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俺達モブキャラ!!主人公不在に付きパニック中であります
俺達モブキャラ!!主人公不在に付きパニック中であります
兎緑夕季
文芸・その他ノンジャンル
2025年04月01日
公開日
8,744字
連載中
「俺、文字通りモブキャラだし…」 あらゆる創作物のキャラクター達が住まうイマジエイトは無数の世界を構成しながら成り立っている。 とある乙女ゲームのモブ貴族こと貴族青年Dはヒロインの結婚式に出席するがもはや日常である彼にとって珍しい光景ではなく、提供されるごちそう目当てになりつつあった。だが、やっと落ち着いて食べられると思った矢先、謎のモンスター、”ワームド”の出現によって文字通り主人公達が消され物語を紡げなくなってしまう。取り残される貴族青年Dにも魔の手が忍び寄る中、果たしてモブである彼に未来はあるのか! これは自らの運命をぼやきつつ頑張る名もなきモブ達の物語である。

第1話 乙女ゲームの貴族青年D

どこからか現れる創造主達が作った物語がある。

そして彼らが生み出した創造物達が住まう地もあった。


その名は、“イマジエイト”


無数の世界で構成されるそこでは様々なドラマが日々語られる。


すべては創造者達のために…。



★★★★…………



建国から1000年以上の歴史を持つ由緒ある魔法国がある。

そこに広がるのはゴシック様式やらロマネスク様式が入り混じる建築物。

この国では一般的な街並みである。

その風景は中世ヨーロッパの街並みを再現したらしい。

と言われても、この国どころか世界中を探してもその言葉の意味する事を理解できる者はいないだろう。なぜなら、その発言は人々が信仰する姿なき創造主の胸の中にある物なのだから。

そして、その創造主はよくあるファンタジー物が好きだとも宣言した。


愛と友情、バトルに魔法。それこそが正義。

力のある少女とそれを取り巻くイケメンたちとのラブストーリーが見たい。


創造主のその言葉によって誕生した魔法国には文字通り、魔力を持つ貴族の紳士淑女が集う魔法学院がある。そして、創造主が望んだ通り、物語はドラマチックに始まるのである。


それはいつも同じ。何百年かぶりに治癒能力者が入学するのだ。それも平民階級の少女だ。歴史上で初めての事である。彼女は学院の中でよくも悪くも異質な存在であった。しかし、持ち前の明るさで苦難を乗り越え、同級生の王子との恋を実らせるのだ。


これもワンパターン。


だが、まだ物語は終わらない。

シンデレラストーリーを完結させる彼女は今日、最も輝くのだから。

なぜなら、待ちに待った結婚式の幕が上がるからである。


だが、喜ばしいと思っているのは名を持ち、美形に作られた者達だけである。


「早く終わらねえかな…」


貴族青年Dの役割を与えられた青年は盛大なため息をついた。

一瞬、自分の声が周りに聞こえたのではないかとヒヤヒヤしたが、杞憂で終わる。


皆がこの世紀の結婚式の主人公たちに夢中であるためだ。

そして、青年もその一人という事になっている。

ただし、超絶デカい教会内の後ろのさらに後ろからでは、主役二人の姿ははるか遠くで豆粒にしか見えない。とはいえ、いつもの事だから慣れた物だ。


そして、俺の周りにいるのはそろいもそろって顔がぼやけた群衆ばかりである。

しかも皆、コピペしたようによく似た顔。


誰もかれもがブラウンの短髪に同色の瞳である。

鼻や口も目を凝らせば、なんとなく存在は認識できる。


ちなみに貴族青年Dこと俺もそんな感じ…。


主人公や主要キャラとして作られた者達との格差は否めない。

あえて、自慢できる所といえば、取ってつけたような貴族の恰好をしてはいる点だ。

ちょっとだけ煌びやかな装いのおかげで貴族という身分が与えられている事は認識できるのである。

つまり、市民キャラ達よりも出入りできる所は多いのである。

だから、自分は運がいい方だと思っている。


まあ、セリフが一つもないのはちょっと悲しいし、貴族青年AでもなければBでもないDというモブの中のモブっぽい立ち位置にちょっとした不満がないわけでないが…。


「治癒能力を持っているとはいえ、平民の少女と結婚するなど王子は何を考えているんだ!君もそう思うだろ!」


年配の男性からの突然のセリフに貴族青年Dは驚いた。


こんなシーンあったっけ?


「何をおっしゃるの?素敵じゃない。身分を超えた恋。私も後、十年若ければね…」


今度は中年の女性がウットリする様子でつぶやいた。


何度も言うが、彼らもモブキャラだ。

ヒロインと攻略対象達を彩るためだけに生まれた背景。

あらゆるシーンに登場しては消える。


だが、貴族青年Dは不自然な展開に首を傾げた。


モブキャラの言葉は物語に必要でない限り創造主方々に届く事はない。


何度も繰り返されるエンディングを経験したのだ。

もはや、熟練のモブだ。

その俺がおかしいと思っているのだから、直感は正しいはず。


後少しでハッピーエンドを迎え、物語冒頭に戻るはずのこのタイミングで二人の結婚式への不満を漏らす言葉なんて誰も言うはずはない。


そこで一つの仮説を立てた。


もしや、これは続編へのフラグか、もしくは隠しエンドルートへ移行するシーンだったり?

だが、この物語でそんなルートがあるなんて噂にすら上がった事ないが…。


むしろ気になるのは不満を募らせるモブ達の瞳が輝いている点だ。

ははあ~ん。数少ないとは言え、セリフを与えられている事がうれしいんだな。


クソ~うらやましい!

俺だって…俺だってな!


思わず拳に力が入った。

遥か昔に主人公や主要キャラへのあこがれは捨てたと思っていたのに。


それでも通り過ぎていくこの世界の中心人物達の力強いオーラや整った容姿が目に入れば認めたくないモヤモヤとした物が胸のあたりにざわめいたのは数知れず。


その思いを同じモブ相手にもする日が来るとは…。


貴族青年Dは大きく息を吸い、そして吐いた。


こんな時は美味しい物でも食べて忘れるのが一番いい。

幸い今回は王子ルートであるのは間違いない。


であるならば、ごちそうが出るはずだ。


いつもと同じなら、国王陛下が結婚式のお祝いのために遠くの国から珍味を取り寄せているはずだ。


いや、待てよ。隠しルートに入るのならお預けの可能性もあるんじゃね?


それだけは勘弁してほしいと思いながら貴族青年Dは人知れず晩餐会シーンが飛ばされない事を祈ったのであった。

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