後始末は一旦ジェラルドに任せ、俺たちはデリカート邸への帰路についた。
襲撃者は捕らえられたが、まだ背後関係は不明のままだ。
シリルが狙われる可能性は今後も続く。
──つまり、俺がさらに気を引き締めるしかない。
「アレックス様、肩、大丈夫ですか?」
馬車の中でシリルがじっと俺の肩を見つめる。
襲撃時に負った傷ではあるが、幸いなことに毒物などは塗られてはいないようだ。さして痛みもない。
「問題ない。かすり傷だ」
「……血が出てましたよ」
「大したことはない」
そう言って手を引っ込めるが、シリルがふわりと笑う。
「アレックス様、怪我を隠す癖、良くないですよ」
「隠してなどいない」
「本当に?」
そう言うと、シリルは俺の横に座る場所を変え、両手で傷の上をそっと包む。
「……おい、何を……」
「黙っててください」
シリルの手から放たれる淡い光に、俺は言葉を失っていた。
治癒魔法の光が、肩の傷口をゆっくりと癒していくのを感じる。傷口が塞がり、痛みが薄れていく感覚は何度味わっても慣れるものではない。
──だが、何より驚くべきは、これを無詠唱で行っているシリルの技量。そして聖属性を持ち合わせているということだ。
「……お前、それは隠していたのか?」
「さあ、何のことでしょう?」
シリルは微笑を浮かべたまま、そっけなく言い放つ。
集中するから黙っててください、と言われて口を閉ざすが、頭の中では疑念が渦巻いていた。
聖属性を操れる者が極めて少ないことは、この国で育った者なら誰でも知っている。
そのほとんどは神殿に属し、宗教的役割を果たすことを求められる存在。場合によっては瘴気を消す任務も与えられる。
シリルがその条件に該当しないことは明白だし、少なくともこれまでそんな話は聞いたことがない。
──一体、どういうことだ?
俺の疑念を知ってか知らずか、シリルは治癒魔法を終え、満足そうに手を離した。
「はい、これで完璧ですね。傷跡も残りませんよ」
「……何者なんだ、お前は」
素直に感謝するよりも、言葉が先に出た。
すると、シリルは楽しげに笑いながら俺を見上げる。
「そんなの、ただの護衛される貴族の坊ちゃんです。アレックス様の護衛対象。それ以外に何があります?」
からかうような口調だが、金色の瞳はまっすぐ俺を見据えている。
その眼差しに、妙な圧迫感を覚える。
「……それで、隠し通せると思うなよ」
「隠してませんよ。ただ、聞かれなかっただけです」
シリルは肩をすくめて笑った。
その無防備とも取れる態度が、俺をさらに苛立たせる。
「お前、その力があるなら、なぜ護衛を任せきりにしている?」
「だって……アレックス様に守ってもらいたいんです」
さらりと告げられたその言葉に、息を詰めた。
「……からかってるのか?」
「まだわかってもらえてないんですね。僕は本気です。僕がアレックス様の守りたい相手でいるなら、それで十分です」
ふざけた調子ではない。
だが、その答えはますます理解できないものだった。
「……危険だ。お前の力を知られれば、今以上に狙われることになる」
「まあ、そうですね。でもアレックス様は、僕を守るんでしょう?」
あまりに自然にそう言われて、返す言葉を失う。
──こいつは、本気なのか?
見上げる瞳に、俺の中の迷いがさらに深まっていく。
シリルがわざと能力を隠していた理由が、俺にはまるで掴めない。
「……帰ったら話をするぞ」
「はい。でも、アレックス様が納得するかどうかはわかりませんよ?」
シリルは意味ありげに笑うと、馬車の中で俺の肩にそっともたれかかった。
甘えるようにしているが、その仕草の裏には何か含みがある気がしてならない。
馬車は静かにデリカート邸へと向かって進んでいった。
※
邸に戻ると、玄関先でセシリアが待っていた。
俺たちの姿を見つけると、小走りで駆け寄ってくる。
「お兄様!アレックス様!大丈夫でした?」
「ただいま、セシリア。遅くなってごめんね」
「ううん、それより……」
セシリアはシリルをじっと見つめ、少しだけ表情を曇らせた。
「また狙われたのでしょう?」
「ああ」
俺が頷くと、セシリアは拳をぎゅっと握りしめた。
「お兄様、やっぱり護衛増やしたほうがいいんじゃないですか?」
「大丈夫ですよ。アレックス様がいるので」
「それでも!」
セシリアは俺の袖を掴んでくる。
「アレックス様がいてくれるのは安心だけど、アレックス様だって危険な目に遭うんですよ?」
「セシリア……」
シリルが困ったように妹を見つめる。
「僕が言うのもなんですが……アレックス様は僕のこと、ちゃんと守ってくれますから」
「それはわかってるけど……」
セシリアは納得がいかないようだったが、やがて小さく溜息を吐いた。
「わかりました。お兄様のこと、信じます」
そう言ってセシリアは微笑むと、俺を見上げる。
「でも、アレックス様も無茶しないでくださいね」
「わかってるさ」
俺がそう返すと、セシリアは安心したように笑った。
「じゃあ、紅茶を入れますね!」
セシリアは軽やかに屋敷の中へと駆けて行った。
「アレックス様、セシリアにも心配かけましたね」
「そうだな……」
少し申し訳ない気持ちが胸に残る。
だが、まずはシリルの話だ。
「シリル。就寝前に、さっきの話をしたい」
「わかりました。お部屋に行きますね」
俺を見つめるシリルの目は、揺るがない。
……まったく、本当に手がかかる護衛対象だ。