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二十三、策士の掌の上

妓楼で手に入れた帳簿には、ある"後宮の関係者"の名が記されていた。

その者がこの"催淫酒"を妓楼から仕入れていたのは間違いない。

あとは、どう関わっているのかを突き止めるだけ――。


(……とりあえず、一歩前進、か)


煌星が帳簿を見つめながらそう思った瞬間、ふっと耳元に低い声が落ちる。


「――よくやった」

「っ……!!?」


びくっと肩を跳ねさせると、気づけば景翊がさらに距離を詰めていた。

いつの間に起き上がったのか、息がかかるほど近い。

まるで逃がすつもりはないと言わんばかりに、肩が触れ合いそうな位置まで迫っていた。


「……何してんの……」

「褒めてやってるんだが?」


くすっと笑いながら、景翊の指が煌星の頬を軽く撫でた。


(っ……近い……!)


思わずのけぞりかけたが、景翊の手が顎を軽く掬い上げる。


「お前、本当に自覚がないのか?」

「な、何が……?」

「……俺のこと、どう思ってる?」


(はぁぁぁぁぁ!!?!?!?)


突然の問いに、煌星の脳内で警報が鳴り響く。

あまりに不意打ちすぎて、頭がついていかない。


「ど、どうって……そもそも景翊は、僕をからかってるだろ⁈」

「からかってる?」


景翊は、楽しげに目を細めた。

そのまま、じわじわとさらに距離を詰めてくる。


(やばい、これほんとにやばい!!!)


煌星は反射的に景翊を押し返そうとした。

だが――


「逃げるなよ」


囁くような声と同時に、腕が煌星の腰を引き寄せる。


「~~~~っっ!!?」


鼓動が跳ねる。

唇が触れるか触れないかの距離。

琥珀色の瞳が、煌星を真っ直ぐに捉えていた。


「……っ!!」


煌星が身を固くした瞬間――


「……まあ、今は帳簿の話が先か」


ふっと景翊は唇を引き、余裕たっぷりに笑みを浮かべた。


(~~~~~~!!!や、やりやがったなこいつ!!!!)


一気に顔が熱くなる。

煌星は、瞬間的に景翊の胸を思い切り突き返した。


「お前ほんとに何なの!!?!!?」

「さっき言っただろう、俺のことをどう思ってるか――」

「もういい!!!!」


煌星は耳まで赤く染めながら、乱暴に帳簿を開き直す。


「帳簿の話をする!!!」


景翊はくすくすと笑いながら、「随分と可愛い反応だな」と呟いた。


(こいつ……!!!絶対いつか後悔させてやる!!!!)


「で?」

「……何が?」

「どうやって、こいつを追い詰める?」


煌星は、帳簿に記された"ある高官"の名前を指で叩きながら、景翊に詰め寄った。


「この人物が、例の"催淫酒"を妓楼から仕入れていたのは確実。でも、それだけじゃ決定的な証拠にはならないよね?」


景翊は、盃を回しながら静かに頷く。


「"後宮の酒"に細工をした証拠がなければ、この者を直接罰するのは難しいな」

「……だから、罠を張るしかないんじゃない?」


煌星は、真剣な眼差しで帳簿を閉じた。


「宴に誘い出すか、もしくは後宮内で接触を仕掛けるか……どちらにせよ、この人物を泳がせて証拠を掴む必要がある」


景翊は、盃を傾けながら考え込む。


「……宴か」

「うん。何か適当な理由をつけて催せばいい。月でも花でもいいしね。宮中の宴なら、こいつも顔を出さざるを得ない」


「その場で例の酒を使わせる、か」

「そう。直接手を汚させるチャンスを作るんだよ」


煌星は言いながら、ふっと息をついた。


「ああ、そうか。……僕が餌になればいいんじゃない?」


その瞬間、景翊の雰囲気が変わった。


「……は?」


さっきまでの軽薄な表情が消え、低く鋭い声が響く。


「自分が餌になる? 馬鹿か?」

「……馬鹿って……いや、だって……!」

「お前、襲われたばかりだろうが」


景翊は苛立ちを滲ませながら、煌星の腕を掴んだ。


「それでも、自分を囮にすると?」

「……でも、証拠が――」

「証拠を掴む前に、お前が何かされる可能性は考えないのか?」


琥珀色の瞳が、強く煌星を射抜く。


「……大丈夫だよ」

「大丈夫じゃない」


煌星が苦笑混じりに言うと、景翊はぐっと腕を引き寄せた。


「お前が平気だと言っても、俺が平気じゃない」


鼓動が跳ねる。


「……景翊……?」

「……わかってないなら、もっとわからせてやるが?」


景翊の顔が近づく。


(待っ……またこの流れ!!!??)


「っ!」


牀の端に追い詰められ、顎を持ち上げられる。


「お前を……俺は守りたい」


次の瞬間――


「ちょ、待った!!!今は作戦会議中!!!!!」


煌星が手を突っ張って押し返した。


「……惜しい」

「惜しい、じゃねぇぇぇぇぇ!!!!」


煌星は真っ赤な顔で睨みながら、帳簿を乱暴に開く。


「と、とにかく!!宴を催して、奴を引きずり出す!!それでいいよね!!?」


景翊は、しれっとした顔で答える。


「仕方ないな……。ただし――お前は俺の側から離れるな」

「……はぁ……もう、好きにして……」


煌星は肩を落とし、深いため息をついた。


(ほんと、心臓に悪い……!!)


しかし、作戦は決まった。

次の宴は、また波乱が起きるんだろうな、と煌星は遠い目で天井を見たのだった。

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