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11−2

寝殿に抱かれたまま連れてこられた俺は、扉が閉まる音に肩を震わせた。

橡様の視線は鋭く、まるで逃げ道を塞ぐように俺を見つめている。


「……どうして僕の元から逃げようとするの?」


その言葉に、思わず胸が締め付けられる。

声は静かだったが、明らかな焦りと苛立ちが混ざっているのがわかった。


「逃げるなんてしてません。ただ……」

「ただ?」


橡様が寝台の上に俺を置く、その上で詰め寄るように一歩近づく。

その動きに反射的に後ずさると、橡様が俺の腕を掴んだ。


「長くん、君は僕の大事な神嫁なんだよ。それなのに、どうして僕を拒むの?」

「拒むなんて……ただ、俺は……!」


振り払いたいと思ったが、その力の強さに抵抗が効かない。


「ただ、何?」


橡様の声が低く響く。


「俺は……あなたの役に立ちたい!そうじゃないと 橡様の隣に立つ資格なんて……」


消え入りそうな声でそう告げると、橡様の瞳が一瞬鋭さを増した。


「資格なんて、誰が決める?」


橡様の言葉に、視線を逸らす。


「君を選んだのは僕だよ。君がいなきゃ、僕は――」

「そんなの俺には分らないですよ!」


俺は思わず声を張り上げていた。


「俺はあなたのことを覚えていなかったし、いきなりここに連れてこられて……それで橡様は俺を守りたいって言いますけど……大したこともできなくて。そんなのただの役立たずだ」


その言葉に、橡様の目が少し揺れる。


「俺だって、俺なりにできることをしたいんです! それを全部『人間だから』って理由で否定されるのは、……嫌なんです!」


橡様の手を振り払おうとするが、逆にさらに強く掴まれる。


「僕は君が傷つくことを許せるわけがないんだよ」


橡様の声は低く、静かに怒りを孕んでいた。


「……俺が傷ついたら橡様が困るんですか? それとも――」


言葉を詰まらせた俺の前で、橡様が眉を寄せる。


「君がいなくなることが、僕には一番耐えられない」


その言葉に、胸がぎゅっと締め付けられた。

橡様の手は、俺の肩から首元へと滑る。

その動きに思わず体が強張った。


「橡様……これ以上は……」


俺が言いかけると、橡様がわずかに眉を寄せた。


「君が僕を拒むなら、それをどうにかするのが僕の役目だろう?」


その言葉には、いつもの穏やかさはなく、橡様の焦りと執着が色濃く滲んでいた。


「……俺、今日は嫌です……」

「嫌、ね。……逃げないのでしょう?」


橡様の声は低く、けれど切実だった。


「君が僕のそばにいない未来なんて、僕には考えられない」


その言葉と共に、橡様が俺の体をそっと押されて寝具の上に呆気なく倒された。

俺は抵抗しようとしたが、橡様の手に力を込められ、まるで動けない。


「橡様、こんなの……!」

「君が逃げるつもりがないなら、それを教えてほしいんだ」


橡様の手が俺の手首を掴む。

その力強さと、どこか震えるような手の感触が混ざり合い、俺は戸惑った。


「橡様、本当に……!」

「……必要なことだよ。君が僕から逃げる可能性を、少しでもなくすために」


橡様の声は震えていた。


「君を守るためでもある……。君自身からも、君を奪おうとする他のものからも」


その言葉に、俺は言い返せなかった。

橡様の言葉の意味を理解しようとするほど、頭が混乱していく。

守られるだけで、本当にそれでいいのか?

橡様がこれほど必死になる理由を、俺は本当にわかっているのか?

その答えを見つける前に、橡様が俺の肩にそっと触れた。

その手の熱さに、心がまた揺れる。

けれど、俺の中の反発は完全に消え去ることはなかった。



いつもより乱暴な手つきで身体を弄られる。


「……っ、や、だ……ぁ」


俺は逃げ出したかった、初めて。

この行為が、こんな惨めさや恐怖を伴うものとは知らなかった。

橡様は俺が嫌がろうとも、手を止めることはない。

冷たい目で見下ろしながら、行為を続ける。

いつもは気遣うように優しく、その手に熱を与えられて果てる。

恥ずかしさはあっても、身を任せることに反することはなかった。

幸せな気持ちになることも最近ではあったのだ。

──けれど、今夜は違う。

身体だけは日々で慣らされたことに反応するが、心がついていかなかった。


「そんなに、嫌がるくせに……感じるんだね」


ぐ、と俺の奥に身を埋めながら、俺の上で橡様が歪んだ笑みを浮かべつつ言った。

そうしたのは他でもないあんたのくせに、と思っても言葉にはならなかった。


「……っ、う」


かわりに涙が溢れる。早く終わればいい、こんなこと。

終わったら……もう、逃げ出してしまおうか。

まだ人として暮らせるのだろうか、俺は。

そんなふうに思っていると、唇を塞がれそうになり、俺は思い切り顔を背けた。

すると次の瞬間、首筋に鋭い痛みが走る。


「ひっ……!」


引き攣った声が俺から漏れた。微かな血の匂いがした。

恐らく強い力で噛まれたのだと思う。

傷よりどうにも痛むのは心で、どうしようもなかった。

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