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13−2

汀様が何かを言いかけたその瞬間、寝殿の扉が勢いよく開いた。

振り返ると、そこには橡様が立っていた。

その目は鋭く、まるでその場の空気を一瞬で凍らせるようだった。


「……何をしてるんだ!」


橡様は早足で近づくと、俺と汀様の間に割り込むように立った。

そして乱れた俺の着物に目を留め、驚愕した顔で俺を見つめる。


「長くん、大丈夫か?」

「え?あ、はい」


その声には、怒りとも心配とも取れる混乱が混ざっていた。

橡様は俺を汀様の前から隠すように抱き寄せ、その腕にぎゅっと力を込めた。


「橡、お前……何を考えてるんだ?」


汀様が呆れたようにため息をつき、軽く肩をすくめる。


「何って……お前が長くんに何をしているのか、確かめなきゃならないだろう!」


橡様は俺の背を守るように自分の身体で覆い隠しながら答えた。


「何をしているって、診察だよ。それ以外に何があるっていうんだ?」

「橡……新妻が可愛いのはわかるが、色ボケも大概にしろ。まったく……」


汀様は橡様をじとっと見据え、そして息を吐くとふっと微笑んだ。


「さて、私はここでは邪魔みたいだね。あちらで茶でももらおうかな。落ち着いたら呼んでくれ」


そう言うと汀様は立ち上がり、のんびりとした足取りで寝殿を出て行った。

去り際に振り返り、俺に向かって「橡とちゃんと話すんだよ」と軽く片目を瞑ってみせた。

静かになった寝殿の中、橡様は俺の顔を覗き込む。


「汀から何もされていない……?」

「ただの診察でしたよ。ちゃんと診てくれたのに失礼です」


俺がそういうと、橡様は気まずそうに俺から一度視線を逸らす。


「う……そうだ、ね。……後で謝っておくよ。それで、その……診察はどうだったんだい?」


俺へと視線を戻した橡様の瞳には不安と緊張が混ざり合っている。

俺は迷った。どう言えばいいのか……どう伝えればいいのか。

男で懐妊だなんて普通はありえない。

ああ、でもそうだ。一番最初に橡様と閨を共にする時、俺を女にするのは割と簡単とか言っていた気がする……。そんな感じなら大丈夫なのだろうか。


「えっと……その……」


言葉を探しているうちに、橡様がそっと俺の肩を撫でた。


「ゆっくりでいい。何があったんだい?」


その優しい声に背中を押されるように、俺は意を決して話し始めた。


「橡様、俺……汀様に診てもらって、それで……その……」


言葉がうまく出てこない。

橡様の目が細まり、さらに真剣な顔つきになる。


「診てもらった結果、何か……良くないことが?」


橡様が恐る恐る尋ねる。俺は慌てて首を振った。


「い、いえ!悪いことじゃなくて……その……」


橡様はじっと俺を見つめている。その目に宿る不安と期待に、俺の心臓が跳ね躍る。

どう言えばいい……いや、そもそもこんなこと……。

橡様を信じている。けれど、こんなあり得ないことを受け入れてくれるだろうか。


「長くん……?」


橡様の声が優しく響く。それが余計に俺を焦らせる。

俺は息を吸い込み、ためらいながら言葉を口にした。


「その……橡様、驚かないでくださいね……?」

「……うん。驚かないようにするよ」


橡様の顔は真剣そのものだ。

言葉を濁すのは余計に混乱させるんだとわかっている。だから、はっきりと言うべきだ。


「俺……橡様の子供を……身ごもっているらしいんです!」


その瞬間、橡様の表情が硬直した。

まるで信じられないものを見たかのように、俺をじっと見つめている。


「……君が……僕の子供を……?」


橡様の声は掠れ、小さな音だった。

どうしよう。嫌なのだろうか。

いやいやいや、負の考えは良くない。

橡様は俺を大事だと常々言ってくれている。

そもそもだ。ああいうことだって……結構な回数と頻度で行われているわけで。

そりゃ、あれは俺の身体を馴染ませるものだとしても!

……橡様を信じたい。


「はい……でも、俺は……人間だし、男だし……どうしてこんなことに……」


とは考えていても、俺の言葉にも戸惑いは隠せない。

俺がそう言うと、橡様の手が俺の頬に触れた。

その手は震えていて、彼自身もどうしていいのかわからないようだった。


「……長くん、本当なの?」


俺は小さく頷いた。


「汀様が、間違いないって……」


橡様は息を呑み、再び俺を強く抱きしめた。


「……信じられない。こんなことが……ああ、でも……嬉しい……!」


橡様の声が震え、抱きしめる力がさらに強くなる。


「長くん、君が僕にこんな奇跡を……!」


俺はその言葉に胸が熱くなった。


「お、俺……ちゃんとできるかわからないですけど……」


橡様は俺をそっと離し、真剣な目で俺を見つめた。


「君の方が大変だよね……一緒に頑張ろう」


その言葉に、俺はようやく少しだけ気持ちが軽くなった気がした。

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