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6−3

後始末は一旦ジェラルドに任せ、俺たちはデリカート邸への帰路についた。

襲撃者は捕らえられたが、まだ背後関係は不明のままだ。

シリルが狙われる可能性は今後も続く。

──つまり、俺がさらに気を引き締めるしかない。


「アレックス様、肩、大丈夫ですか?」


馬車の中でシリルがじっと俺の肩を見つめる。

襲撃時に負った傷ではあるが、幸いなことに毒物などは塗られてはいないようだ。さして痛みもない。


「問題ない。かすり傷だ」

「……血が出てましたよ」

「大したことはない」


そう言って手を引っ込めるが、シリルがふわりと笑う。


「アレックス様、怪我を隠す癖、良くないですよ」

「隠してなどいない」

「本当に?」


そう言うと、シリルは俺の横に座る場所を変え、両手で傷の上をそっと包む。


「……おい、何を……」

「黙っててください」


シリルの手から放たれる淡い光に、俺は言葉を失っていた。

治癒魔法の光が、肩の傷口をゆっくりと癒していくのを感じる。傷口が塞がり、痛みが薄れていく感覚は何度味わっても慣れるものではない。

──だが、何より驚くべきは、これを無詠唱で行っているシリルの技量。そして聖属性を持ち合わせているということだ。


「……お前、それは隠していたのか?」

「さあ、何のことでしょう?」


シリルは微笑を浮かべたまま、そっけなく言い放つ。

集中するから黙っててください、と言われて口を閉ざすが、頭の中では疑念が渦巻いていた。

聖属性を操れる者が極めて少ないことは、この国で育った者なら誰でも知っている。

そのほとんどは神殿に属し、宗教的役割を果たすことを求められる存在。場合によっては瘴気を消す任務も与えられる。

シリルがその条件に該当しないことは明白だし、少なくともこれまでそんな話は聞いたことがない。


──一体、どういうことだ?


俺の疑念を知ってか知らずか、シリルは治癒魔法を終え、満足そうに手を離した。


「はい、これで完璧ですね。傷跡も残りませんよ」

「……何者なんだ、お前は」


素直に感謝するよりも、言葉が先に出た。

すると、シリルは楽しげに笑いながら俺を見上げる。


「そんなの、ただの護衛される貴族の坊ちゃんです。アレックス様の護衛対象。それ以外に何があります?」


からかうような口調だが、金色の瞳はまっすぐ俺を見据えている。

その眼差しに、妙な圧迫感を覚える。


「……それで、隠し通せると思うなよ」

「隠してませんよ。ただ、聞かれなかっただけです」


シリルは肩をすくめて笑った。

その無防備とも取れる態度が、俺をさらに苛立たせる。


「お前、その力があるなら、なぜ護衛を任せきりにしている?」

「だって……アレックス様に守ってもらいたいんです」


さらりと告げられたその言葉に、息を詰めた。


「……からかってるのか?」

「まだわかってもらえてないんですね。僕は本気です。僕がアレックス様の守りたい相手でいるなら、それで十分です」


ふざけた調子ではない。

だが、その答えはますます理解できないものだった。


「……危険だ。お前の力を知られれば、今以上に狙われることになる」

「まあ、そうですね。でもアレックス様は、僕を守るんでしょう?」


あまりに自然にそう言われて、返す言葉を失う。

──こいつは、本気なのか?

見上げる瞳に、俺の中の迷いがさらに深まっていく。

シリルがわざと能力を隠していた理由が、俺にはまるで掴めない。


「……帰ったら話をするぞ」

「はい。でも、アレックス様が納得するかどうかはわかりませんよ?」


シリルは意味ありげに笑うと、馬車の中で俺の肩にそっともたれかかった。

甘えるようにしているが、その仕草の裏には何か含みがある気がしてならない。

馬車は静かにデリカート邸へと向かって進んでいった。



邸に戻ると、玄関先でセシリアが待っていた。

俺たちの姿を見つけると、小走りで駆け寄ってくる。


「お兄様!アレックス様!大丈夫でした?」

「ただいま、セシリア。遅くなってごめんね」

「ううん、それより……」


セシリアはシリルをじっと見つめ、少しだけ表情を曇らせた。


「また狙われたのでしょう?」

「ああ」


俺が頷くと、セシリアは拳をぎゅっと握りしめた。


「お兄様、やっぱり護衛増やしたほうがいいんじゃないですか?」

「大丈夫ですよ。アレックス様がいるので」

「それでも!」


セシリアは俺の袖を掴んでくる。


「アレックス様がいてくれるのは安心だけど、アレックス様だって危険な目に遭うんですよ?」

「セシリア……」


シリルが困ったように妹を見つめる。


「僕が言うのもなんですが……アレックス様は僕のこと、ちゃんと守ってくれますから」

「それはわかってるけど……」


セシリアは納得がいかないようだったが、やがて小さく溜息を吐いた。


「わかりました。お兄様のこと、信じます」


そう言ってセシリアは微笑むと、俺を見上げる。


「でも、アレックス様も無茶しないでくださいね」

「わかってるさ」


俺がそう返すと、セシリアは安心したように笑った。


「じゃあ、紅茶を入れますね!」


セシリアは軽やかに屋敷の中へと駆けて行った。


「アレックス様、セシリアにも心配かけましたね」

「そうだな……」


少し申し訳ない気持ちが胸に残る。

だが、まずはシリルの話だ。


「シリル。就寝前に、さっきの話をしたい」

「わかりました。お部屋に行きますね」


俺を見つめるシリルの目は、揺るがない。

……まったく、本当に手がかかる護衛対象だ。

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