「いやー、間一髪だったべさ!」
「……」
ベンザーが額の汗を拭いつつ笑顔になるのに、猫五郎は人生を悟ったようなお目々をして、やつれた顔でそっぽを向いた。
さてはて、前回にヒロインが釜茹でされるという非常事態が発生したわけで、茹だる寸前のところで助け出されたまではよかったが、例によってそれを目撃したベンザーが畜生なのがよくなかったのだ!!
「ワガハイ ハ ミーシャ デアル。 ナマエ ハ マダ ナイ…」
片言で意味不明な供述をするミーシャは、見た目がフランケンシュタインっぽくなっていた!!
そう! 恐怖のあまり気絶してしまったミーシャを、「緊急オペが必要だっぺ!」とか、なんとかかんとか言って、ベンザーが改造してしまったのだ!
──シャム雌、ミーシャは改造雌猫である。
そんなナレーションがよぎったとすれば、昭和生まれは確定であーる!
「……こんなのミーシャさんじゃない」
猫五郎はポツリとそう呟く。
「裏切り者の報いを受けたんじゃ! ざまあみさらせ! いい気味じゃい!」
猿三郎は知った風な顔でニヤリと笑う。
「猿三郎さん! あんたって
「な、なんじゃい! やるってのかぁ! オオン!?」
猫五郎と猿三郎は取っ組み合う!
しかし、猫五郎の目尻に涙が溜まったかと思いきや、その場で嗚咽を漏らして泣き崩れた。
「な、なんじゃい! メソメソ泣きよってからに!」
「……もうやめろ。猿三郎よ」
オキーナ艦長が静かに言う。
そう。彼らはブリッジに来ていたのだ。
ゾンビビスと化したオペレーターはどうしたかって?
そりゃ、犬次郎が元に戻した。
え? 雑草の在庫は切れてたろうって?
そんなのは関係ない。大概の物事は、“拳”で解決するからだ。
「ウチの艦内にスパイが居たのは悲しい出来事だわさ。そしてミーシャの身に悲劇が起きたことも悲しいさねェ。でも、今ある問題はそうじゃないさ。これから飯の支度を誰がするのかってことだわねェ」
やはりモザイクがかかったままのオ・ウーナが言う。しかも心配してるのは飯のことだ。
「……彼女はこんな仕打ちを受けねばならないほどの罪を犯したとは思えません! あんまりです!」
猫五郎はベンザーを睨むが、彼は鼻ホジーしてた。
「確かにベンザーは悪い。しかし罪には問えん…」
オキーナが重々しく言う。
「なんでですか!?」
「畜生を取り締まる法がないからだ」
「!?」
「畜生の責任は、その飼い主に帰責される。…しかし野良の畜生は別だ。自然界に起きたことは罪には問えん」
「そんなバカな…」
「だから畜生には畜生のやり方で返す。…倍返しだ」
「あ。それドラマの台詞じゃん♡ でも、ちょっち古ーい♡」
オ・ウーナにからかわれて、オキーナは耳を真っ赤にした。
「分かりました! ならここで僕がベンザーさんを撲殺しても、なんら問題はないということですね!?」
「エッ?」
ベンザーは鼻に突っ込んでた指を奥まで入れすぎて出血する!
「ベンザーを殺処分するのは容易いさねェ。でも、艦長が言ったことはそうじゃないだわ。考えてみんさい。本当の悪はなにかを…」
「本当の悪…」
「そう! チブサー帝国がミーシャにエロチックをあげるよしなければ、こんなことにはならなかった!!」
オ・ウーナがモニターをここぞとばかりに指差す!
そこに映っていたのは、あのフェロモン要塞であーった!!
「あそこにいるのが本当の悪さね!!」
「……分かりました。戦います」
「よく言った。感動した」
オキーナが手を叩くと、皆もそれに倣った。
(……エロ推進派のチブサー帝国も、エロ規制派の超連邦も僕の手で終わらせてやるッ)
そう! 猫五郎は腹ん中では激おこぷんぷん丸であったのだーった!!
面従腹背! つまりこの場はなんとか適当に合わせ、コイツら全員を始末してやろうと主人公にあるまじき事を猫五郎は思っていたのであーる!
「ついに見えてきたぞ。あれがチブサー帝国のフェロモン要塞だ」
オキーナの言う通り、モニターになにやら不穏な物体が浮かび上がる!
老人の萎びた陰嚢を彷彿とさせるシワシワの鉛色の球体が2つ!
分子のように繋がり合い、素敵なランデブーでもするようにゆっくり回転をしている!!
