猫五郎とヌッコロシエモンは、間一髪のところでモモジリに回収される。
そしてヌッコロシエモンのハッチが開き、心配そうな顔をしたベンザーとゴリッポが覗き込んだ。
猫五郎はコクピットでうずくまっていた。
「大丈夫だっぺか?」
「うっうっ……僕は…僕はぁ…」
猫五郎は気持ちの整理が追いつかず涙する。
「は! い、犬次郎さんは!?」
「生きてるぜ。だが、危険な状態だ(股間が)。医務室に運んだぜ」
「……そうですか」
猿三郎と雉四郎のことは聞かなかったのは、猫五郎がその存在を忘れていたからであーる。
「手を貸すっぺ…ンボォッ!!」
手を差し出したベンザーの脇腹にボディブローをかまし、猫五郎は自らの足でヌッコロシエモンから降りる。
「ワガハイ ハ ミーシャ デアル。ナマエ ハ マダ ナイ…」
「ミーシャさん…」
降りた先に、あの魔改造されたミーシャが居たのを見て、猫五郎はさらに泣きたくなったのを堪えた。
(アール・バイターの話が正しければ、ムラムラッティ……よくわからないけど、あの不思議な力でミーシャさんを元の姿に戻せるかも知れない)
そんな誘惑に、そしていま自分を包み込んでいる力の余韻によって、猫五郎は目眩を覚えた。
「艦長が呼んでる。行こうぜ」
悶絶しているベンザーを放置し、猫五郎とゴリッポはブリッジへと向かったのであーった!!
☆☆☆
「無事でよかったねェ。猫五郎」
とても無事じゃないモザイクがかかったままのオ・ウーナがのたまう。よく見えないが、声色から心配してそうだった。
「……そんなことより、これからどうするんですか? 敵に壊滅的な大打撃を与えたはいいですが、こっちも動かせるキグルミは1機だけで、犬次郎さんはもう戦えません」
「おい。猫五郎よ。命懸けでオマエを助けたんだぜ。まずは艦長に礼のひとつくらい…」
「少し黙っていて下さい。ゴリッポさん」
いつになく真剣な表情の猫五郎を前に、ゴリッポは口を閉ざす。
「……オキーナ艦長。この事態をどうお考えですか?」
モニターをじっと見つめていたオキーナが、ようやく猫五郎の方に振り返った。
「今の今まで僕たちは犬次郎さんの力に頼りっぱなしでした。でも、その犬次郎さんが倒れてしまった。そもそもこんな事態になったのは、この艦の運用を間違えていたせいだと僕は思います」
シリアスモードの猫五郎に、ゴリッポはアワアワとする。
「……で、どうすればいい、と?」
オキーナは対抗するように劇画風の見た目をして尋ねた。
「ここは降伏しましょう」
ブリッジが静寂に包まれる。
「……降伏だと?」
「これまで超連邦からの支援もありません。僕たちは切り捨てられたんです。ですから…」
話を続けようとしていた猫五郎は、オキーナの深い嘆息によって止める。
「……我々が敗けたら、世の中は滅茶苦茶になってしまう」
オキーナの声は小さかったが、それは不思議とブリッジにいる全員にハッキリと聴こえた。
「チブサー帝国が真に狙っておるのは、セクシャルのマジョリティ化だ。誰でもどこでもいつでもエロッティとスケベッティが表現できる社会を目指している。しかし、エロッティとスケベッティは、ある程度の規制があってこそ輝くのだ」
なんか変な話になってきたが、そこは艦長の威厳が猫五郎のツッコミを許さなかった。
「確かにHENTAIは超宇宙に酷い騒乱をもたらした。しかし、かといってチブサー帝国が提唱するエロ推進主義は、破滅主義者のデストルドーに過ぎん。要は過度な規制がHENTAIのリビドーを歪に抑制したがため、溜まりに溜まったカタルシスとなり、一部のHENTAIがモラルを無視して暴走してしまった結果…」
「ちょっと待って下さい! 頭の良いフリした、頭の悪い発言でうやむやにしないで下さい!」
「……バレてしまったか」
オキーナはネット検索していた電子パッドを隠して、耳を真っ赤にさせた。
「結果を先に教えて下さい。とどのつまり、なにが言いたいんですか?」
「……ワシは、超連邦もチブサー帝国の双方が間違っていると思っておる」
「え?」
オキーナのとんでも発言に、猫五郎はびっくら仰天する。
そして、オ・ウーナたちがそれに驚いている素振りもないことに、さらに猫五郎は戸惑う。
「チブサー帝国の投げやりな性的解放主義は当然間違っておるが、同時に超連邦の“なんでも規制すれば平和(性的に)になる”という考えも同じぐらい歪んでいる極論だ」
「なら、なにが…」
「“ほんのちょっとおバカなエロッティでスケベッティ”こそが正解だ!」
真面目な顔をして、背景に『ドンッ!』という文字を付けてオキーナはのたまわった!
