通学路の途中にあるパン屋の名物リンゴスターという私の中で絶品のパンを買いに来ていた。
「そうそう。しず子、あまねちゃん」
目当てのリンゴスターをトレーに載せ、二人に水を向けた。二人の視線が私に向いた。
「今度の土曜日は暇?」
うーんと。うなる二人は声を揃えて、
「ちょっと暇、じゃねーかな」「ちょっと暇、じゃないかも」
まるで示し合わせたかのようにほぼ同時に言葉を発した。
「土曜が無理ならさ、日曜でもいいよ!」
「日曜かー。うーん……
「何それ、流行ってんの? 遊べるか遊べないか悩んでますー、みたいなの」
しず子、あまねちゃん。会えるか会えないか分からないローカルの配信者だか、アイドルだか読モだかよりも、目の前の友だちの私の方が大事だとは思わないの?
「てか、めっちゃあたしたちと遊びたがってるけどな、何があんの?」
「私の友だちをね、二人にも紹介してあげたいなーって思ってね」
「うーん。柚月の友だちー……」「うーん。柚月ちゃんの友だちー……」
「それ、もういいから。別におもしろくないから」
お店を出て、三人で学校に向けて歩を進めていた。
「うーん。私の友だちを二人にも合わせてあげたかったけど、二人はなんか無理っぽいし。うーん……」
「まだやってたのか、それ」
「しず子の大切に集めてる化粧品、全部使ってあげよう。炭酸の洗顔クリームとか高かったよね」
中学生の財力だと買えるものには限りがあるけど、無印とかでちょっと奮発すれば買えるようなの結構売ってるし薬局で売ってるようなのと合わせていくつか揃えていた。それがしず子の趣味というかなんていうか。
「あれ使い切ったらほんと許さねえ……。てか友だちって前にラスカの本屋にいたってやつ? なんだっけ、たしか花恋とかって……」
「そう。冬木花恋ちゃん。近所に越してきた子。……っても私もまだそこまで深く話したことはないんだけどね……あんまり喋らないような子でね」
「はたして友だちって言うのかそれ」
「うん。だから親睦を深めるために前にあまねちゃんと遊んだ公園でピクニックでもしたいなーって思っててね」
「ピクニック! 楽しそう!」
あまねちゃんが朗らかに声を上げた。
「そこでね。あまねちゃんに膝枕して欲しいなーって思ってね」
「えー」
「ずりぃ! あまね! あたしにも!」
「えー。ええー」
「それから、それから、手握ってもらって、よしよししてもらって」
「ちょ、ちょっとしず子ちゃん恥ずかしいよー……」
「それなら私は耳かきしてもらって、マッサージもしてもらう!」
「柚月ちゃん!?」
どこか怒気をはらんだ声。
「おーおー。それはそれは夢があってよろしいなー」
何も言わずおもむろに走り出した。
「先に学校ついた方が勝ちであまねちゃんの膝枕の権利だからねー」
あっ、ズリっ。と呆気にとられたしず子の声が遠くから聞こえてきた。
「はい。あたしの勝ちだからな」
後ろから席について呼吸を整えていた私の頭を撫でてきた。
「現役の運動部に勝てるわけないじゃん……そこは手加減してくれるとかさ」
「ズルしたろ」
「あれズルなの?」
「ズルだろ」
「ぷっ、ズルズル」
後ろの席の樫出くんが吹き出す。しず子との会話に入りたかったのかも。なぜかは分からないけど、牛乳ビンみたいな丸いメガネをかけて一生懸命本を読んでいた……風だった。
「
まったく知的とは思えない話題。しず子はラーメン、ズルズルする人嫌いだってと樫出くんに耳打ちする。「今度から静かにラーメン食うわ」とジェスチャーを交えながら前を向いた。
「てか、しず子。今の俺見て何か感じねえの?」
「うーん。何か感じねぇって言われてもなぁ。馬鹿みてぇだなとは思ったけど」
「は? 馬鹿みてぇ? なんでよ?」
「本、逆さまだぞ」
「あっ、ほんとだ……通りでなんか読めねぇなと思ったぜ……」
逆さまになっていた『説伝雄英河銀』の本をひっくり返して読み始めた。
「そもそも逆さまじゃなくても、おまえその本読めんの?」
「よ、読めるわ! 主人公が誰だかわかんねぇけどよ……」
「『ヤン』ってやつが主人公じゃなかったか?」
「いや、もう一人なんかシャアみてぇな金髪貴族がいて、そいつかも!」
「シャアが主人公な訳ねぇだろ……」
私にもちょっと分からないな……。小説のことなら、花恋ちゃんなら知ってるかも?
「やっぱしず子はなんでも詳しいな! さすがだぜ!」
「あたし、兄貴みてぇなやつがいてそいつがなんかその本知ってたから……」
その時、ズカズカと私たちの間にみっきーが近づいてくる。
「しず子! 今日部活サボらないでよ!」
「おお、
「好きじゃない! 誰がしず子のことなんか……ブツブツブツブツ……」
『ブツブツ』って本当に言葉に出す人初めて見たなぁ。
夕方ごろ。静岡県熱海市。
日が沈みかけた時間帯でも、未だ賑わいを見せる駅前の仲見世通り商店街。
「ハァ。マジで疲れた」
「うん。お疲れさまです」
車を走らせ、疲れきった様子で肩を落とす星野に労いの言葉をかける友季だった。
「いいんだよ。こんな時にしれっと敬語なんか使わなくても。学校終わりすぐだぞ、学校終わってからすぐに熱海行きたいなんて、育ちがいいからって無理にわがまましなくても。な、お嬢さん」
「疲れてるとは言ってもそれだけ口が回るならまだまだ大丈夫だよ、シオル」
「友季お嬢さんのマスタープランにも困ったもんだよ、ほんと」
商店街へと続く下り坂を二人は進んでいく。友季は星野の言葉に笑んでみせた。
「なにマスタープランって。やめてよ、なんかダサいよ」
「ダサいとか言うなー……」
友季は星野の袖を引っ張る。
「来て。なんか奢ってあげる。でも、お酒はダメだよ。帰れなくなっちゃう」
「いいよ。僕は酒が好きな訳じゃないし。酔うのが好きなんだから」
「酒クズの
「でもその前に……」
星野は足を止めた。友季の足も止まる。
「その前に? なに?」
眉根にしわを寄せた。
「ヤニ休憩してきてもいいでしょうか? お嬢さん」
「行ってきなよ。あたしは超回復中で副流煙とか勘弁だからあっちで吸ってきて。それよりもお嬢さんはやめて」
タバコの煙をくゆらせながら星野は思案にくれていた。
──いつかのあの公園で見かけたあの子たち。名前はなんというんだろう。好きなものは、趣味は? いつかちゃんと、あってみたい。話がしてみたいな。と。