔導士だ。油断できない。

貴族と一緒に入った魔導士だろうか。どちらにしろ、この王宮内で騒動を起こすとは、


「……随分思い切ったことをする」


肩に一撃かすめ、薄く血が滲む。


「っ……大丈夫ですか!?」

「問題ない。お前は下がれ」


だが、シリルは下がろうとしない。

むしろ背中を離れず、必死で俺の服を掴んでいる。


「アレックス様が守ってくれるなら……僕は離れません」

「お前……!」


怒る余裕もなく、再び魔法が飛んでくる。


「誰でもいい、早く増援を呼べ……!」


王宮で起きた突然の襲撃に、俺は剣を握り直した。

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