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37(R18)

――熱い。


体の奥から、何かがふわふわと抜けていくような感覚がした。

自分がどこにいるのか、今が現実なのか夢なのかさえ、わからない。


「……芙蓉?」


ぼんやりとした意識の中で、聞き慣れた声が響く。

龍神様だ。龍神様の声がする。

そうだ、龍神様と過ごしててそれで……どうなったんだっけ……?


「……魂が不安定になっている……」


そう言いながら、俺を強く抱きしめる腕。

温かくて、懐かしくて――でも、どこか怖い。


(俺……いま……どこに……)


意識が遠のいていくのがわかった。

まるで水の中に沈んでいくみたいに、ゆっくりと――。


「駄目だよ」


耳元で低く囁かれ、ぐっと引き寄せられる。

龍神様の肌が触れる。熱が伝わる。


「……僕を感じて」


俺は、俺は――。



「うっ……あ、んっ……」


触れられれば触れられるほどに身体は熱を上げていく。

柔らかな敷布を握りしめながら、上にいるその人を見上げた。

金色の瞳が甘い色をたたえて俺を見ている。

その視線が身体の上を滑るだけでも、肌が震えた。

そこは本来、男を迎え入れるようにはつくられていない筈だ。

けれど、俺の身体は易々と開いて……それどころか、喜ぶようにその熱い塊を受け入れていく。


「あ、あ、あ、あっ……」

「……っ、ああ……君だね……」


蜜のような声音が俺の耳を擽り、びくり、と身体が揺れた。


「僕が、どれだけ……」


気持ちを溢れさせるように、龍神様はそれを俺の中へと収め、首筋に顔を埋める。

皮膚を何度も甘噛みしては、強く吸い上げられる。


「ふ、ぅ……あっ、やぁ……」


俺はそのたびに、止められない声を漏らし続けた。

気がつけば、俺は荒い息を吐きながら、龍神様の胸に縋っていた。

額から滴る汗。熱に浮かされた身体。痺れるような快感。

それでも、一番強く感じるのは、胸の奥を満たす「確信」だった。


「ぁ……俺、知ってる……これ……」


龍神様の肌に触れた瞬間、過去の映像が鮮明に浮かび上がる。

夜の静寂の中、何度も交わした口づけ。

「愛している」と囁く声。

そして――俺の腹を撫でる、龍神様の手。


(……あれは……)


喉の奥で、何かが引っかかる。

言葉にならない。

でも、確かに思い出しそうになっている。


「……俺……あなた、の……」


そう言いかけた瞬間、龍神様の指がそっと俺の唇を塞いだ。


「ゆっくりでいい」


そう言って、龍神様は俺を抱きしめる。

耳元で、静かに囁いた。


「僕は、君を待つよ……」


それは、何度も何度も聞いたはずの言葉。

だけど、思い出せない。

俺は龍神様の胸に顔を埋め、深く息を吐いた。



夜が静かに更けていく。

柔らかな温もりに包まれながら、俺の意識は深い眠りへと落ちていった。


――ふと、まどろみの中で、声がした。


「芙蓉……」


呼ばれた気がする。

誰かの声――優しくて、穏やかで、それでいて俺の心を強く揺さぶる声。

心が震えた。無意識に、その名を呼ぶ。


「……橡様……」


小さく、囁くような声。

そして、その瞬間――意識が浮上する。


――あ。


俺は、ゆっくりと目を開けた。

目の前に、金色の瞳があった。俺をじっと見つめる、その視線。


「今……僕の名前を呼んだね?」


穏やかな声が耳に届く。

俺は、ぽかんとしたまま、何が起こったのか分からずにいた。


「……え?」


呼んだ? 俺が?

そんなはずは――。


けれど、確かに俺の口から出た言葉だった。


「橡様……?」


自分の口からもう一度その名がこぼれる。

そして、その響きが、胸の奥をざわつかせた。


何かが、蘇りかけている――

柔らかな光に包まれた日々。

誰よりも近くにいた存在。

俺が呼んでいた、その名前。


「橡様……」


まるで呪文のように、何度も繰り返す。

その名前を知っている。俺は、知っている。

記憶の奥底に、微かに残る感覚。

ずっと、ずっと、遠い昔――俺は、その名を呼んでいた。


――橡様。


唐突に、目の前の男の姿が重なる。


「龍神様……」


まさか、そんなはずは――。

けれど、金色の瞳を見つめるうちに、その事実が胸に押し寄せてくる。


「橡様……あなた、が……?」


信じられない。けれど――信じざるを得なかった。

金色の瞳。美しく流れるような黒髪。

この温もり。この声。

すべてが繋がった瞬間、俺の心臓が大きく跳ねた。


「やっと気づいた?」


橡様は、静かに微笑んだ。

けれど、その瞳の奥に、どこか切なげな色が滲む。


「……僕のことを、思い出してくれて嬉しいよ」


その言葉に、胸が締め付けられる。

橡様はそっと俺を抱き寄せる。


「思い出すのを、ずっと待ってたよ」

「……俺……」


頭が混乱する。でも、確かに分かる。

この人は、俺が――

思い出すべき、大切な人だったんだ。

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