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しかし、次の瞬間、モルディスらしき男の姿は瘴気の中に溶け込むように消えた。


「消えた……?」


リアムが鋭い目つきで辺りを見回す。


「いや、逃げたんじゃない。誘っているんだ」


俺は剣を構え直しながら、瘴気が漂う奥の暗闇を見据える。

奴の目的が俺たちを誘導することだと分かっていても、ここで進む以外の選択肢はない。

俺たちは自然と視線を交わし、無言で頷いた。

廃坑の奥に進むにつれ、瘴気はますます濃くなっていった。

リアムを先頭に、俺とシリルはその背中を追う形で慎重に足を進める。


「ここまで露骨に瘴気を漂わせているとなると、モルディスはよほど自信があるんでしょうね」


リアムが低く呟く。

その通りだ。結界の規模、使い魔の力、そしてこれだけの瘴気を放置していること。

どれも相手の力を誇示するような意図が見える。

だが、考えを巡らせる間もなく、廃坑の奥から低い笑い声が響いた。


「来たか……我が“実験材料”たちよ」


暗がりの中から現れたのは、漆黒の仮面をつけた男だった。

背は高く、まとう雰囲気は威圧的だが、どこか洗練された立ち居振る舞いがある。

その手には、奇妙な魔力の光を放つ杖が握られていた。


「モルディスか……」


俺が低く構えると、男は仮面越しに静かに笑う。


「ふむ。まあ……そう呼ばれても構わないが……」


言葉を切った瞬間、杖を振り上げ、強烈な魔力の波動を放った。


「アレックス様!」


シリルが叫ぶと同時に、俺は彼の前に立ち、剣を振りかざして防御を固める。

だが、その一撃は鋭く、盾にしていた剣が震えるほどだった。


「おやおや……こんな程度かい?失望させてくれるなよ、護衛官」


挑発的な声が響く中、男はさらに杖を振るい、地面から黒い触手のような魔力を生み出した。


「シリル、下がれ!」


俺が叫ぶと、シリルは素早く距離を取るが、その金色の瞳は怯えるどころか冷静に状況を見極めている。

彼もまた戦う覚悟を決めているのだ。


「いい目をしているな……だが、この程度で僕に立ち向かえるかな?」


仮面の男は杖を振り下ろし、触手をシリルへと向けた。


──その瞬間だった。

触手がシリルに届く寸前で、何かが鋭く飛び込み、触手を切り裂いた。

黒い魔力が霧散し、闇の中に稲妻が閃く。

それは息子を守らんと飛び出したリアムだった。


「リアム!」


俺が叫ぶと、目の前の景色が一瞬で変わる。


「どうして、飛び出してくるんだい……危ないだろう」


言葉と共に素早くリアムを引き寄せていたのは仮面の男だ。


「……ん?」


俺が言葉を失う間もなく、リアムが溜息を吐いた。


「……そりゃそうでしょう……兄様」


仮面の男が片手で仮面を外す。

そこに現れたのは、完璧な整った顔立ちに冷静な瞳──キース卿だった。


「……リアムが助けては意味がないだろう?アレックス君が助けなければ」


その穏やかな声に、俺は一瞬だけ目を見開いた。


「キース卿……?」

「やあ、アレックス君」


今まで放たれていた瘴気が消えて、辺りには静寂が戻っていた。

リアムは肩をすくめながら、深々とため息をついた。


「……兄様、僕は最初から気付いていましたけどね。さすがにやりすぎです」

「そうかい?でも、このくらい試さなければ、アレックス君の本気が分からないだろう?」


キース卿があっけらかんと答える。

リアムが再び深く息を吐きながら肩をすくめた。


「兄様、いい加減にしてくださいよ。アレックス様もシリルも、本気で戦っていたんですから」

「本気で戦っていたからこそ、僕も手を抜けなかったんだよ」


キース卿は涼しい顔でそう言い放つ。

俺は剣を収めながら、言葉を選びつつ訊ねた。


「……それで、キース卿。これは一体何のつもりだったんですか?」

「目的は単純だよ、アレックス君」


キース卿は微笑みながら、少しだけ声を低くする。


「シリルを守り抜ける男なのか、君の覚悟を確かめたかった」


キース卿がさらりと言い切るその口調には、絶対的な愛情がこもっていた。


──なるほど。

結局、この“試験”とやらの目的は、半分以上が俺とシリルを試すものということか……。

と、なるとモルディスはどうなったんだ?まさか、キース卿一人で……?

だが、俺がそれを頭の中で整理する前に、キース卿の視線がシリルに向いた。


「さて、シリル」


キース卿が一歩近づき、シリルをじっと見つめる。


「君は本当にアレックス君のそばにいて大丈夫なのかい?彼が本当に君を守れる男か、ちゃんと見極めているのかい?」

「父上……!」


シリルが顔を赤くしながら抗議の声を上げるが、キース卿はさらに追い打ちをかけるように続ける。


「だってね、シリル君。君はこのデリカート家の宝なんだよ。僕としては、どんな相手でも許せるわけじゃない」

「アレックス様は……」


シリルが真剣な目でキース卿を見返す。


「僕を守るだけじゃなく、僕が一緒に戦いたいって気持ちを理解してくれています。だから、僕はアレックス様と一緒にいたいんです」


その言葉に、キース卿の目が少しだけ和らいだ。


「ふむ。君の意志がそれほど強いなら、僕も反対はしないさ。ただ……」


キース卿がこちらを振り返り、俺を見据える。


「アレックス君」

「はい」

「君が中途半端な覚悟でシリルを守ろうとしているなら、僕が君を消すよ」


その言葉は穏やかな声で放たれたが、その場の空気を凍りつかせるのには十分だった。

リアムが苦笑しながら肩を叩いてくる。


「兄様は本気ですよ、アレックス様。まあ、頑張ってくださいね」

「……もちろんです。絶対に守り抜きます」


俺が真剣に答えると、キース卿は満足げに頷いた。


「それなら良い。でも、そうだね……まだ少し足りないかな」


そう言うなり、キース卿の表情が急に厳しくなる。

キース卿は一歩前に出て、剣を軽く構えた。

その動作には力がこもっておらず、むしろ優雅さすら感じられる。


「さて、アレックス君。もう少し本気度を確かめさせてもらおうか」


キース卿が剣を構えたその瞬間、部屋の空気が一変した。

リアムがわずかに眉をひそめ、俺に目配せする。


「兄様、あまり無茶をさせるのもどうかと……」

「無茶をするかどうかはアレックス君次第だよ、リアム」


キース卿が静かに答える声には、絶対的な自信がこもっている。

その背中を見つめるリアムが、小さく息を吐きながら俺に視線を向けた。


「……アレックス様、どうか無理はしないでくださいね」


リアムの言葉に頷きつつ、俺は再び剣を握り直す。

その動作を見たシリルが一歩前に出ようとしたのを、俺は手で制した。


「アレックス様、僕も──」

「下がれ、シリル。これは俺の役目だ」


シリルの瞳がわずかに揺れたが、彼は小さく頷き、一歩下がる。

その瞬間、キース卿が一言呟いた。


「いい判断だよ。だが、次も同じように冷静でいられるかな?」


その言葉と共に、キース卿の剣が音もなく動き始めた──。

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