三日目の朝、人間界の街。
俺たちは、汀様の導きのもと、逆鱗の手がかりを探していた。
けれど、未だに確かな情報は得られていない。
「人間界ってもっと狭いと思ってたけど、広いな!」
灯が伸びをしながら、目の前の街並みを見渡す。
この街もまた活気に満ちており、行商人が声を張り上げ、子供たちが路地を駆け回っていた。
「お前はただ食い歩いてるだけじゃないか」
俺が呆れ気味に言うと、灯はニッと笑う。
「いいじゃん! ここに来るのも滅多にないんだし!」
「まったく……」
汀様は扇を仰ぎながら微笑んだ。
「まあ、灯くんは楽しむのが上手だからね。でも、君たち、そろそろ情報を整理したほうがいいよ」
汀様の言葉に俺は姿勢を正した。
「……何か掴めたんですか?」
「掴めたというほどじゃないけどね。どうやらこの近くに逆鱗に関する噂があるらしい」
その言葉に、橡様の気配が僅かに変わる。
「この近く、ですか?」
俺がそう問い返すと、汀様はゆっくり頷いた。
「私の神使が情報を集めてくれてね。『珍しい金色の鱗を持つ者がいる』という話があるんだよ」
その言葉に、俺の胸がざわついた。
(……金色の鱗……)
先日、街で出会ったあの子供の首飾りが頭をよぎる。
俺はそっと橡様の方を見た。
「橡様……」
「……僕も気になっていたところだよ。あの子供のことを、ね」
橡様は静かに目を伏せた。
「もしかしたら、その子が手掛かりになるかもしれない」
「そうですね……もう一度、会えれば……」
そう言いかけたところで、不意に俺の袖が引かれた。
「お兄ちゃん!」
驚いて振り向くと、そこにはあの子供が立っていた。
「また会えたね!」
金色の瞳が無邪気に輝いている。
まるで俺のことをずっと待っていたかのように、満面の笑顔を向けていた。
「……いつの間に……?」
子供はいつの間にか、そこに居たのだ。
走ってくるとか歩いてくるとかではなく、いつの間にか。
胸がざわりと鳴る。
「君……どうしてここに?」
俺が尋ねると、子供は嬉しそうに手を広げた。
「ううん、なんかね、これが呼んできたの!」
そう言って、子供は首飾りを握る。
――金色の鱗の欠片。
「これが?」
俺は思わず訊き返す。
「うん! ほら、ずっとあったかくてね、変な感じがするんだよ!」
子供が無邪気に笑いながら、首飾りを差し出す。
俺は、その金色の欠片をじっと見つめる。
(……これ……)
指先が自然と伸びる。
その瞬間――
「……!」
頭の奥が、ぐらりと揺れた。
(――知ってる。俺は、これを……知ってる……)
ドクン、と心臓が跳ねる。
けれど、その記憶の奥に手を伸ばしかけた瞬間――
「……やめておこう、芙蓉」
橡様が俺の手をそっと握り、制止する。
「……?」
「まだ、時期じゃないよ」
穏やかな口調だった。
だが、その金色の瞳は何もかもを見通しているようだった。
「橡様……?」
俺は戸惑う。
子供は不思議そうに首を傾げながら、
「これね、大事なものなんだけど……お兄ちゃんにならあげてもいいよ」
と言った。
「……いや」
橡様は微笑んで、子供の頭を優しく撫でる。
「今は、君が持っていて」
「わかった!」
無邪気に頷く子供の横で、汀様が意味ありげに目を細めた。
「……ふふ、なるほどね」
その声に俺が疑問を抱いた瞬間、橡様が俺の手を引いた。
「……行こう」
「あ、はい……気を付けて帰るんだよ」
俺は子供をもう一度見つめ、そう言った。
子供は笑顔で頷き、手を振っている。
何かを――何かを思い出しそうなのに。
(……俺は、なぜ……こんなにこの子が気になる?)
橡様の温もりを感じながら、俺は振り返ることなく歩き出した。