「…まるで子供みたいな理想だわよねェ」
オ・ウーナがポリッと頭(剥き出しの脳味噌)をかいてのたまう。脳髄が飛び散った。オペレーターたちがこぞって不快そうな顔を浮かべた。
「ま、でも、そんな子供っぽいところがこの人のいいところなんだけどネェ」
「プッ…」
「クスクス」
「フフ。艦長カワイイ…」
オペレーターのみんなが笑いだす。
そういや、オペレーターは全員若い女子だった。箸が転がっても笑う年代だ。
ゴリッポたちも口元に手を当てて笑いを堪えている。
ドッ! と、一気に室内が笑いに包まれ、和やかな雰囲気が漂う。
嗚呼、笑いがあればいいじゃない。
嗚呼、畜生だっていいじゃない。
今まで何を悩むことがあったのかしら。
どうせ同じバカなら、踊らにゃ損じゃあないか。
見てご覧。このだだっ広い超宇宙をさ。
小さなことに囚われてた自分がおバカさんみたいじゃない。
戦いも意味なんてないのよ。
やめましょーよ。皆友達なんだから。
かつて偉人のどこの誰かが、争いとは同じレベル同士の間にしか起きないと言っていたような気がしなくもない。
そうさ! 考えてみれば、同じ超宇宙という名の超宇宙船にいる仲間たちじゃあないかァ!
これは同じ窯の飯を食った仲と申し上げて差し支えあるまい!
エロ推進派やエロ規制派の違いなど、居間で食ったか、便所で食ったかの些細な違いでしかないのだ!
愛があればいいじゃない。
─シン畜生転移 完─
「またこれですか!! おかしいでしょうが!!」
和やかな雰囲気で終わらせようとしたら、空気の読めない常識猫である猫五郎が声を上げて、そんな雰囲気をやっぱり乱した!
「誤魔化さないで下さい! なんの話をしてるんですか!!」
「誤摩化してなどいない。このモモジリこそが、複雑多様化しすぎた超宇宙のセクシャリティに終止符を与える存在なのだ」
「? なにを…」
「“善のムラムラッティ”は超宇宙に繁栄と秩序をもたらす!」
「!?」
「昔の少年たちは河川敷に捨てられたエロッティな本で、スケベッティを解放していた! それを悪と断定した社会は規制に乗り出したことで、性の多様化や複雑化を生み出し、歪なHENTAI…つまり“悪のムラムラッティ”を生み出してしまったのだ!!」
「“悪のムラムラッティ”…」
「そうだ! その悪意こそが、チブサー帝国を影で操っている存在! ゾンビビスやナエナエ・シンドロームを作り出した破滅そのもの! そんなものにモモジリは敗けるわけにはいかーん!!」
オキーナが立ち上がろうとした瞬間、艦が激しく揺れる!
「な、何事だいねェ!」
バランスを崩して落ちたオキーナをお姫様抱っこでナイスキャッチしたオ・ウーナがのたまう!
助けられたオキーナは、脳汁をかけられてとっても不快そうだ!
「て、敵からの攻撃の模様! か、艦底に何かが張り付いています!」
「なんだってェ!? モニターに出しな! ロンモチ、ズームアップだよォ!!」
オペレーターが画面を操作して切り替わる。
そこに映ったのは、砕けた船体部品と、ひしゃげた壁面に取り付いている真っ黒な機体だった!!
「……アール・バイター!」
猫五郎はびっくら仰天する!
そう! それはアール・バイターが駆るゴンザレスだったのであーーった!!