「珍工超惑星だ。アレ自体が超惑星であり、超兵器でもある」
ゴリッポが説明する。
「超兵器?」
「そう。あのシワシワがすべての攻撃を無効化しちまう上、そのエネルギーを吸収して、『出会い系詐欺懲らしめたい砲』っていう長距離広範囲で攻撃してくる…いわゆるマップ兵器ってやつだ」
「はあ?」
やけにスラスラ説明するなぁと猫五郎は思ったが、案の定、ゴリッポはアンチョコを読んでいた。
「世の中の出会い系サイトで騙された男たちの行き場のない性欲…それが負のエネルギーとして集まり、あの玉袋に似た形状になったと聞く」
オキーナが続ける。
「あの、なんかこう…もっとないんですか?」
猫五郎が苦悶の表情でのたまう。
「もっとって?」
「そういう下ネタとかじゃなく…」
「ない! 世の中はエロ規制か、エロ推進のどちらかしかない!」
オキーナがそう宣うのに、猫五郎は「もういいです」と諦めた。
「
犬次郎がそう宣うのに、ゴリッポが首を横に振った。
「それがそうは上手くはいかねぇんだ」
「なに?」
ゴリッポのくせにやけに喋るなと、猿三郎と雉四郎とベンザーは内心ムカッ腹を立てる。
「あの形状は、犬次郎軍曹の持つチート武器に対抗して造られた要塞…。つまり、犬次郎軍曹の攻撃は一切効かねぇ!」
犬次郎が眉を寄せる。
「……どういう理屈でだ?」
「へ?」
まさかツッコまれると思っていなかったゴリッポはお目々をパチクリさせる!
なにやら場の雰囲気が悪くなってくる。
あいや! お通夜みたいな空気だ!
「……えーと、陰囊玉と同じ形状だから、その効果が薄れるっていうか」
ゴリッポは冷や汗を拭いながらアンチョコを見直す。
実のところ、今回、整備士という縁の下の力持ちの役割を与えられたことで、戦場で活躍できないゴリッポは、この20話の台詞だけでも目立とうと、徹夜でフェロモン要塞のことを勉強してきたのであーった!!
「詳しく教えろ。なんで形状が同じだと、俺の攻撃があの要塞に通用しなくなる? どういう科学的な原理が働いて、そんな現象が起きるんだ?」
犬次郎に淡々と問われ、ゴリッポはお目々を白黒させる。
「えっと、そういう設定で…」
「そういう設定? 誰の設定だ?」
「いや、書いてあったことを…」
「どこにだ?」
「いや、あの…犬次郎軍曹も、玉陰囊には玉陰囊だって…それは…」
「俺は気概を述べただけだ。俺があの要塞をブッ潰すという点は変わらん」
犬次郎が拳をギギッと握って見せる。そこにとんでもないポテンシャルが宿っており、なんなら太陽系ぐらいワンパンで壊せる力を秘めているのを察して、もはやなにを言っても無駄なのだとゴリッポは観念した。
「す、すみません…」
「なにを謝るんだ? 謝ることなんてひとつもないだろう。俺は質問しているんだ」
まだ解放されないのかと、ゴリッポは泣きたくなった。
「お前は“俺の攻撃は通用しない”と明言した。それは由々しき事態だ。詳しく、精細にそのエビデンスを示せ。これはクリティカルイシューだ。これには早急にフルコミットし、キュレーションした上でリスクヘッジせねばならんミッションだ」
「エビ…クリ…??」
覚えたてみたいなビジネス用語をいきなり連発する犬次郎に、ゴリッポはさらに追い詰められる。
助けを求めるようにベンザーやオキーナを見やるが、彼らはフイッとお目々をそらした。
猿三郎、雉四郎、オ・ウーナやオペレーターたちはもはや空気にと溶け消えかけていた。
「さあ、教えろ。いや、教えてくれ」
「勘弁して下さい…グスッ」
いよいよゴリッポは涙ぐむ。デカい図体を縮こまらせて泣く。
「なにを勘弁しろと? なにを泣いている? 俺は聞いているだけなんだぞ。あの要塞にどんな仕掛けがあって、どういう風に俺の攻撃を無効化できるのか、お前はそれを知ってるんだよな? それを説明して欲しいだけなんだ」
「もうホントに…なんかムリで…」
「おい」
「お、俺なんかがでしゃばってホントにすみま…」
「おい!」
「ヒィッ!」
声を荒げた犬次郎にビビりちらかし、ゴリッポはブルリと慄える!
「…なあ、俺は聞いているだけなんだ。そうだろ?」
ゴリッポと肩を組み、犬次郎はズイッと顔を近づける。
「だ、だって犬次郎さん怒って…グスッ」
「俺は怒ってなどいない。なあ」
なぜか猫五郎に振られ、彼は「はあ、そうですね」と気まずそうに答えた。
犬次郎の額には青筋が立ち、お目々は血走り、鼻の頭にはシワが寄り、引きつった笑顔からのぞく鋭い犬歯は糸を引いていた!
どう見ても、激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリームな柴犬だった!!
そう! 犬次郎は我慢していたのだ!
ゴリッポのうんでもねぇ、すんでもねぇ態度に、必死に堪えていたのであーーる!!
「なあ、教えてくれよ。なあ!」
「ヒィッ!!」
「“ヒィッ”じゃないだろ。なあ!」
「マジで…か、勘弁して下さい…」
「勘弁!? だからさぁ! 勘弁ってなんだよ!! 勘弁って!! なあ!?」
「ヒィィィイッ!!!」
それからフェロモン要塞を前にして、ゴリッポへの犬次郎の追求は、小1時間にも及んだのであーった!!!