――熱い。
体の奥から、何かがふわふわと抜けていくような感覚がした。
自分がどこにいるのか、今が現実なのか夢なのかさえ、わからない。
「……芙蓉?」
ぼんやりとした意識の中で、聞き慣れた声が響く。
龍神様だ。龍神様の声がする。
そうだ、龍神様と過ごしててそれで……どうなったんだっけ……?
「……魂が不安定になっている……」
そう言いながら、俺を強く抱きしめる腕。
温かくて、懐かしくて――でも、どこか怖い。
(俺……いま……どこに……)
意識が遠のいていくのがわかった。
まるで水の中に沈んでいくみたいに、ゆっくりと――。
「駄目だよ」
耳元で低く囁かれ、ぐっと引き寄せられる。
龍神様の肌が触れる。熱が伝わる。
「……僕を感じて」
俺は、俺は――。
※
「うっ……あ、んっ……」
触れられれば触れられるほどに身体は熱を上げていく。
柔らかな敷布を握りしめながら、上にいるその人を見上げた。
金色の瞳が甘い色をたたえて俺を見ている。
その視線が身体の上を滑るだけでも、肌が震えた。
そこは本来、男を迎え入れるようにはつくられていない筈だ。
けれど、俺の身体は易々と開いて……それどころか、喜ぶようにその熱い塊を受け入れていく。
「あ、あ、あ、あっ……」
「……っ、ああ……君だね……」
蜜のような声音が俺の耳を擽り、びくり、と身体が揺れた。
「僕が、どれだけ……」
気持ちを溢れさせるように、龍神様はそれを俺の中へと収め、首筋に顔を埋める。
皮膚を何度も甘噛みしては、強く吸い上げられる。
「ふ、ぅ……あっ、やぁ……」
俺はそのたびに、止められない声を漏らし続けた。
気がつけば、俺は荒い息を吐きながら、龍神様の胸に縋っていた。
額から滴る汗。熱に浮かされた身体。痺れるような快感。
それでも、一番強く感じるのは、胸の奥を満たす「確信」だった。
「ぁ……俺、知ってる……これ……」
龍神様の肌に触れた瞬間、過去の映像が鮮明に浮かび上がる。
夜の静寂の中、何度も交わした口づけ。
「愛している」と囁く声。
そして――俺の腹を撫でる、龍神様の手。
(……あれは……)
喉の奥で、何かが引っかかる。
言葉にならない。
でも、確かに思い出しそうになっている。
「……俺……あなた、の……」
そう言いかけた瞬間、龍神様の指がそっと俺の唇を塞いだ。
「ゆっくりでいい」
そう言って、龍神様は俺を抱きしめる。
耳元で、静かに囁いた。
「僕は、君を待つよ……」
それは、何度も何度も聞いたはずの言葉。
だけど、思い出せない。
俺は龍神様の胸に顔を埋め、深く息を吐いた。
※
夜が静かに更けていく。
柔らかな温もりに包まれながら、俺の意識は深い眠りへと落ちていった。
――ふと、まどろみの中で、声がした。
「芙蓉……」
呼ばれた気がする。
誰かの声――優しくて、穏やかで、それでいて俺の心を強く揺さぶる声。
心が震えた。無意識に、その名を呼ぶ。
「……橡様……」
小さく、囁くような声。
そして、その瞬間――意識が浮上する。
――あ。
俺は、ゆっくりと目を開けた。
目の前に、金色の瞳があった。俺をじっと見つめる、その視線。
「今……僕の名前を呼んだね?」
穏やかな声が耳に届く。
俺は、ぽかんとしたまま、何が起こったのか分からずにいた。
「……え?」
呼んだ? 俺が?
そんなはずは――。
けれど、確かに俺の口から出た言葉だった。
「橡様……?」
自分の口からもう一度その名がこぼれる。
そして、その響きが、胸の奥をざわつかせた。
何かが、蘇りかけている――
柔らかな光に包まれた日々。
誰よりも近くにいた存在。
俺が呼んでいた、その名前。
「橡様……」
まるで呪文のように、何度も繰り返す。
その名前を知っている。俺は、知っている。
記憶の奥底に、微かに残る感覚。
ずっと、ずっと、遠い昔――俺は、その名を呼んでいた。
――橡様。
唐突に、目の前の男の姿が重なる。
「龍神様……」
まさか、そんなはずは――。
けれど、金色の瞳を見つめるうちに、その事実が胸に押し寄せてくる。
「橡様……あなた、が……?」
信じられない。けれど――信じざるを得なかった。
金色の瞳。美しく流れるような黒髪。
この温もり。この声。
すべてが繋がった瞬間、俺の心臓が大きく跳ねた。
「やっと気づいた?」
橡様は、静かに微笑んだ。
けれど、その瞳の奥に、どこか切なげな色が滲む。
「……僕のことを、思い出してくれて嬉しいよ」
その言葉に、胸が締め付けられる。
橡様はそっと俺を抱き寄せる。
「思い出すのを、ずっと待ってたよ」
「……俺……」
頭が混乱する。でも、確かに分かる。
この人は、俺が――
思い出すべき、大切な人だったんだ。