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四十六、蘭台宮の夜、薫る疑念

蘭台宮の灯は、夜更けにもかかわらず静かに灯っていた。

その中心で、景耀が枕元に身を起こし、迎えたのは景翊。

璃月が手燭を手に、静かに案内してきたのだ。


「兄上、具合は……」

「少し歩いたが、まだ足元が頼りないな。だが、意識ははっきりしている」


景耀は柔らかく笑みを見せ、景翊の方へ目を細めた。


「今日は煌星殿は一緒じゃないのか?」


景翊もまたわずかに笑う。


「ずっと連れて歩くわけにもいかないでしょう。そうしたいのは山々ですがね」

「お前ならやると思っていたのだが」


短いやりとりの後、璃月は空気を読んで静かに下がった。

部屋に二人きりになると、表情から穏やかさが抜け、緊張が走る。


「錦麟衛が動いたと聞いた」


景耀の一言に、景翊は頷いた。


「南部、豊凌県の張源。景恒と繋がりがありました。魏嬪が内通の線を突き止め、密書を押さえました」

「やはり後宮にも“目”がいるか」

「はい。張嬪の侍女筋に、怪しい動きが……。奇妙な香が、いくつかの部屋に撒かれていたとの報せです」

「香……」


景耀は目を伏せ、静かに息を吐く。


「最も静かに、だが最も深く入り込む毒。それに気づいたのは誰だ?」

「煌星です。……香を知る者でなければ、見過ごしていたでしょう」


景耀はふっと微笑んだ。


「流石だな……璃月も誇らしく思うだろう」


景翊は黙って頷いた。


「錦麟衛は張嬪の周囲からさらに探りを進めています。香に反応したのは、一部の妃たち……明らかに精神が不安定になった者も」

「ならば、その香が仕込まれた意図を見抜かねばなるまい。……後宮も閉じる頃合いかもしれないな」


景耀は枕元の箱から、小さな封を取り出した。


「これは、私からの密勅だ。そろそろ、“影”のままではいられまい。景翊、皇弟としての立場を、徐々に整えよ」


景翊は深く頭を垂れ、封を受け取った。


「承知いたしました」



煌星はその夜、後宮の庭を静かに歩いていた。

香炉に使う草木を見に来た帰り道、通路の角で誰かと出くわす。


「……あ、貴妃様」


そこにいたのは韓才人だった。

手に、薄い絹で包まれた香包を抱えている。


「夜分にすみません。これ、張嬪様から配られたものです。“春蘭香”だそうで……皆さんに回すようにと」


煌星はふと立ち止まり、香包を受け取る。

その瞬間、鼻先にかすかな甘さが流れ込む。が――


(……甘すぎる? それに、何か……引っ張られるような)


「ありがとう。……でも、韓才人は使わないで。できればしばらく、身につけずに……」

「はい?」

「ちょっと、気になって……韓才人には私が調合したものをお分けしましょうね」


煌星は微笑みながら香包を懐に収めた。


(香は人を癒す。でも、それを利用する人間がいるなら――僕は、それを許さない)


夜の風が、衣の裾を優しく揺らした。


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