今日は土曜日。朝起きてから、身支度を済ませて、リビングのある一階へと駆け下りる。
「お母さーん! 炊飯器のご飯貰ってもいいー!?」
炊飯器からご飯を取り出しながらお母さんに問うた。
「それはいいけど……もうすでに取り出してるじゃない。どうしたの?」
「おにぎり作る!」
「おにぎり? 昨日夕飯の時にさんざん言ってたピクニックの?」
炊飯器に
「しず子とあまねちゃん、やっぱり来れないから花恋ちゃん誘って一緒に散歩のつもりで中央公園にピクニック行ってくるよ」
「冬木さんとこの花恋ちゃん!」
ちょっとだけお母さんの声が上ずった。遠く離れた地に住む子どもの話題が出たときのような感嘆とした反応。
「ずっと海外で暮らしてたみたいだから、なにか困ったことがあったら助けてあげなよ。ね?」
なんとなく彼女の振る舞い。大きい犬を拾って世話をしていたという言葉から、海外で暮らしていたという事実に指を鳴らして納得する。
「海外で暮らしてたなら、日本のお弁当とかって喜んでくれるかな……」
ぎゅっぎゅっとご飯を両手で包み込んでおにぎりを作る。うまく形が作れず、バラバラになってしまう。
「花恋ちゃんに持っていくって言うんならお母さんが作ってあげるから」
──近所に住んでる
はぁ。花恋ちゃんもいなかったし。しず子とあまねちゃんも結局来ないし。一人で行ってもしょうがないか。でもお母さんがお弁当作ってくれたし、このままお家に帰るのもなんか悪いし。一人でもいいか。中央公園に行ってこよ。
そしてやって来ました中央公園。まず、こちらの公園の目の前、道路を隔てまして、市民会館があります! 近くには市役所もイオンもあって、隙がありませんね。
このまま入っていきましょう公園に。入口には広場。ここでサッカーをやったり、春にはお花見をしたりしていますね。広場を抜けると、林があります。見てください。この間あまねちゃんと地面がマグマとか何とか言った岩場がありまして……とにかく、このハイキングコースになってるところを適当にグルっと一周しましょう。なんかいろいろと歩き回っていたら、あら不思議。人通りが少ない、岩に囲まれた広々とした空間があるじゃないですか。
最後らへんはちょっと飛ばし飛ばしになっちゃいましたが、ここでお弁当でも食べて、もう帰りましょうか。
「答えはないさ。枝分かれした道、カニの味噌汁〜」
お小遣いを必死に貯めて買ったワイヤレスイヤホンで音楽を聴きながらお弁当を食べていた。手をパンパンと叩いて鳴らす音が聴こえた。
「いいね〜。お嬢さん、いいよ〜」
黒いロングコートに身を包んだ、髪が長くてサングラスをかけた人が正面の岩に腰を下ろしていた。見たところでは女の人みたいだけど、なんとなく雰囲気は男の人みたいだった。傍らにはお酒が置いてあって、見るからに怪しい人だ。慌ててワイヤレスイヤホンを外す。
「えっ……誰ですか?」
問いかけてみると、その人はお酒を煽り、小さく笑った。
「いやいや。そんな警戒なさらないで、怪しい者じゃないよ」
その人は手を振りながら答えた。見るからに怪しすぎる。本当に、怪しさしかない人だった。
「いや怪しいですよ。怪しさしかありませんから」
「怪しさしかないってことはそれはつまり、本当は怪しくないということではないのかな?」
なにを言っているのかまったく理解できない。お酒を飲んでいるにしては妙に饒舌だった。それはお酒を飲んで、この人の気分が高揚してるから? 未来ねぇがお酒を飲むと、もっと泥酔した感じになる。それは未来ねぇが特別お酒に弱いからなのかもしれないけど。
「僕、いえ。私は、フユキというものだけど」
フユキ? 花恋ちゃんの苗字は冬木。同じフユキだけど、花恋ちゃんとなにか関係してる人? 関係しているようには見えない。
「今日は……前に二人で寝っ転がってた子は一緒じゃないのかな?」
寝っ転がってた子というと、あの時の事だと思うけど。あまねちゃんのことも知っている……?
「一緒じゃないです。今日は用事があったみたいで、来てないです」
「そっか。それは残念だよ。本当は二人に話があったのに、ね」
「話って?」
「小説とかって、興味ない?」
小説と訊いて、真っ先に花恋ちゃんの顔が浮かんだ。
「友だちが読むのが好きみたいですけど、 私はちょっとあんまり読んだことってないですね〜」
「そっか。きみはあんまり小説とか読んだことないんだね。まあそういう子だからこそ、可能性があると、私は思っているよ。今後のことは分からないし、もし興味があったら良かったら、どうかな?」
フユキさんと名乗ったその人は立ち上がり、悠然と近づいてきて指の間に挟んだ一枚の名刺を渡してきた。そこにはどこかの大学の小説サークル『
「そこに書いてある榎本はいつでも暇してるから、興味があったらとか私に会いたくなったら、いつでもそこに連絡してくれたまえよ。じゃ、僕はこれにて」
フユキさんと名乗るその人はお酒の缶を片手に持って行ってしまった。
僕って言うから、やっぱ男の人? フユキって言う名前も男の人っぽいし。どう見ても、小説家って感じの人ではなかった。
フユキさん。冬木。花恋ちゃんは今何してるんだろう。通ってる学校が違うから、学校での花恋ちゃんを私は知らない。分かったことと言えば、ちゃんと学校に友だちがいたんだということだった。おにぎりを口にする。
「あと見てないの、こっちか? まったくどこいったあいつ」
「どこにもいないね……柚月ちゃん」
二人の声が近づいてきた。しず子とあまねちゃんの声だとすぐに分かった。
「あっ! いるじゃねえか! のんきにおにぎりなんか食ってるじゃねえか。あたしの分残してあるんだろうな」
「さぁ、どうでしょう? もう食べちゃったかも」
「おいおい。せっかくお詫びのつもりでお菓子買ってきてやったのになんて仕打ちだよ」
「お菓子買ってきてくれたの! 遠足みたいじゃん! テンション上がる!」
「あ、でもカプリコは私のだからね?」
口元に人差し指を当てながらあまねちゃんが言った。「一口だけちょうだい」と言ったら渋々ながら「一口だけなら……」と恥ずかしそうにしていた。
お菓子のお礼にしず子に先程貰った名刺を渡す。あまねちゃんも覗き込むように名刺を見つめる。
「なんだこれ。小説サークル、夕立の霧雨……ってなんだよ?」
「気に入ってくれた? 遠慮しないで受け取ってね。お菓子のお礼だよ」
「いるか!」
名刺を突っ返してきた。
「あまね! 膝枕!」
「ええええ。それ忘れてなかったの」
あまねちゃんはしず子の気迫に思わずたじろいでいた。
「そういや噂の花恋ってやつはいねえの?」
「うん。今日はちょっと来れなかったんだよね」
「なんだよ。会ってみたかったのに」
しず子はどこか残念そうに俯いた。