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四十、兆しの影、燃ゆる策

夜の王宮に、静かな影が落ちていた。

宦官のひとりが、人目を避けるように廊下を渡り、ひとつの文を隠し持って歩いていた。

その指先にあるのは、わずかに封の剥がれた封蝋付きの書。


――“景耀はまだ生きている。璃月もまた、城内に。”


文を受け取ったのは、南苑に居を移していた龍景恒だった。

長身の男が書簡を一読し、唇の端にわずかな笑みを浮かべる。


「……やはり、“生きて”いたか」


沈建業の失脚から数日、宰相派は息を潜めたように見えていた。

だがそれは、景恒にとっては一時の退きに過ぎなかった。


「影武者か、もしくは替え玉か。いずれにせよ――本物ではない」


景耀の回復が真であれば、それはそれで良い。

だがもし、今の皇帝が“景耀ではない”ならば――その事実を一つ暴けば、すべてが瓦解する。


景恒は筆を取り、何かを書き記すと封を施し、宦官に命じる。


「第二の“手”を動かせ。あの者――蘇家もろとも、塵に還す」



その頃、王宮の一角――宝華殿。

煌星は夜の帳を下ろした寝室の中、窓辺に腰掛けて夜風を感じていた。


「……ん。なんか、またざわざわしてる気がする」


帳の奥で休んでいた景翊が、身を起こす。


「どうした?」

「……なんとなく、変な空気。……でも、僕の勘はよく外れるから」


その言葉に、景翊はふと笑った。


「お前の勘は、ほとんど当たっているよ。俺の知らない“気配”を感じるからな、お前は」


煌星は頬をかすかに染めて、唇を尖らせる。


「なんか、それって“勘が鋭い動物”って言われてるみたいで、複雑……」


そこへ、魏嬪が姿を現す。


「失礼いたします。……いよいよ、錦麟衛の動きに、“反応”が出ました」


煌星が振り向き、姿勢を正す。


「宦官のひとりが、南苑の一画で不審な文を持っていたとの報告。……景耀様の容体が敵方に漏れた可能性が高いとのこと」


景翊の表情が、その報告に引き締まった。


「……兄上が再起不能でないと知った敵が、再び牙を剥いてくるだろうな」

「その恐れがあります。しかも、先ほど宰相派の一部から、“貴妃様に関する不穏な噂”が流れ始めているとの報も」

「えぇ……また僕……?」


煌星は苦笑しながらも、眼差しにかすかな疲労をにじませる。


「“男だった”とか、“替え玉だった”とか……もう飽きないのかな、ああいうの」

「お前が本物の“番”である限り、やつらはそれを崩そうと動く。……むしろ、それだけお前が脅威だという証明だ」


景翊はそう言って煌星のそばへ寄り、膝をついた。


「……でも、それが理由でまたお前が狙われることがあるなら、今度こそ躊躇なく守る。俺の番として」


その瞳に、ためらいはなかった。

煌星はわずかに目を伏せ、そっと手を伸ばして景翊の手を握った。


「……自分の身くらい、自分で守れるようにならなきゃって思ってる。けど、それでも無理な時は……絶対、頼るから」

「いいとも。お前の全部を、俺のこの手で守る」


静かに交わされた言葉。

そのすぐ背後で、魏嬪が口を開いた。


「錦麟衛に“次の指示”を。南苑の監視と、後宮内の再点検。それから――貴妃様の周囲を固めましょう」


夜が更ける。だが、牙はすでに研がれ始めていた。

次なる波は、音もなく近づいている。


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