煌びやかな黄金細工が施された城はいつ見ても美しい。
だが、そこに集った者達は誰もその事を褒めたりしない。
色とりどりのドレスに身を包んだ淑女は紳士に声をかけてもらうのを今か今かと待ち、その逆も運命の相手を探すために必死である。全く、仮にも王子の結婚式だというのに貴族が考える事は普段の夜会とあまり変わらない。だが、貴族青年Dは違う。
色恋より食欲こそが愛。
壁際に並んだ統一のとれていない、それでもいかにも美味しそうだと思わせる料理に喉が鳴った。
待ちに待っていた晩餐会シーンに突入して貴族青年Dは胸をなでおろした。
よっしゃあっ!
これでこそ、モブ冥利に尽きる。
「さて、何から食べようか」
わくわくしながら、そのきらめく料理達にくぎ付けになっていた。
よだれも口の中にあふれてきている。
後、数秒もすれば、魅惑のそれらは胃の中におさまっているはずだった。
――ドンッ!
「なっ!なんだ?」
突然、騒音と地響きが城中を駆け巡った。
その瞬間、上空がまばゆい光に照らされる。
貴族青年Dは予想外の光景に思わず尻餅をつき、呆然と見上げていた。
――ガルルルッ!
視線を追いかけた先の現れたのは複数の目を持ち、どす黒い甲羅を持った異凶の怪物。
人よりもはるかに大きいその図体の重みに耐えかねて大広間の床は抜けそうになっている。
招かれざる客の登場に人々は逃げ惑い、我先にと出口に向かう。
典型的な群衆キャラの行動だ。
だが貴族青年Dは動かなかった。
いや、腰が抜けて微動だに出来ないだけだ。
「こんなモンスターこの世界にいたか?」
ただ、ひたすら頭をフル回転させていた。
もしかしたら、知らない間に新作エピソードが誕生したのかもしれない。
もしそうであるならば、せめて晩餐会シーンの後にしてほしかった。
モブの願いなどこの世界に聞き届けられるわけはないのが悲しいが…。
現にモンスターは視界にないとばかりにモブ達を踏みつけていた。
生まれる前の姿である透明なガラスへと変わっていくモブ《仲間》達の悲痛な表情が自分の目の中に映り込んでいる。
――ガルッ!
貴族青年Dが人知れずうなだれる中、謎のモンスターは主役達を視界にとらえる。
「なっ!なんなの?」
ヒロインの困惑した声が届く。
「下がるんだ。ここは僕が…」
こんなひっ迫した中でも主人公たちの周りにはロマンチックな雰囲気が漂うんだよな。
貴族青年Dは王子が目の前のモンスターを鮮やかに対峙する結末を望んだ。
今ばかりは主要キャラでなくてよかったと思う。
むしろ傍観キャラのような気分で王子を応援したいとすら感じていた。
しかし…
「きゃあああっ!」
ヒロインの腹がモンスターによって貫かれた。巨大な牙は華奢で美しい彼女の体から血という血を吹きださせるのは容易だった。だが、溢れてきたのは無機質な結晶だ。
創造主方に作られたイマジエイトに住む人々に赤い血など流れていない。
もし、流れるとしたらそれは決められたシーンでだけだ。
だからこそ、今、ヒロインに起きているのは体を構成する物質が外にむき出しにされているという証拠だった。
その存在自体を抹消されつつあるのだと直感するには十分だ。
ヒロインだった物はもはや形はなく、モンスターの口の中へと納まっていた。
「あっああっああ!」
王子の悲痛な叫びがこだまする。
それと同時に王子もヒロインと同じ末路をたどっていた。
そんなバカな。この世界はこれほどハードな物語ではないはずだ。
予期せぬ主役の退場に残されたモブたちがさらに混乱する中、このシーンの覇者となったモンスターは城を食い始めていた。割れたガラスの先に映ったのは真っ黒に染まる空。
そして崩れてゆく地面だ。
「一体どうなっているんだ?」
どう考えても世界が壊れているようにしか見えない。
隠しルートに分岐したわけでもなさそうだ。
――ガグッ!
不穏な雑音で振り返れば、モンスターの濃い赤色の目に捉えられていた。
どうやら、モンスターは俺にターゲットに定めたらしい。
貴族青年Dは力なく笑った。
何もわからないまま、退場するのか。
「クソッ!せめて肉厚なステーキだけでも食べたかった」
唯一の楽しみすら堪能できない事が悔しくてたまらない。
今まで死んだ事はない。次に誕生できるならセリフのあるモブキャラになりたい…。
そう願いながら、貴族青年Dは静かに目を閉じた。